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第6章 青年期 ボディーガード編
間話「リベット・ミラー・チェイス1」
しおりを挟むいつもの様にスラムの小屋で目覚めた後、私はアクセルくんの為に『特別な造花』を作っていた。私が住んでいる小屋は、便利屋ハンドマンのジャックオーさんとアクセルくんが建ててくれた、コンテナを基に作られた家だ。
狭い作りにはなっているが、それが幾つも積み重なれていて、複数人の女の子と一緒に住むには窮屈さを感じない。
アクセルくんが地下水道都市に向かってから二週間が経った。彼が置いていったイエローキャブは、まだ私の小屋の近くに置いてある。もしかすると、アクセルくんは忙しくて車を取りに来れないのだろう。
等と考えていると、小屋の外から蒸気自動車のエンジン音が聞こえた。
とっさに私は小屋から飛び出して、イエローキャブの方に視線を送った。アクセルくんが地下水道都市から帰ってきたと思ったが、違ったようだ。イエローキャブの運転席には、彼が師匠と呼んでいる『ジャックオーさん』の姿がある。
「あ、あの……ジャックオーさん」
「やあ、リベット。起こして悪かったね」
「起きてましたから大丈夫です。あの……アクセルくんは?」
「ちょっとだけ問題が起きてね。アクセルはトゥエルブ先生の診療所に居るんだ。キミも来てみるかい?」
私は頷き、ジャックオーさんが運転するイエローキャブの助手席に飛び乗る。すると彼女は、荒々しい運転で車を走らせた。
私が「どうして診療所に居るんですか?」と訊ねると、ジャックオーさんは「彼が怪我をしたからさ。キミの顔を見れば起きるかもしれないしね」と答えてくれた。
アクセルくんが怪我。診療所に居るってことは大きな怪我なのかな。起きるかもしれないって、寝ているって事なのかな。
等など、私は考えていた事を口に出して、ジャックオーさんに沢山の質問をしたが、彼女は何も答えてくれなかった。
私が住む小屋からトゥエルブ先生の診療所までは、歩いて十分も掛からない。イエローキャブに乗ってから少しした後、私たちは診療所のあるビルの前に着いた。
「ジャックオーさん。アクセルくんの怪我って……」
「大丈夫だよ。彼は生きている。少しだけ眠っているだけなんだ」
ジャックオーさんに案内されて、私はトゥエルブ先生の居る診療所に入った。先生に「こんにちは、トゥエルブ先生」と言った後、私は先生の後を追ってアクセルくんが居る部屋に入る。部屋に入った直後、私はアクセルくんの姿を見て目を疑った。
彼の体には、何十本ものチューブが繋がっていた。彼が寝ているベッドの傍には、見たことも無い機械が沢山あった。
咄嗟に私は彼の傍に近づき、手のひらを握りしめる。それでもアクセルくんは起きてくれなかった。そうしていると、私の傍にトゥエルブ先生が近寄ってきた。
「トゥエルブ先生、アクセルくんは……」
「彼は『災厄の魔術師』と戦って、それで生き延びた。いや、この昏睡状態を生き延びたと言っていいのかは分からないけどね」
「死んじゃうの?」
「もしかしたら死ぬかもな。何にせよ、彼は昏睡状態だ。脳波に乱れは無いし、もしかしたら一生このままかもしれない」
私には昏睡状態っていう言葉の意味が分からなかった。でも、トゥエルブ先生の諦めた表情から、今のアクセルくんが死にそうな事だけは理解できた。
アクセルくんの手のひらを握りながら、私は彼のベッドに顔を押し当てる。涙と鼻水で顔がグシャグシャになりながらも、私は彼が起きるのを待ち続けた。
それから一週間が経った。私は彼のために毎日、彼が作って欲しいと言っていた『造花』を持ってきてあげた。エイダさんと名乗る水髪の女性に「お金を払うよ」と言われたが、私は受け取らなかった。
私はお金が欲しくて造花を作っている訳じゃない。アクセルくんが笑顔になるから作ってるんだ。
「ねえ、リベット。毎日お見舞いに来てくれるのは良いけれど、それじゃあ仕事が出来ないんじゃないの?」
「お仕事なら何でもやります。私を買いたいと言ってくれる男性が居たので、そのつもりです」
私はトゥエルブ先生の質問に答える。この時、私は一週間ほど前に女衒から仕事を紹介してもらった。四番街にある老舗のお店で働く事になるが、そうなればお金だって沢山稼げるし、アクセルくんが心配しないように独り立ちできる。
いつものように彼の手を握って部屋を出ていった直後、私は廊下で呼び止められた。
声を掛けてきたのは、アクセルくんが師匠と呼んでいるジャックオー・ハンドマンさんだった。彼は私に「ギャンブルをしないか?」と訊いてくる。
「ギャンブルってなんですか?」
「何かを賭け合って、勝った方が相手の物を奪うゲームだよ」
「賭け事がどういう物なのかは知ってます。私を子供だと思わないでください」
「ごめんね、リベット。私から見れば、キミはただの女の子でしかないからさ」
「この際だからハッキリと言わせてもらいます。アクセルくんを解放してください」
「解放?」
ジャックオー・ハンドマンさんは、五番街でも色んな人物に目を掛けている人物だ。スラムに住む私たちに対して、有料ではあるが『栄養価のある固形携帯食料』を届けてくれてもいる。
他のスラムの子達は知らないだろうが、私はアクセルくんが『ジャックオーさんに借金をしている』事を知っている。小銅貨や銅貨、銀貨を幾ら集めても払い切れない額の借金だ。
「アクセルくんは沢山の仕事に追われて、眠る暇も無いから魔術師に負けたんです」
「彼が眠れないのは別の理由だよ。キミには理解できない事だ」
「彼が倒れてしまったのは、あなたのせいです。借金が無ければ、アクセルくんは倒れませんでした」
「それは私にも分からないな。じゃあ私の賭けに勝てたら、彼の借金をゼロにしてあげるよ」
「それは本当ですか?」
「ああ本当だ。負けたらなんでも願いを叶えてあげる。悪魔にだって誓うし教会にだって通ってあげるよ」
私が「絶対に約束を守ってください」と言うと、ジャックオーさんは「ただし、負けたらキミには彼の借金の半分を払うだけの仕事をしてもらう」と言ってきた。
どんな仕事だって構わない。勝てばアクセルくんの借金がゼロになるし、負けても彼の借金の半分を肩代わりできる。どうせ四番街のイカがわしい店で働く事になるんだ。どっちに転んでも悪くはない。
「どんなゲームですか?」
「簡単なゲームさ。アクセルの体に埋め込まれたチューブを順番に引き抜いていく。それを交互に繰り返して、アクセルの脳波に異常が乱れたら抜いた側の勝ちってゲームだ」
以前、アクセルくんはジャックオーさんの事を『頭がイカれて危ない人』だと言っていたが、それは本当だった。ジャックオーさんは自分の部下の命を賭けてまで、私を試そうとしている。正気の沙汰じゃない。
それからジャックオーさんは開始の合図もせずに、アクセルくんの体に刺されたチューブを引き抜いた。一本や二本って数じゃない。ジャックオーさんは一度に十数本もチューブを引き抜いた。
この人は本当にイカれた人だ。自分にとっても大切な人だろうし、私にとっても大切な人だと知りおきながら賭け事をしようとしている。
「次はリベットの番だ。キミがチューブを引き抜けば、アクセルの脳波に異常が見られるかもしれない」
「それぐらい分かってます」
「いいや、キミはこの行為の本質を理解していない。私たちがチューブを引き抜き続ければ、彼の体はどうなると思う?」
「そ、それは……」
ジャックオーさんは、「キミが抜かないなら次は私の番だ」と言って、また数本チューブを引き抜いた。すると、ベッドの傍に置かれた医療機器からブザーが鳴り始めた。脳波に異常はみられないが、ブザーの音を聞いてトゥエルブ先生が駆けつけてきた。
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