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第10章 青年期 雇われ店長編

間話「骸の教団1-4」

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 それから数週間が経過した。イザベラはサンジェロマン伯爵との一件で、教団の上層部から厳重注意を受けた。
 しかしむくろの教団の上層部と『臨界の到達者』に属する団員の一部からは、「彼女の行動は正当なモノである」「伯爵から管理者の権限を剥奪するべきだ」「イザベラを次の管理者に推薦する」との声が挙がっている。

 イザベラは少々やり過ぎてしまったと、少し後悔しながらもむくろの教団が管理する共同の食堂へと向かう。
 栄養価の高い食事を無料で提供される事に慣れてしまった頃、イザベラは考え事をしながら口に食べ物を運んでいった。

(あの日、私の後天性個性がさらに昇華した。相手の心を読み解くどころか、相手の未来の行動まで記憶を介して読み解く事ができるようになった。発動条件はなんなんだ? やはり相手の体の一部に触れる事なのか? いや、それならこの数日の間で何度も試して成功していたはずだ。この個性はあまりにも強力過ぎるが故にコントロールできない可能性が高い)

 等と考えながら食事を摂り続けると、目の前の席に血まみれの戦闘用修道服を着た華奢な金髪の男が座った。
 男はイザベラを一瞥するや否や、「食事中すまないな。先程、『ベアリング王都』の周辺に居た魔物を狩ってきたばかりなもんで」といって、ガツガツと食事を摂り始める。

 男の言葉に咄嗟に反応したイザベラは、「ありがとう。同士よ」と小さく呟く。

「あ? 俺がお前に何かしてやったか?」
「別に。何もしてくれてないよ」

「じゃあ、なんで感謝なんてしてるんだよ」
「聞き間違いだ。気にするな。私は食べ終えたから別の場所へ行く。また何処かで会おう」

「いや、ちょっと待てよ。お前、何だか困ってそうだが、大丈夫か? 俺が相談に乗ってやってもいいんだぞ?」
「ああ、面倒臭い奴だな。血まみれの男に相談するほど柔な女じゃねえってんだよ!」

「心配するなって。こう見えても俺は『衝動保持者の派閥』の上級管理者なんだ。人手だって足りてないんだし、お前の都合がよければいつでもウチは歓迎するぜ」
「なるほど。私を勧誘するつもりか。それなら条件がある」

 イザベラがそう答えると、血まみれの修道服を着た男は「なあ女。条件ってなんだよ」と訊ねた。

 彼女はこの数日間で『サンジェロマンの記憶』を遡って得た知識が、実戦で役立つのか確かめたくなり、先ほど戦闘を終えたばかりだと言う血まみれの男に対して『決闘』を申し込む。

 ただの決闘ではない。派閥の入会を賭けた決闘だ。
 男からしてみれば人員が確保できるのでWinWin、イザベラから見ても『臨界の到達者』で除け者にされている現状を打破できる事になるのでWinWinになるという、誰も不幸にならない決闘だった。

 イザベラは男に気を遣って決闘の時間を数時間後に指定したのだが、金髪の男は「血がたぎるなあ。戦いってのはいつだってなまものなんだ。すぐにヤろうぜ!」と叫び声をあげて、続けて「着いてこい。錬金術師が得意なフィールドに案内してやる」と言ってイザベラを案内した。
 
 それから少しした後、金髪の男はイザベラや『衝動保持者の派閥』の団員を率いて、男や上級管理者が管理していた訓練施設に入った。
  
 金髪の男は上級管理者の権限により、他の団員たちにフィールドを明け渡すよう伝える。
 その後、彼は団員や他の上級管理者たちに、むくろの教団が用意した閉鎖された空間施設内に、魔導骸アーカムや魔物、疑似天使と呼ばれる化け物たちを用意させるよう伝えた。

 彼らが用意した魔導骸アーカムは一世代前の『ユニオン』と呼ばれる四足機体である。
 個性を発動する事はないが、その代わりに魔術を使用したり魔力をエネルギー弾に変化させて発射する機体だ。
 
 搭乗者は存在せず、独立した意思を持って行動している。

 魔物は死霊族が戦死してしまった仲間の亡骸を媒介にして、再利用した魔物だ。
 中級程度の魔術までなら全てを無効化できる術式が付与されており、魔術ではなく体術で相手をしなければならない。 
 生前の記憶を基に魔術や聖術を使用するため、個体によっては上級管理者に匹敵する程の強さを誇る者も保管されている。

 最後に『疑似天使』と呼ばれる、天使を模して人工的に造り出された生体兵器。
 複数の後天性個性を所持した化け物であり、肉弾戦や中距離戦においても油断ならない相手となっている。

 金髪の男はイザベラに、疑似天使には【聖体零号】から【聖体陸号】までが存在しているが、それは現段階の調査でしかないと説明する。
 その後、彼は続けて、今回の試験に『拘束制御術式が施された疑似天使【聖体弐号】』が参戦する旨、疑似天使の創造過程にルミエルが関わっていた事を説明した。

「疑似天使という存在は人が作りだした生体兵器だ。ホムンクルスとはワケが違う」
「そんなに違うのか?」

「戦ってみりゃすぐに分かる。戦場でアイツらを目にしたら絶対に目を逸らすな」
「目を逸らすな? 一目散に逃げろ、とかじゃあないのか?」

 イザベラがそう訊ねると、金髪の男が「疑似天使には顔ってモノが無いんだ。奴らは叫ぶ口も無ければ聞く耳も持たない」と答える。
 その後、彼は続けて口をへの時にしながら、嫌々そうに呆れて「人間って馬鹿だよな」と呟いた。

「ルミエル様が小さい頃の大人たちはな、皆『神殺し』に躍起になっていたらしいんだ」
「『神殺し』って……神を殺すって事か?」

「言葉のまんまだ。人間は神を殺すために先んじて、神の支配下であった天使を模した『天使モドキ』を作った。それが『疑似天使』ってワケよ」
「待ってくれ。さっきはルミエルさんが疑似天使を作ったって言っていたが、お前の話だとそいつらが疑似天使を作った事になるじゃあないか」

「まあな。順番的に言うと、ソイツらの方が先なんだ。ルミエル様が疑似天使を作りだしたのはその後って話よ」
「どうして。ルミエルさんはどうして疑似天使を作ったんだ?」

 イザベラは金髪の男に詰め寄り、元魔導王であり龍人である白髪の女が疑似天使を作り始めたワケを問いただす。
 しかし金髪の男はあっけらかんとした態度のまま、「それが気になるから、俺たちは皆ルミエル様に付き従っているんだ」と答えた。

 彼女は腑に落ちない様子で、金髪の男に導かれるまま訓練用のフィールドに案内される。

 フィールドの広さは五番街にあるスラムと同じ広さ。そこまで狭くはない。
 スラムを彷彿とさせる廃材や朽ちた車の遮弊物も存在しており、イザベラにとっては好都合な立地だった。

 以上の事をイザベラに説明した金髪の男は、頬に垂れた前髪を掻き分けてオールバックにする。

「これから俺とお前は、この施設の中で30分間、全力で協力して化け物たちと戦い続けて生き残る」
「なんだ、積極的じゃないな。あの化け物を倒そうとは思わないのか?」

「それができれば苦労なんてしねえよ。【聖体弐号】の力は拘束制御術式で10%まで減らされているが、それでも究極の生体兵器だ。奴の顔面に一発でも拳をいれられるもんなら、俺が一杯奢ってやるよ」
「新手のナンパか? 残念だが私は元男だ。性自認は女だがな」

「なら女でいいじゃねえか。おっぱいが付いてりゃあ、みんな女なんだよ」
「極論だな。そういう考え方は嫌いじゃないぞ」

「話を戦いに戻してやる。さっき30分間って言ったが、戦闘中の30分は体感的に3時間に等しい。お前、体力に自信はあるか?」
「化け物の強さがどれぐらいか分からないけど、生き残れる自信はあるよ」

 イザベラはそう言って、アクセルが改造を重ねた究極の機関義手の動作確認を始めた。
 彼女はその最中、何度も金髪の男とアクセルの姿を重ね続けた。

(この男はアクセルと似ていて馬鹿で変態な男だ。こんなに不快感を抱かずに話せたのは、あの馬鹿正直で究極の変態紳士な愛弟子以外では初めてなのかもしれない。それに……強い男は大好きだ)
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