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第6章 青年期 ボディーガード編

52「後天性個性」

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 それから更に二週間が経った。診療所トゥエルブで働くリベットと、トゥエルブ先生に手伝ってもらい、僕は走れるまでに体力が回復した。全速力とまではいかないが、アドレナリンを放出して音速の速さで動き回る事もできるようになった。


 だが、ひとつだけ問題があった。ふとした瞬間、背後に誰かが立っていないか心配になる癖がついてしまった。度合いで言うと、トラウマレベルに達していると思う。


 入院している間、たくさんの人が御見舞いに来てくれた。ジャックオー師匠は勿論、五番街の華族であるルミエルやナオミさん、アンクル青年団の団長やバーレスクノヴァ劇場で働くソフィアさんまで訪ねてきた。ジャガーノート・バイオレットさんも訪ねてきたが、ロータスさんだけは見舞いに来てくれなかった。


 ソフィアさんに限っては、「精力がつく食べ物を食べなさい」と言って、ヤギの睾丸生刺身を差し入れてくれた。相変わらずソフィアさんは変態淑女だ。僕が「差し入れならもっと他の物があるだろ」と言うと、彼女は平然とした顔で「それならアワビが良かったわね」と答えた。


 彼女が診療所から出た後、ベッドに寝転ぶ僕の元にトゥエルブ先生が近づいてきた。




「ダルク、キミの体の事で聞きたいことがある」
「奇遇ですね。僕もトゥエルブ先生に訊きたい事がありました」




 トゥエルブ先生はベッドの傍にあった丸椅子に座り、近くにあった医療機器を操作している。彼女は「キミの特殊な能力は制限した方が良いよ」と言ってきた。




「無理です。このホルモンを操れる能力は、神様が授けてくれた物ですから」
「神なんて居ないよ。居るのは悪魔と魔物だけだ。それはキミも分かっているだろ?」

「まあ、そうかもしれません。でも、悪魔が居るのは確かです」
「災厄の魔術師の事を言っているのか?」

「はい、トゥエルブ先生。あの魔術師は、僕の能力を『後天性個性』だと呼んでいました。先生は何か知っていますか?」
「『後天性個性』か。確か、亜人や魔人族が生まれ持った能力をそう呼んでいた気がするな。気になるなら調べてあげるよ」




 それから少しした後、トゥエルブ先生は『後天性個性』について書かれている資料を持ってきてくれた。僕は先生から資料を受け取り、目を通して驚いた。


 資料に書かれたほとんどの文字が黒塗りされていたからだ。




「酷い資料ですね。文字の殆どが黒塗りされてるじゃあないですか」
「その資料は政府から頂戴した物だ。情報統制って奴なんだと思う。役に立たなそうだな」

「これじゃあ何も分かりませんね。他に資料はありませんか?」
「勘違いしないでくれ、私はただの外科医だよ。本が読みたいのなら図書館に行きなさい。まあ五番街にある第五図書館には目的の物は無いだろうけどね」

「じゃあ、壱番街にある『第壱図書館』にならありますかね?」
「何度も同じ事を言うが、私はただの外科医だ。気になるなら壱番街に忍び込んではどうだね?」



 
 トゥエルブ先生はそう言って白衣を脱ぎ始めた。彼女はタンクトップに覆われたおっぱいを手のひらで寄せて、僕の方をじっと見つめてくる。


 僕が「何してるんですか?」と訊ねると、先生は「おかしいな」と呟いてため息をついた。




「ダルク。貴方、最近女の子とセックスしたでしょ」
「どうしてそんな事を聞くんですか?」

「貴方が私のおっぱいを見ないからよ。昔は、診療所に置いてあるマネキンのおっぱいを触るぐらい、性に盛んな子だったじゃない」
「ストップ、ストップ。これ以上、僕の黒歴史を掘り下げないで下さい。リベットには教えてませんよね?」




 僕は幼い頃、診療所にある女性型のマネキンのおっぱいを触った事がある。誰も見ていないと思ったが、トゥエルブ先生に見られていたようだ。


 その後、トゥエルブ先生は「リベットなら知ってるわよ」と言って、ベッドのシーツに手を突っ込んできた。




「前立腺は元気なようね。もう二、三日経てば退院しても良いわよ」
「さりげなく僕のナニを触らないで下さい。こういう事をするから、患者が逃げちゃうんですよ」




 僕はシーツの上から先生の手を叩く。すると彼女は不敵な笑みを浮かべながら、他の患者の元へと向かっていった。


 災厄の魔術師が言っていた『後天性個性』についての情報を得るためには、壱番街にある『第壱図書館』に行かなければならない。そこなら秘蔵文書も黒塗りされてないまま保管されているだろう。


 ダストのとっつぁんから頼まれた依頼は期限が迫っている。どの道、壱番街に潜り込まなきゃいけないのだから、僕にとっては好都合だ。


 それから更に二日後、僕は診療所トゥエルブから退院した。リベットに挨拶をしようとしたが、彼女は学校に行っていて診療所内にいなかった。


 先生に雑居ビルの前まで送ってもらい、僕はその場で迎えの車が到着するのを待つ。すると、トゥエルブ先生が一枚の紙を差し出してきた。




「この紙はなんですか?」
「医療費の請求書よ。三ヶ月半の入院費と緊急外科手術代。その他諸々を合わせて金貨二十枚ってところね」

「えっと……金貨二十枚ですか」
「貴方がジャックオーに隠れて依頼料をチョロまかしているのは知っているわ。支払いは後日でも構わないわよ」





 そう言ってトゥエルブ先生はビルの中に戻っていった。


 金貨二十枚か。日本円にして二百万円に相当する医療費だ。トゥエルブ先生が言っていた通り、僕はジャックオー師匠に内緒でへそくりを貯めている。入り用の為に取っておいた貯金がここで消えるとは思わなかった。


 それから少しした後、僕の前に一台のイエローキャブが現れた。運転席には、カボチャ型のマスクを被って紳士服を着た女性が座っている。彼女が運転するイエローキャブの助手席に乗り込むと、師匠は僕に「元気そうだね」と言って車を走らせた。




「師匠、色々とご迷惑を掛けてすみませんでした」
「キミが元気そうで良かったよ。退院したばかりだが、この資料に目を通しておきなさい」

「何ですかこの資料は……」
「壱番街に居る反政府組織『錆びた歯車スクラップギア』の家族構成を纏めた資料だ。キミの依頼に役立つと思って、タレコミ屋から情報を買ったんだよ」

「情報屋から買ったんですか。費用は経費で落ちますか?」
「キミの給料から天引きしておいたから安心しなさい」




 クソっ垂れ。どんどん金が飛んでいく。地下水道内で手に入れた『魔石』を換金したところで、借金の返済に充てられるだけだ。このままだと、いつになっても僕は借金王のままだ。

 
 僕はジャックオー師匠から資料を受け取り、資料に書かれた家族構成に目を通す。すると師匠は「店に帰る前に寄りたい場所がある」と言って、イエローキャブを走らせた。
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