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第3章 青年期 変態紳士編

26「軍曹の襲来」

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 それから丸二日が経った。

 改造蒸気機関義手は普通の蒸気機関義手とは異なり、装備した者に大きなメリットとデメリットをもたらす。


 メリットは機関義手を自由に取り外しして、義手の形態から蒸気機関銃に変形できることだ。だけどデメリットもある。

 
 変形機構銃としての機能を持つが故に、どうしても義手が重くなってしまうことだ。

 
 ジャックオー師匠の壊された機関義手は、僕がイチから作り上げた中でも最高傑作と呼んでも過言ではない物だった。




「師匠、義手の調整は必要そうですか?」
「悪くない出来だ」
 



 僕はそう言って床に座り込み、ベッドへ横になっているジャックオー師匠に問い掛けた。


 師匠は僕が新たに開発した蒸気機関義手を動かして、自由に動くか確認している。その後も何度か僕は師匠に問い掛けたが、彼女は何の返答もせずに義手の操作の確認を続けた。




「その新しい義手は純粋な蒸気機関義手です。蒸気機関銃への変形は出来ませんが、軽量化と耐久性に優れた義手となっています。相手が上級の魔物であっても、壊れることはまず無いと思いますよ」




 僕はそう言い残し、一階に繋がる階段を下りていった。階段を下りると、一階のカウンター席にエイダさんが居た。


 彼女は店内の掃除を終えたらしく、僕が教えたレーションを材料にしたケーキを作ってくれていた。




「掃除は終わったみたいだね」
「はい、アクセルさん。ケーキを作ってみたんです。味見してもらえませんか?」

「うん。柔らかくて美味しい。これならスラムの子供たちが喜んで食べてくれると思うよ」
「そんなに誉めてもなにもでませんよ。私の体は絶対に分解させませんからね」




 エイダさんはそう言ってカウンターにケーキを置いて、手のひらで胸を隠している。


 このポンコツホムンクルス。一言が余計なんだよな。黙っていればロータスさんに匹敵する程の可愛い爆乳娘なのに、本当にもったいない。




「大丈夫だよ。僕が本気になれば、いつだってキミを分解できるから」
「『分解しなくてはいられない性癖の持ち主』ですか。貴方はスタンド使いだったんですか?」




 その後、僕は「出掛ける用意をしておいて」とエイダさんに言って、再び二階に戻った。


 二階に1つしかないベッドに視線を送ると、そこにはベッドのフチに座るジャックオー師匠の姿があった。師匠は先程と同様に蒸気機関義手を操作して感覚を掴もうとしている。




「ジャックオー師匠、腕の調子は良さそうですか?」
「絶好調だよ。前よりも随分と軽くて戸惑っているけどね」

「気に入ってくれて良かったです。その義手はカーボンやアルミを素材にして作られています」
「カーボンか。そんな素材を何処で手に入れたんだ?」

「エイダさんが錬金術を使って、鉄屑をカーボンとアルミ合金に再錬成してくれたんです」
「ホムンクルスのあの子がか。化け物たちを討伐するのには丁度良い軽さをしている。アクセルも準備をしなさい」

「準備って、師匠も僕の依頼に着いてくるんですか?」
「勘違いしないでくれ。地下水道施設にいる魔物の討伐は、”私が受けた依頼”だ。アクセルはただの同伴者だよ」




 師匠はそう言ってベッドから立ち上がり、自分の作業台に近づいて回転式荷物棚の前で立ち止まった。


 ジャックオー師匠の言う通りだ。地下水道施設にいる魔物の討伐任務は、師匠が請け負った依頼だ。ソフィアさんの依頼が絡んだ依頼だとしても、討伐任務自体は僕の依頼ではない。


 師匠は冷淡な口ぶりで言ってきたが、僕は嬉しくてしょうがなかった。


 普段、僕と師匠は別々で依頼をしている。効率というものを考えた結果、舞い込む依頼を消化するには共に行動しない方が良いからだ。




「今日は女装をしなくて良いですし、僕に準備なんて必要ないです」
「そうだったね。キミの体質が羨ましく感じるよ」

「師匠が思っているほど、良い能力じゃあないですよ」
「そうかな?」

「はい。『自由にアドレナリンを操る』なんて、自由が無いのと一緒ですから」
「確かにそうかもな。先に車庫で待っていてくれ。私は装備を確認してから向かうよ」




 長く喋りすぎた。師匠の準備の邪魔をしたくない。


 僕はサイバーパンクを彷彿とさせるオーバーコートで身を包み、作業台に置かれたアームウォーマーと変形機構式メリケンサックをポケットに忍び込ませる。すると、一階から僕を呼ぶ声が聞こえてきた。


 緩やかな階段を駆け下りて声の主の元へと向かう。そこには、何かに怯えて尻餅を着いているエイダさんの姿があった。


 彼女は、バーレスク劇場のオーナー室で見せた、『蒸気機関銃を彷彿とさせる機械的で巨大な蒸気機関銃』を床に向けている。




「その銃を戻してエイダさん。何があったんですか?」
「今、今そこにゴキブリが……」

「ああ、ゴキブリですか」
「ゴキブリですよ! どうしてそんなに冷静で居られるんですか!」

「たかがゴキブリだろ。これから僕たちが向かう下水道施設には、ゴキブリやネズミがうようよしているんだぞ」
「えー聞いてませんよそんなこと……」

「その物騒なキャノン砲を閉まってくれ。威力が分からないんだ。下手にぶっぱなして店を壊すなよ」
「それは分かってますけど……ゴキブリなんですよ!」




 意外だな。ホムンクルスはゴキブリが苦手なんだな。いや、もしかしたらエイダさんが女性だからか?


 なんにせよ、ホムンクルスにも苦手なものがあるのが知れたのは良いことだ。


 僕はエイダさんに、「先にイエローキャブに乗るから、エイダさんは助手席に座ってね」と言い残し、車庫に通じる扉を開いてイエローキャブに乗り込む。


 車庫の扉を開けっぱなしにしていたせいなのか、その後もエイダさんの悲鳴が聞こえ続けた。意外だったのはここからだ。エイダさんの叫び声に紛れて、ジャックオー師匠の悲鳴も聞こえたのだ。




「ホムンクルスがどうかは関係なさそうだな。古今東西、どの異世界でも女性はゴキブリが苦手なんだな」




 そう言って僕はポーチから運転免許証と通行書を取り出し、操作盤にセットする。車庫に二人の女性の叫び声が響き渡る中、僕は焚き口に錬成鉱石を放り込み、浮遊型蒸気自動車のエンジンを始動させた。
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