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第6章 青年期 ボディーガード編

54「怪物ブロッサム」

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 ジャックオー師匠と一緒に店に戻り、僕はお気に入りのイエローコートに着替えて準備を始める。店内にエイダさんとマーサさん、アリソンさんが居たが、適当に挨拶をして車庫に戻った。師匠に「あれだけ走ったのに、まだ物足りないのか?」と訊かれたが、僕は「会いたい人がいるので」と答えて準備を始めた。


 スクラップを掻き集めて作り上げた、『ジャガイモバズーカ』にストラップを備え付け、弾丸となるジャガイモを二、三個ほどダンプポーチに入れる。


 ゴーグルと防護マスクを身に付けた後、僕は車庫の端に置いてあった改造蒸気型浮遊車に跨がった。すると、何やら店の中から黄色い声が聞こえてきた。


 車庫に入ってきたエイダさんは、「本当にホバーバイクに乗るんですか?」と訊ねてきた。マーサさんやアリソンさんも同じような反応をしている。


 僕が「コイツにはちゃんとした『桜華ブロッサム』っていう名前がある。僕はブロッサムの調子を確認するだけだよ」と言うと、マーサさんとアリソンさんは、「あのアクセル様がホバーバイクに乗ってます!」「本当だ。大会にも出るのかな?」と言っている。




「エイダさん。期待させて悪いけど、僕はホバーバイクの大会に出るつもりはないよ」
「もったいないですね。アクセルさんの年齢だと、ジュニア部門に参加できるのは今年で最後じゃないですか」

「ふーん。そうなんだ」
「知らない振りをしても無駄ですよ。あんなに作業台が散らかっているのに、優勝トロフィーだけは綺麗なままなんですから。一度ぐらいは見てみたいです。気が変わったら教えてくださいね、私が代わりに申し込んでおくので」




 それから少しした後、僕はホバーバイクの最終調整を終えた。そこまで時間が掛からなかったのは、日頃からホバーバイクのチェックをしているからだ。


 エイダさんに、「勝手に申し込むなよ。僕は絶対に大会には参加しない」と言い残し、スロットルを全快にしてホバーバイクを走らせた。が、モーターのコイルが暖まってなかったせいなのか、車庫から出た瞬間に垂直落下し始めた。




「退院して早々怪我なんてしたくない。動けよポンコツ! 動けってんだよ!」




 垂直に落下しながら、僕はそう言ってエンジンを叩き続ける。地上まで数メートルという所でやっとエンジンが動きだし、モーターや重力タービンといった物が回り始めた。


 地上すれすれの所まで落下した後、僕は「やっぱりこの手に限る」と言って、バーハンドルを引き上げた。僕のハンドル操作によって、改造ホバーバイクは高く舞い上がった。




「今度は僕が追いかける番だ。どこにいるのかな……」




 燃費の事など気にせず、僕は五番街の空路を爆走する。糸を縫うように路地裏を走り回っていると早速、街中を警戒している治安維持部隊の車両が追いかけてきた。




「黄色いホバーバイクの運転手さん。スピードを下げて道路の脇に車両を停めなさい」
「ちっ……違う部隊の人か。あんたらに用はないよ――」




 僕はそう言い残して更にスピードを上げた。


 ホバーバイクには改造が施されている。加速の制限装置を外して、高出力の社外モーターと重力タービンを搭載した怪物だ。ホバーバイクの操作に慣れている人物でも、この化け物を手懐けるには相当な時間が掛かるだろう。


 改造に更なる改造を施した僕のホバーバイクは、どちらかと言えば『レースサーキット』で運転するのが向いている。車庫を出た直後に垂直落下したのは、化け物が目覚めていなかったからだ。


 等と考えながら、僕は治安維持部隊の尾行を撒いて四番街に入った。ここでも住民の注目を浴びたが、それは仕方がなかった。四番街は景観や文化を守るために、浮遊型蒸気自動車の侵入を禁止していて、代わりに木馬型の蒸気自動車の通行だけを許可している。故に、ホバーバイクでの走行は論外に等しかった。


 それから一時間ほど走っていると、次は二番街に着いた。ここには五番街と同様に工場地帯がある他、炭鉱や鉱山といったものが多く残っている。炭鉱夫が住む炭鉱住宅も完備されているため、体力に自身がある者は進んでここに住んでいた。


 それだけならただの産業地帯だが、二番街には他の番街には無い物があった。それは、優れた錬金術師を育てる特別な教育機関があることだ。


 アンクルシティに居る全ての錬金術師は、二番街に複数存在する行政が定めた教育機関を卒業しなければ、自分の店を開業することができない。ジャックオー師匠も錬金術師という肩書きを持っているため、二番街にある教育機関を卒業したことがある。


 師匠曰く、「錬金術は高度な技術だ。扱い方を間違えば『人災』を引き起こす事だって容易にできる。キミには才能が無いから、通っても無駄だよ」と言っていた。


 ジャックオー師匠は人の才能を見抜く目を持っている。別に通うつもりも無かったが、直接そう言われた時はガッカリした。


 その後、僕は治安維持部隊と追いかけっこをしながら、全ての番街を一周して五番街に戻った。時間にして二、三時間は掛かったかもしれない。




「何処にも居ないな。空路に居ないとすると、地上に居るのかもしれない」




 そう言って僕はホバーバイクを急降下させて地上に作られた道路を走行する。暫く道路を走っていると、数メートル先で違反車両が治安維持部隊に捕まっていた。


 僕は遠くから特別なホーンを鳴らして合図を送る。すると、違反車両を取り締まっていた兵士は僕の方を見た直後、ホバーバイクに跨がって走り出した。




「そんなに僕に会うのが怖いのか。それなら嫌でも視界に入ってやるよ」




 怪物と化した改造ホバーバイクには、治安維持部隊が所有する無線機やサイレンスイッチ、小型のマイクも備わっている。姿形は全く異なるが、治安維持部隊の兵士が乗るホバーバイクと似ているのは、僕の『桜華ブロッサム』が軍のホバーバイクをベースにしているからだ。


 軍の車両をベースにしているが、原型は保っていない。改造に改造を重ねた結果、僕のブロッサムは最速の称号を勝ち取る怪物に変化してしまった。


 ブロッサムに備わった小型マイクを手に取り、僕はマイクに向けて「そこの魅力的なムチムチ女性兵士さん。どこへ行こうというのかね。三分間だけ待ってあげます」と言い放ち、ジ○リのム○カ大佐ばりの笑い声を上げた。




「何処へ逃げても無駄です。僕には『ジャガイモバズーカ』がありますから」
「貴方、幾ら暇だからってそんな馬鹿げた兵器を作ってたのね」




 桃髪の女性兵士は急なハンドル操作で路地裏に入った。僕も負けじとハンドルを操作して、建物の壁に沿って走り続ける。


 背負っていた『ジャガイモバズーカ』に弾となるジャガイモを放り込んだ後、僕は女性兵士が乗るホバーバイクのケツに目掛けてバズーカを放った。
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