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第10章 青年期 雇われ店長編

94「地下神殿」

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 コンサート会場と化した僕のプライベートルームに、女性型魔導骸アーカムが奏でるバイオリンの音色が響き渡る。ルミエルさんは目を瞑りながら「『個性』と『他の術式』には決定的な違いが存在します」と言って、更に指を弾いて水の球体を空中に作り上げた。




「今の貴方では魔導王に擦り傷を作る事すら出来ません。これから私が宙に浮かべた『水の球弾アクアショット』に魔力を注ぎ込みますので、球体に現れた変化をよく見ていてください」
「魔導王なんて興味ないよ。それにただの下位魔術だろ。個性と他の術式の違いなんかよりも、魔術を詠唱無しで発動できた訳を教えてくれよ」

「貴方が『幸運を祈れグッドラック』という言葉を発して能力を発動させるように、私は指を弾いて魔術を発動させる事ができるんです」
「指を弾いて……か……」




 僕は持っていった本を作業台に乗せて、その場で魔術を意識して指を弾いてみる。何度かルミエルさんがやったように指を弾いて『水の球弾アクアショット』の発動を試みたが、一向に水の球体は現れなかった。ルミエルさんは僕の不貞腐れた様子を見て、「これは『詠唱破棄』という特殊な技術であって、訓練を重ねなければできない技術ですし、貴方には魔術の才能がないので諦めた方がいいですよ」と言ってきた。


 ジャックオー師匠やベネディクトさん、リベットに続いて白髪の幼女にまで、魔術の才能が無いことを馬鹿にされるとは思わなかった。


 それから僕はルミエルさんが言っていた『詠唱破棄』という技術を頭の片隅に置いたまま、彼女が宙に浮かべた水の球体を呆然と眺め続ける。白髪の幼女は「水の魔術を発動するには、その魔術の素となる水の魔力を体内の魔力因子と結び付ける必要があります」と言い、続けて「しかし個性や一部の術式に関しては、そうではありません。個性というのはエネルギーを消費しない能力なのです」と言って、個性が他の術式とは全く違うことを語り始めた。


 
 
「水の球体には変化が見られないぞ。何をしようとしているんだ?」
「まだ感じ取る事ができませんか。『幸運を祈れグッドラック』と呟いて、身体機能を強化してください」




 僕は幼女の言葉を鵜呑みにして『幸運を祈れグッドラック』と小さく呟く。すると視界に入った水の球体の周囲に、禍々しいオーラが漂っているのが見えた。


 ルミエルさんに向けて、「『水の球弾アクアショット』の周りに変なオーラが漂ってる。オーラを纏っていない球体も存在するけど、これが個性と魔術の違いなのか?」と訊ねると、彼女は「見えるようになって幸いです」と言って笑みを溢した。




「オーラを纏っていない球体は、個性で作り上げた『水の球弾アクアショット』です。このように下位程度の魔術であれば、個性という能力は魔術と見分けが付かないモノにもなる事ができます」
「凄いな。だってエネルギーを消費しないで、魔術と同じ程度の技が使えるんだろ?」



 
 ルミエルさんは「その通りです。ですが個性にも長所と短所というモノが存在します。今から個性で作り上げた水の球体を、魔術で作り上げた水の球体にぶつけます」と言って、宙に浮かんだ水の球体に指を向けて、両者を重ねるようにぶつけ始めた。


 見た目は全く同じだが、生成過程が全く異なる球体がぶつかり始める。水の膜同士がぶつかりあった途端、大きな音と共に片方の球体が弾け飛んだ。




「個性の方で作った球体が弾けたな。もしかして個性と魔術では、魔術で作った『水の球弾アクアショット』の方が強いのか?」
「正解です。個性というのはエネルギーを消費しないで術式を発動する事ができますが、それ故に威力や質量といったモノが魔術よりは劣っているんです」

「ただの勘でしかないんだが、魔術で作り上げた『水の球弾アクアショット』には、魔力が練られた事によって分厚い膜ができてるんじゃないか?」
「それも正解です。魔術というのは周囲に漂う魔力を体内の魔力因子と結びつけて体内で練り上げるので、必然的に魔力の膜が出来上がってしまうんです。教え甲斐がありそうで安心しました」




 幼女に褒められてしまった。素直に喜ぶ事もありなのだろうが、ここで調子に乗ってしまえば、ルミエルさんのご厚意を無下にしてしまう可能性がある。グッと我慢だアクセル。

 
 食事を終えたルミエルさんは、「座学はここまでにしておきましょう。個性に関する簡単な説明は終えたので、場所を移します」と言って、椅子から立ち上がった。彼女は僕のプライベートルームには『別の部屋』に繋がる扉があると言い、壁に指を当てながら歩き始めた。


 それから少しした後、ルミエルさんは立ち止まって壁に手のひらを当てる。すると彼女が手のひらを壁に当てた途端、手のひらに触れていた壁が押し込まれて、鋼鉄の扉が現れた。彼女は目の前に現れた鋼鉄の扉に向けて何らかの魔術を発動して、固く施錠された扉を難なく解錠した。


 幼女の代わりに扉を開けてみると、扉の奥には地下へと続く階段が設けてられてあった。





「この階段はどこに続いているんだ?」
「屋敷の近くにあるダムの防水防止施設です。広さも高さも十分備わっていますし、個性や他の術式の訓練を行うにはピッタリな場所ですよ」

「ダムの地下にそんな施設があったのか。何年も暇潰しで通ってたのに知らなかったよ」
「知らないのは無理もありません。そこは魔物の巣窟となっていますし、危険な場所ですから」




 幼女が言い放った『魔物の巣窟』という言葉に反応して、僕は彼女に「危険な場所なら武器を用意させてくれ。個性や魔術の訓練をするにしても、死んだら意味がないだろ?」と訊ねる。すると白髪の幼女は再び空間に次元の裂け目を作って、僕が暗殺の依頼で愛用している『変形機構式機械鞄』や更なる改良を施した『変形機構式ナックルグローブ』を取り出してきた。


 僕は防水防止施設へ続く階段を下りながら、幼女に向けて「念のため聞いておくが、この武器は何処から持ってきたんだ?」と訊ねる。




「その武器は全て貴方の店に繋げた裂け目から持ってきたモノです。武器に改良を施すのは悪い事ではありませんが、あまり武器に頼るのはオススメしませんよ」
「僕は魔術や錬金術、呪術や霊術も使えない人間なんだ。武器に頼るのは当然のことだろ?」

「いいえ。貴方には個性という立派な特殊能力があります。武器に頼るのは構いませんが、個性を伸ばすことは忘れないでくださいね」
「分かったよ。個性を限界まで発動し続ければいいんだろ」

「その通りです。個性というモノは今際の際や生死の境をさまよう事でしか、向上させる事ができない特殊な能力ですから」
「生死の境か。もしかして地下水道で僕を殺そうとしてきたのも、個性の能力を伸ばそうとしたかったからなのか?」




 僕がそう訊ねると、白髪の幼女は「貴方の個性は魅力的ですからね。殺すのには惜しいと感じたので、急所を外しておいたんです」と答えてくれた。


 どうやら僕が腹を刺されても生き延びる事ができたのは、彼女が急所を外して刃物を刺してきたからであるようだ。診療所トゥエルブで外科医を務めるトゥエルブ先生やリベットも、僕が生き延びたのは『刃物が内蔵をかすめた』からだと言っていた気がする。


 等と考えながら階段を下りていくと、僕たちは『何十本も分厚い柱が並び立つ地下神殿』が見渡せる場所に辿り着いた。


 男を誘うような薄手の肌着を着た幼女の言う通り、柱が並び立つ地下神殿は魔物の巣窟と化していた。天井に設置された照明が僅かに機能しているが、地下神殿は薄暗いな場所だった。




「色んな魔物が居るな。僕はこの後、どうすればいいんだ?」
「アクセル様には、この地下神殿に居る魔物を全て退治して頂きます」

「まあ、そう言われると思ったよ」
「貴方の仕事を邪魔するつもりはありません。勤務の開始時間は何時頃ですか?」




 僕が店に戻るのは午前の八時頃だと言うと、彼女は「では、朝の六時までは時間がありますね。私はこの場で様子を見ています。サポートやアドバイスもしますし、何かあれば声を掛けてください」と言い、僕を魔物の巣窟へと蹴り飛ばした。


 咄嗟に僕は『幸運を祈れグッドラック』と呟いてアドレナリンを操って地下神殿の柱に両足を着け、『後悔しろバッドラック』と叫んで手のひらを通して変形機構式機械鞄に電気を注ぎ込む。すると変形機構式機械鞄に電気が流れ込み、機械鞄は攻撃を弾き飛ばす『グラビティシールド』へと変化した。


 朝の六時までは九時間もある。魔物の巣窟という事もあってなのか、地下神殿には見たこともない大蛇の魔物や巨大なサソリといった化け物がうようよしている。生き延びるのは簡単な事なのだろうが、個性をより強力なモノに昇華させるためには、生死をさまようような状態にならなければならない。


 僕は安全な場所に居るルミエルさんに向けて中指を立て、「僕が魔導王とやらを倒してやるよ」と言い、『アルティメット・アームストロング・アームキャノン』を放つために、新たに改良を施したナックルグローブを装備した。
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