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第4章 青年期 地下水道都市編

36「小さな木箱」

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 僕は宿屋の二階にある扉の前に立ち、師匠に渡された鍵を使って部屋の中に入る。部屋の内装を見た瞬間、僕は恥ずかしさで頭が一杯になった。


 部屋の中央には、二人用のクイーンサイズと思われるベッドが置かれている。部屋を囲む四方には、明らかにラブホと思えるようなピンクの壁紙が張り付けられているし、ベッドの頭にはティッシュ箱や照明を操作する機械があった。


 ソレっぽい雰囲気を作り上げる有線のラジオも流れている。何が入っているのか分からないが、小さな木箱も照明の操作版の隣に置いてあった。あとでエイダさんと中身を確認してみよう。




「僕、荷物を置いたら街を見てくるね」
「アクセル先輩、ちょっと待ってください」




 僕は背負っていた荷物をベッドの上に放り投げ、踵を返して玄関に向かう。だけど、エイダさんが腕を掴んで引き留めてきた。


 彼女は頬を赤く染めていて、何やらモジモジと足を動かして恥ずかしがっている。


 不味い。この流れは非常に不味い。僕にはそんな覚悟ができていない。展開が急過ぎる。


 そもそもラブホに入るのも初めてだ。確かに以前、ジャックオー師匠に『僕の童貞は美少女ホムンクルスに捧げる』とは言ったが、それがこんなにも早く訪れるとは思いもしなかった。




「あの、アクセル先輩……とても言いにくい事なんですが」
「は、はい! どうしましたか、ホムンクルス様!」

「体が汚れていますし、どうせ街を散策するのなら、シャワーを浴びてからにしませんか?」
「そ、そそ、そうだね」




 お風呂じゃない。シャワーだと? 確かにエイダさんが言った通り、僕の体は地下水道内の臭いが染み付いている。だけど、それは戦士の名誉と言える証拠だ。


 体が臭うという事は、それほど汗水を垂らして魔物と戦った証拠のはずだ。こんな時、女性経験が豊富な男はなんて言い返すのだろう。


 等と考え込みながら、僕は頭に浮かんだ決め台詞をボソッと呟き、エイダさんにキメ顔を向けて親指を突き立てた。




「エイダさん、『先にシャワーを浴びてこいよ』僕はここで待ってるからさ」
「あ、えっと……はい」




 いや、『あ、えっと……はい』ってどういう事だよ。え○りかずきもそう言ってたし、これが最適解な返答であってるんじゃないのか?


 それから僕はブツブツと呟き続けた。目だけを横に動かしてみると、そこには汚泥が染み付いたドレスや、コルセットの紐をほどくエイダさんの姿がある。どうやら彼女は、本当にシャワーを浴びるようだ。




「こっちを向かないで下さいね」
「ハイハイ、分かってますよ、そんなこと」




 僕はそう言って反対側を向いたが、そこには鏡が置かれてあった。


 僕は鏡越しにエイダさんの裸に目を凝らす。相変わらず、エイダさんの胸は大きすぎる。年齢や身長に相応しない爆乳の持ち主だし、僕の手のひらでは収まらない大きさをしている。


 ラブホ……否、この宿屋の内装は明らかに男女が夜の営みをするのを想定とした装飾が施されている。


 安っぽいガラス細工で作られた偽物のシャンデリア、モザイクを彷彿とさせる透けガラスのシャワー室。オマケにベッドの脇には、宿屋の従業員に繋がるような内線電話機のような物が置かれている。


 食べ物も注文できるらしく、小さな丸テーブルの上には食事のメニューやサービスドリンクと思われる飲料水まで用意されていた。




「深呼吸をするんだ、アクセル・ダルク・ハンドマン。僕はアドレナリンを自由に操る最速の美青年だ。錬金術は使えないけど、その代わりに体内で電気を産み出す事ができる。それは自慰行為で何度も確認できた。大丈夫だ、アクセル。その時が来てしまっただけだ。偉大なる神は僕に今日、この部屋で大人の漢になれと言っているんだ」

 


 僕はそう言って自分に課せられた責務を全うするため、勇気を奮い立たせる。ムスコを奮い立たせる訳ではない。気持ちを奮い立たせるんだ。


 等と小声で呟きながら、エイダさんがシャワールームに入ったのを確認した後、僕はバッグパックに手を忍び込ませる。中から数匹の機甲手首ハンズマンを取り出した後、指先を介して電気を注ぎ込んだ。


 電気が注入された事でハンズマンが動き出した。彼らの動力源は小型の電気バッテリーだ。蒸気を利用した外燃機関で動いている訳ではない。


 その後、僕は二匹のハンズマンに語り掛けた。「僕はこれから漢になる。夢にまで見た、セ○クスをするんだ」と僕が言うと、二匹のハンズマンはお互いの体をぶつけ合って、拍手をしてくれた。


 相変わらず、彼らに搭載した人工知能チップの学習速度には驚いてしまう。僕は彼らに、『偵察や記録』といった任務に関する知識しか与えていない。それなのにも関わらず、ハンズマンは僕やジャックオー師匠の行動を記録して、そこから自分達なりにその意味を理解して知識を増やしている。


 恐らく、スタンドアローンな状態ではなく、互いに電波を通して知識を並列化させているから、こんなにも成長が早いのだろう。




「さて、そろそろ僕もシャワー室に行こうかな」




 僕がハンズマンにそう言うと、彼らは親指を突き立てて、エールを送ってきてくれた。その後、僕は音速を越える早さで衣服を一瞬で脱ぎ捨て、フルチンの状態でハンズマンにサムズアップを送る。


 彼らはベッドの上で跳び跳ね、嬉しさを表現していた。




「待たせたね、エイダさん。失礼しまーす!」
「え、なんで入ってきてるんですか。出てってください!」




 エイダさんはそう言って僕の頬を思いっきり叩いてきた。その衝撃で僕は部屋のベッドに吹っ飛ぶ。




「あれ、エイダさん。これから僕とエイダさんは――」
「何を勘違いしているんですか。私はシャワーを浴びてから、街に行きましょうと言ったんです!」

「え、じゃあ、裸でプロレスは?」
「アクセル先輩は本当に変態さんですね。貴方とプロレスなんてしませんよ」




 そう言ってエイダさんはシャワー室の扉を締め切った。


 僕はフルチンのまま呆然と立ち尽くすしかなかった。ほんの少しでも期待した自分がバカだった。ラブホに入ったからって、エッチができる保証なんて何処にもない。




「はあ、僕はバカな男だ。なあハンズマン、キミ達もそう思わないか?」




 僕がそう言うと、二匹のハンズマンは床に散らばった衣服を拾ってきてくれた。彼らはいつだって僕の味方だ。今日の事を忘れないよう、彼らに名前をつけよう。


 女性の手首を模したハンズマンを、『クラリス』と名付け、男性の手首を模したハンズマンを『ハンニバル』と名付けた。ただの機械に名前を付けるのは初めてだ。両方とも、僕がこの異世界に転生する前に見た映画の登場人物の名前だ。


 その後、僕はクラリスに運んできてもらったパンツを履き、エイダさんがシャワーを終えるのを待ち続けた。
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