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第4章 青年期 地下水道都市編

38「フェンリル教聖歌隊」

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 焼けるような痛みが舌全体に行き渡る。切り分けられたステーキには、常人であれば即死するような致死量の毒が盛られていたようだ。


 テーブルの上には、二匹の機甲手首ハンズマンが居て、中央には科学調味料が施されたステーキとビールが置かれている。


 彼らは指を使ってテーブルを小突いていた。どうやらステーキをチマチマと食べている僕に、イライラしているようだ。

 


「クラリス、ハンニバル。そんなに急かさないでくれ。ステーキにはトリカブトの調味料が振り掛けられているようなんだ。少しずつ食べなきゃ毒が分解できないよ」




 僕は体内のアドレナリンを操って代謝量を増加させ、体中に分散するトリカブトの毒素を無害な物質に分解する。致死量の毒という事もあってか、舌が痺れた後に喉に痛みが走った。


 僕のような特殊な体質を持つ者でなければ、食べた者は死んでいたに違いない。


 その後も二匹のハンズマンは僕を急かしてくる。彼らに何度か、「このステーキ肉は何の生き物の肉なんだろうね」「劇場の従業員も敵なのかな?」と訊ねてみたが、二匹は指先を動かして筒でも掴むような素振りをするだけだった。




「何を言ってるのか分からないな。近いうちに手話の勉強でもしてみるか」


 

 彼らと意思の疎通を図るためには、アームウォーマーがなければならない。あったとしても、分かるのは彼らの指先に搭載した小型カメラの映像だけだ。


 音響装置を機械に組み込めば言葉を話せるかもしれないが、何十匹もいるハンズマンの全てにそれを組み込めるほど金銭的な余裕は無い。僕が手話の勉強をすれば安く済むだろう。

 
 僕は仕方なくテーブルに置かれた紙切れを握りしめ、席を立つ。演者がステージで歌を歌う中、僕はオレンジ色の照明が点在するフロアを歩いた。


 薄暗いフロアをクラリスに先導してもらい、僕はハンニバルを肩に乗せて進み続ける。それから数分も掛からずに、『関係者以外立ち入り禁止』というパネルが掛けられた扉に辿り着いた。



「ありがとう、クラリス」




 僕がそう言うと、クラリスはフロアを飛び跳ね、ハンニバルと同様に僕の肩へ飛び乗ってきた。


 この個体は優秀な偵察用ボットだ。二匹が居なければ初見の建物で迷っていただろうし、もしかしたら僕はセキュリティーガード達に阻まれて、首根っこを掴まれて劇場を追い出されたかもしれない。


 その後、僕は周囲を警戒しながら扉を開けて通路を歩き続けたが、劇場の関係者と思われる女性に見つかった。女性は演者の一人であったらしく、露出の際立った修道服と銀髪のカツラを被っていた。


 咄嗟にアドレナリンを放出して彼女の背後に回り込み、僕は彼女の首筋にある頸動脈を指先で圧迫して気絶させた。




「ごめんね、シスターさん。誰だか分からないけど、キミに危害を加えるつもりはないよ」




 僕は気絶した女性にそう言って、近くにあった部屋に女性を運び入れた。部屋の中には人が居ない。舞台衣装や舞台道具だけが置かれていた。


 すぐに僕は女性から修道服とカツラを奪い取り、近くにあったムチで女性を拘束して部屋を出た。それから少しした後、通路を歩いていると十字路に差し掛かった。




「クラリス。演者の控え室はどっち?」




 手のひらに載せた女性型の機甲手首ハンズマンは、十字路の右に指を向けている。その後、僕は二匹のハンズマンに修道服のベルトを握らせた。


 クラリスの指示に従って暫く通路を歩き続けると、通路の正面から数人の女性たちが僕の方に向かってきた。


 不味い。後戻りは出来ない。来た方向に引き返せば不審に思われる。声を掛けられなければいいのだが。


 等と思いながら通路を歩き続けると案の定、出会い頭で「こんにちは、シスター・ハルカ・ナナミ」と声を掛けられた。


 どうやら僕が部屋に閉じ込めた女性は、『ハルカ・ナナミ』という修道女であったようだ。彼女たちは、『聖歌隊』としてノヴァ劇場二号店に招待されたようで、『ある歌手』のバックコーラスを任されているらしい。


 その後、声を掛けてきた女性は、腕を絡ませて引っ張ってくる。彼女は、「もうすぐ私たちの出番よ」「今日はいつになく静かね。喉の調子を気にしているの?」と訊ねてきた。


 ウィンプルと呼ばれる修道女の頭巾と、借り物の銀髪のカツラで何とか顔を隠していたが、彼女は髪の隙間から僕の顔を覗き込んでくる。




「ハイ……チョット……喉が……」
「体の調子を整えるのも仕事のひとつよ。仕方ないわね、今日は『この変声機』を首に着けて、口だけを動かしなさい」

「あ、アリガトウ……ゴザイマス」
「私達はフェンリル神に仕える修道女です。地下水道都市で布教の許可を得られたのは、劇場の金銭的サポートがあったからです。忘れてはいけませんよ、シスター・ハルカ」




 どうやら、この女性、『サヤ』という女性は、ハルカという女性と接点が少ないようだ。シスター・ハルカという名前は知っているようだが、彼女は僕の顔を確認した後も喋り続けていた。


 運が良いのか悪いのか分からないが、とりあえず、このまま彼女たちに着いて行くしかないか。


 僕はそのままサヤさんを含めた聖歌隊に紛れ、そのまま舞台裏へ行くことになった。それから数分も経たずに、何処からともなくアナウンスが舞台裏まで聞こえてきた。




「本日はバーレスク・ノヴァ劇場二号店に御来場いただき誠にありがとうございます。次は、本店でも人気のトップスター新人歌手・歌姫『ユキ・シラカワ』と聖歌隊の皆さまです!」




 ユキ・シラカワ。やっぱり、この劇場に居たのか。バーレスク・ノヴァ二号店があった時点で察しがついていたが、まさか本当に居るとは思いもしなかった。


 司会を務めていた女性の合図と共に、僕を含めた数十人の聖歌隊は舞台へ動き始める。何とか隙を見て逃げ出そうと思ったが、何処をどう動いても修道女にぶつかる可能性があったので諦めた。


 僕は聖歌隊という修道女で構築された波に押し込まれ、そのまま彼女たちと一緒に舞台の壇上へ駆け上がる。


 紆余曲折あったが、ユキ・シラカワさんを見つけることができた。ソフィアさんの依頼は、『ユキ・シラカワさんを捜索して欲しい』だけだ。ここはユキさんと二人っきりになれるチャンスが来るまで、聖歌隊としての務めを果たそう。


 僕は首に装備した変声機を作動させ、口パクをしながら聖歌を歌い上げる。サヤさんに渡された変声機がなければ、フロアに居る観客の誰かが僕を男だと気づいたかもしれない。


 その後、フェンリル教の聖歌を歌いながら視線をフロアに向けてみると、誰かが僕たちに向けて手を振っているのが目に入った。


 その二人の女性の片方は、カボチャ型の防護マスクに備えられたネオンの発光装置を輝かせていて、もう片方のポンコツホムンクルスは、爆乳を抑え込んだベストを着ていた。


 今日は最悪な1日だ。


 スチームボットのゴム乳を揉んで、ラブホで爆乳ホムンクルスにビンタされ、毒が盛られた何肉か分からないステーキ食べ切り、尊敬する師匠に修道女のコスプレをしているのを見られた。


 こんなに顔が真っ赤になるのは、生まれて初めてだ。


 等と考えながら歌う振りをしていると、舞台が揺れ始めた。地震が起こったのかと思ったが、そうではないようだ。


 その後、舞台は階段状に変化していき、舞台の両脇から『N.O.V.A』という光り輝く文字のパネルが現れ、観客が居たフロアの天井にミラーボールが降ろされた。


 呆気に取られていると、もっと驚くことが起こった。僕の横に並んでいた修道女達が、自分たちの修道服を破り始めたのだ。
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