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第5章 青年期 小休憩編
48「死亡フラグ」
しおりを挟むマーサさんを魔物から救って数時間が経った。僕たち『便利屋ハンドマン』と『アルファ部隊』はマーサさんから得た情報を基に、『亜人喫茶・デン』のメンバーを捜索し続けている。
彼女のお陰で一時間ほど前に、亜人喫茶・デンの一人を見つけることができた。無事に救う事が出来たが、少女は追い剥ぎにでも遭ったかのように、衣服や装備を奪われて気を失っていた。
スチームボットに少女を背負ってもらい、僕たちは陣形を変えて捜索を続けた。
陣形は僕とマーサさんを先頭にして、後方からの襲撃はエイダさんとジャックオー師匠に任せてある。獣人族の嗅覚力とハンズマンによる捜索力を高める為だ。
「ねえ、マーサさん」
「アクセル様、どうされたんです?」
「その『様付け』はやめて欲しい。同業者なんだから、ただのアクセルで構わないよ」
「それは無理です。貴方は私の命の恩人ですから」
マーサさんはそう言って腕を絡めてきた。
妙に馴れ馴れしい少女だ。ケモ耳は嫌いじゃないし、女性は全員ウェルカムだが、様付けされるほど僕は崇高な人物ではない。
僕は周囲を確認して、バッグパックに残っていた数匹の機甲手首を起動させる。すると、彼らは僕の指示に従って足早に水道内を進んでいった。
その後、全員に「少し休憩しましょう」と言って立ち止まり、狭い水道内の壁にもたれ掛かる。周囲に浄化石と焦土石をばら撒いて酸素を作り出し、僕たちは防護マスクを取り外した。
正面に座っていたエイダさんに視線を送り、「大丈夫か?」と訊ねると、彼女は嫌味ったらしく「貴方は女性であれば誰でも良いんですね」と答えた。
「そんな事はないよ、エイダさん」
「アクセル『様』、何を気にしているんですか?」
「先輩って呼べよ、爆乳の錬金術師」
「『爆乳の錬金術師』って何だかカッコいいですね」
「そう思うのはお前だけだ。訂正する、お前は『爆発の錬金術師』だ」
「あの時の事を持ち出すなんて卑怯ですよ、アクセル先輩。どうせなら、『人間火薬庫』と呼んでください」
エイダさんに「結局、爆発に関係する名前じゃねえか」と突っ込んだ後、僕は彼女から携帯固形食料と錬成石を受け取った。
持参した固形の完全栄養食を配り始めるエイダさん。彼女は陣形の最後尾に戻っていった。
隣に居たロータスさんとマーサさんに自分の分のレーションを渡し、僕はアームウォーマーを起動して地図を眺める。すると、両隣に居た二人が地図を覗き込んできた。
「アクセルは食べないの?」
「アクセル様、それは地図ですか?」
「はい。ロータスさん、マーサさん。お腹が空いてないので、僕は要りません。レーションを食べ終えたら、二人とも寝てください」
僕はそう言って立ち上がり、二人から少し離れた場所で地図を見続けた。
アドレナリンを常時放出しているデメリットで、僕は眠る事が出来ない。体を酷使する事にはなるが、そうする事で他の人が体を休めるのであれば十分だ。
それから少しした後、Z1400を除くアルファ部隊と亜人喫茶・デンの面子、エイダさんは眠り始めた。起きているのは、僕とジャックオー師匠、ジュゲムを含めた数体のZ1400だけだ。
ハンズマンの視覚を投影したホログラムを見ていると、「アクセル、大丈夫か?」と言って、ジャックオー師匠が近づいてきた。
師匠に、「大丈夫です。師匠も眠って下さい」と言ったが、彼女は起きているようだ。
「師匠、遠慮せずに寝て下さいよ」
「寂しい事を言うな。まあ、もう少ししたら寝るよ」
「そうですか」
「キミは本当に成長したね。私が想像していた通りになった」
「変なフラグを立てないで下さい。こんな状況でそんな事を言う人は、真っ先に死ぬんですよ」
「面白い理屈だな。頼み事がある、義手の調整を手伝ってくれないか?」
ジャックオー師匠はカボチャ型の防護マスクを収納して、僕に右腕の義手を向ける。
僕が「調子が悪いんですか?」と訊ねると、彼女は「悪くないよ。むしろ調子が良すぎて気持ち悪いぐらいだ」と言い、義手を外して差し出してきた。
その後、僕たちは昔話を語り合いながら、義手のチェックを始めた。
十年前、まだ神という存在を信じて神学校に預けられていた頃、僕は年に一度行われるホバーバイクレースを数ヶ月前に控えて師匠に出会った。
所謂、ボーイミーツガールという奴だ。ボーイと言っても僕の精神は大人だ。ガールといっても、その時の僕は師匠を男だと思っていた。
「師匠、初めて会った時の事を覚えていますか?」
「覚えているよ。あの診療所にキミが居なければ、私達は出会わなかったからね」
脳裏にあの日の光景が浮かび上がる。
師匠が言っていた診療所は雑居ビルの六階にあった。様々なピンクチラシが壁に貼られた路地を進むと、ゴミ溜めや麻薬中毒者が佇んでいる。
異世界に転生してから五年が経ち、何もかもに慣れ親しんで希望を抱いていた頃の事だった。ひょんな事からホバーバイクレース十五歳以下部門へ参加する事になり、僕は神学校の学年代表としてレースに出た。
参加費用を払わなければならなかったが、その費用に関しては問題なかった。顔も殆ど覚えていない両親の戦没により、僕は遺族として一定の給付金を政府から与えられた。
心身が健康であると証明するために、政府が運営する保健施設か認可した病院、又は診療所で身体検査を受けろと命じられ、僕は個人が経営する小さな診療所を選んだ。
それが、五番街にある『診療所トゥエルブ』だ。
その待合室で僕は師匠に出会った。通学路を猛ダッシュしてボーイミーツガールした訳ではないし、敵に襲われていた所を助けて知り合った訳でもない。劇的な出会いでなかったのは確かだ。
ジャックオー師匠は、「アクセルも食べなさい」と言って、僕に食べかけのレーションを渡してきた。
「要りません。僕には自分の分がありますから平気です」
「下手な嘘を吐くな。自分の分は他の人に渡しただろ?」
「さあ、覚えてませんね」
「偏屈な男の子だな。少食だから身長が伸びないんだよ」
そう言って受け取ったレーションを師匠に返そうとしたが、彼女は無理やり僕の口に押し込んできた。
相変わらずレーションは酷い味をしている。完全栄養食なのは良いけれど、味に関してはお粗末な物だ。ダストのとっつぁんに文句を言わなければならない。
「本当に不味いです。これならヤギの睾丸の方がマシに思えます」
「確かに味は最悪だな。水で喉に押し込むと良いよ」
その後、僕はレーションを食べながら、師匠と出会った時の事を語り合った。
「そういえば、あの待合室でもこんなやり取りをしましたね」
「懐かしな。そんな事があった気がするよ」
「気じゃありませんよ。絶対にありました」
「さあ、覚えていないね」
師匠は僕の事を『偏屈な男の子』だと言っていたが、彼女の性格も大概だと思う。一癖も二癖もある女医が居る『診療所トゥエルブ』を選ぶ人物だ。偏屈じゃない方がおかしいまである。
等と考えていると、鼻から血が垂れてきた。もしかしたら、頭に浮かんだ悩殺ボディーの女医を思い出したからかもしれない。
師匠は「そんなに私の顔に魅了されたのか?」と冗談を言った。彼女の問い掛けを無視して、僕はコートの萌え袖で血を拭った。
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