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第2章 青年期 見習い錬金術師編

19「ダンボールの女」

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「あれ、イエローキャブで行かないんですか?」


 目を丸くして僕を見てきたエイダさん。彼女はそう言ってガレージに繋がる扉の前で佇んでいた。


 僕は首を振って、「今日は歩きで行く。四番街に行くには、『専用の交通機関』を使わないといけないからね」と言って、カウンターに寄りかかる。


 腰に巻き付けたポーチから手鏡を取り出して、女性用のカツラや化粧が上手くいっているか確認した。




「アクセルさん……」
「どうしたの、エイダさん」

「貴方は女装もする変態さんなんですね」
「ああ、僕は依頼を遂行するためなら女装だってするし、吐いたツバだって飲み込む」

「紳士というよりは、変態淑女って感じですよ」
「『変態淑女』は僕の二つ名じゃあない。どちらかといえば、今日の依頼主の方がピッタリな二つ名だな」

「え、この世界にアクセルさんみたいに変態な方が他にも居るんですか?」
「僕が頂点に立っているように言うな。ソイツに会ったら驚くぞ」

「気になりますね。でも、歩きで行くってことは、安全な場所なんですよね?」
「アンクルシティに、『安全な場所』なんてどこにもないよ」



 
 廊下に通じる扉を開けた後、僕はエイダさんに向けてそう言う。すると、彼女は首を傾げながら、腕を組み始めた。




「アンクルシティに安全な場所なんて無い」という僕の言葉。それは言葉の通りだ。僕や師匠という、『ネジが外れた考え方を持つ者』が存在している以上、このシティに安全な場所など無いに等しい。




「まあ、これから行く四番街は、五番街よりは安全だよ」
「ふぅ……安心しました」

「ていうか、エイダさんはどうやって店まで来たの?」
「お店って、『便利屋ハンドマン』のことですか?」

「質問を質問で返すな。疑問文には疑問文で答えろと学んだのか?」
「別にいいじゃないですか。爆死させますよ」




 エレベーターに乗り込み、僕はエイダさんのメロンに視線を送る。
 

 エイダさんは親指を立てて拳を向けてくる。彼女は、『カチッ』『カチッ』と言いながら、親指を動かし続けていた。


 彼女が油断して背後を見せたのを見計らい、僕は脳から能動的にノルアドレナリンを放出させる。


 蒸気機甲骸スチームボット人造人間ホムンクルス、兵器と呼ばれる彼女達が反応できない速度で腕を動かし、エイダさんの手首を握りしめた。




「え、アクセルさん?」
「ごめんね。少しだけ『ヒリッ』とするけど、我慢して」




 僕はポーチから取り出したバングルを彼女の手首に着ける。すると、一瞬の内にバングルからレーザーが放たれて、QRコード型の刻印を刻み込んだ。




「痛ッ……」
「ごめんね。アンクルシティで過ごすには、どうしてもそのコードが必要なんだ」

「最低です、変態さん。本当に爆死させますよ」
「ハイハイ、悪かった悪かった」



 
 特殊な性癖を持つ殺人鬼のように、彼女の瞳から光が消えていた。このままだと、例の「アルティメット・ネオアームストロング・コマンドー・デストロイ・アームキャノン」とやらの兵器を向けられ、いつか本当に爆死させられそうだ。




「私は色んな方々に助けられながら、アクセルさんのお店まで来ました」
「運が良かったんだね。キミは神に愛されてるんだよ」

「神様なんて居ませんよ。居るのは悪魔だけです」
「忘れてた。キミは悪魔を信じてるんだっけ?」

「信じているってよりは、恐れてます」
「まあ、魔術師が居る世界だからな。怖がっても仕方ないよ」

 


 僕はそう言い残して、先にエレベーターを降りる。


 本当に悪魔なんて居るのだろうか。亜人族や魔人族、下水道に魔物が居るのだとすれば、悪魔も居てもおかしくないよな。


 等と考えながら、首に掛けていた防護マスクで口元を覆う。暫く歩いていると、エントランスから管理人のオバチャンが手を振ってきた。


 僕とエイダさんの側に駆け寄るオバチャン。彼女は、「ねえ、アクセル先生。今日は女の子の格好なのね、お仕事なの?」「実は頼み事があってね」「オバチャン、最近和食にハマっちゃってさあ」等と、くだらない話を始めた。


 適当に頷き、「数日は依頼で帰れないので、オバチャンの依頼は帰ってからですね」と僕が言うと、彼女は残念そうに肩を落として見送ってくれた。


 居心地が悪そうに下を向くエイダさん。僕は彼女の腕を引っ張り、エントランスから出て行った。




「大丈夫か?」
「えっと、こういうのに慣れてなくて……」




 そう答えてエイダさんは防護マスクで口を覆った。


 注目を浴びるのが好きではないらしい。何者かに追われてウチの店に来たのだ。自然と顔を隠すのは理解できる。




「この日傘を貸してあげます」
「日傘ですか?」

「うん。エイダさんの、『水色の髪』は結構目立つからね」
「そうでした。今までフードを被って隠れていたので、すっかり忘れていました」




 僕はそう言って日傘をエイダさんに渡す。マスク越しでも解かるほど、エイダさんは笑み浮かべていた。


 女性というのは不思議で知的な生き物だ。知れば知るほど、泥沼に足を突っ込んだかのように奥が深くなっている。多分、それは人間の女性だけではなく、スチームボットや亜人族、ホムンクルスも同じなのだろう。


 等と考えながら、僕はアンクルシティの道路を走る蒸気型路面機関車に向けて手を振る。すると、僕たちの様子に気付いてくれたのか、路面機関車は速度を緩めてくれた。




「エイダさん、僕の手を掴んで」
「はい!」




 僕は先に路面機関車へ飛び乗り、エイダさんに向けて手を伸ばす。その後、エイダさんは僕の手を掴んで路面機関車に飛び乗ってくれた。


 周囲に他の乗客が居るからなのか、エイダさんは俯いたまま僕の隣に佇んでいる。僕は彼女の手を握り、小声で問いかけた。




「エイダさん、路面機関車に乗るのは初めてですか?」
「はい。人が多いところは避けてたので……」

「そうだったんですね。僕の配慮が足りませんでした」
「申し訳ありません」




 ホムンクルスという生き物は、僕が想像していたよりも人間らしい生き物なのかもしれない。


 スチームボットのように冷酷ではなく、僕よりも感情が豊かで、魔術師と戦うために生まれた最強の兵器。それが、エイダ・バベッジさんなのだろう。


 それから路面機関車に乗って一時間が経ち、僕とエイダさんは五番街の外れにある駅で降りた。




「結構遠くまで来てしまいましたね」
「うん。ここから少し歩いて、別の乗り物に乗るよ」

「また乗るんですね。依頼主は徒歩では行けない場所に居るんですか?」
「うん。こればっかりは、避けられないルートなんだ」

「分かりました。もう少しだけ我慢します」
「大丈夫だよ。すぐに楽になるから」



 僕はそう答えて十六世紀を彷彿とさせる道路を歩き続ける。暫く歩くと、四番街と五番街を隔てるゲートに着いた。


 ゲートの傍には、二足歩行の巨大な蒸気機甲骸スチームボットや、女性型のスチームボット、ダストさんが配備した治安維持部隊の姿がある。


 僕たちの存在に気付いたのか、彼女たちは持っていた蒸気機関銃を持ちながら、僕たちに近づいてきた。




「アクセルさん……兵士が居ますよ」
「大丈夫だよ。そんなにビビんなって」

「近づいてきました。どうするんですか?」
「そんなに怖いなら、ダンボールにでも隠れるか?」

「そうします。ダンボール箱の隠密性を馬鹿にしないで下さいね」
「え?」




 手を合わせて錬金術を発動したエイダさん。彼女は道路の片隅に置かれたゴミ箱から何かを取り出し、その物体を小汚ないダンボールに変化させた。
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