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第1章 青年期 蒸気機関技師編

04「蒸気機関の世界」

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 爆煙を放ち続ける焦土石に手拭いを被せ、火が消えたそれを一斗缶の中に放り投げる。その後、僕はレーションの食べ残しを胸ポケットに入れ、浮遊型蒸気自動車へと向かった。


 

「ああ寒い。早く中に入ろう」

 

 
 浮遊する蒸気自動車の運転席に乗り込み、助手席に一斗缶を置く。体を交差する様にシートベルトを閉め、左手をハンドルに乗せて背もたれに寄りかかった。

 
 小型の歯車やクランクといった物が備えられたアームウォーマーを起動させるため、手首に付けていた機械式腕時計のリューズを回す。


 

「本当に異世界って便利だよな。何でもできちゃうんだし」



 
 リューズが回された事によって動き始めたアームウォーマー。排気口から僅かな蒸気を放出しながら、それらは連携して腕を暖め始めた。

 
 このアンクルシティという異世界は本当に便利な世界だ。薄型のテレビは無いけど、その代わりに蒸気エネルギーを利用した投影機ホログラムがある。スマホは無いけれど、それに代わるラジオだって存在する。

 
 ここ数年で僅かだが、水流を利用した水力発電も活動を始めていた。

 
 だけど、街に流れる汚水や街の大気汚染、貧困層の拡大や煤煙といった問題は山積みだ。ただの転生者である僕が解決できるような問題ではない。それこそ、僕のような普通の社会人として生きていた者ではなく、知見の深い人物が転生すればよかった話だ。

 
 この異世界は昔、魔術師という集団の攻撃によって文明が滅びたらしい。蒸気機関技術によって浮遊する自動車がある世界、スラムに亜人族が居るような世界では想像できないが、四番街に住んでいる祖母ちゃんから聞いた話だから、間違いないのだろう。

 
 百歳を超えようとしている祖母ちゃん曰く、『魔術師は世界の文明が発達していく都度、何度も攻撃を仕掛けてきた』とのこと。彼女の話によると、魔術師の集団は数十年に一度、人類の文明を破壊したようだ。そのせいで多くの人が亡くなり、僕の両親もそのせいで亡くなった。

 
 それでも人類は何度も文明を発達させていった。亜人族と強力して錬金術を発達させ、当時の技術者は何度も文明を復活させたらしい。

 
 そのせいもあってか、アンクルシティには当時の社会が残した文明や文化、難民として受け入れた三つの人種が存在している。それが、亜人族と純人族、もう一つが魔人族だ。

 

 
「前に居た世界よりも充実した人生を送れている。仕事もあるし、尊敬できる師匠も居る。でも、やっぱり童貞は卒業したかったな」
 


 
 転生してから十五年。何度も夢見た女性とのムフフな展開だが、相も変わらず僕にはそれが訪れない。転生したから『ワンチャン』あると思ったが、そうもいかなかった。


 

「さてと。師匠が待ってるだろうし、さっさと店に帰るか」


 

 歪んだハンドルを握り、僕はそれを引き上げる。すると、それに応じて蒸気自動車が高く舞い上がった。車体を旋回させてダム施設を後にした。



 
「随分と混んでるな。何かあったのか?」


 
 
 街外れから五番街の中心に戻ったは良いが、何かが起きているようだ。

 
 普段は絶対に混まない空路に複数台の浮遊自動車が滞空している。耳を澄ましてみると、遠くの方からサイレンの音が聴こえた。

 
 サイレンの音に紛れ、『ダスト治安維持部隊デス。コノ区画一帯ハ現在、治安維持ノ対象ニナッテオリマス。御協力オネガイシマス』と言ったアナウンスが街中に流れている。



 
「アクセルくん! ねえ、アクセルくん!」



 
 大声のする高層集合住宅の方へと振り向く。ハンドルをロックして外を見上げると、鎧戸を全開にして窓から身を乗り出す女性の姿が見えた。

 
 タワーブリッジを彷彿とさせる建築様式の建物。彼女は僕の名前を何度も呼び続け、何かを伝えようとしていた。


 

「ナオミさん。どうしたんですか?」
「どうしてそんなに落ち着いているんですか。近くにダストの治安維持部隊がいるんですよ? さっさとお逃げなさい」
「あら、ナオミさん。アクセル様が居るの?」

 

 
 鎧戸の付いた窓から視線を送るナオミさん。メイド服を着ている彼女の腕の中には、彼女が付き従う御令嬢の姿があった。


 

「こんにちは、ルミエルさん。あまり窓に近づくと、煤煙を吸い込みますよ?」
「ごきげんよう、アクセル様。貴方様の御顔を拝見できるのであれば、この程度の煤煙など気に障りませんわ」


 

 ナオミさんに抱きかかえられた少女。彼女の名前はルミエル・セレッサ。年齢が九歳だというのに、肌が透けて見えるようなシュミーズドレスに身を包んでいる。彼女は五番街に存在する華族の一人だ。

 
 僕は数年前に彼女と一つの約束を交わした。その時は冗談で言ったのだが、彼女は本気にしている。


 
 
「褒めても何も出ませんよ」
「当然の事を言ったまでですわ。それより、『ご婚約の話』は忘れておりませんよね?」
 
「ああ、そんな約束しましたっけ?」
「また忘れたフリをするんですね。私は絶対に忘れませんからね!」



 
 しつこく感じるほど、ルミエルさんは『口約束の婚約』を念押ししてくる。ただの気まぐれだったというのに、どうして彼女はそんなに好意を寄せてくるんだろう。

 
 僕はそんなことを考えながら、手のひらにアゴを乗せて窓のフチに肘を置く。すると、呆れ果てていたのをナオミさんに見られた。



 
「アクセルくん。もう数分も経てばアナタの車両もチェックされるでしょう。早く逃げなさい」


 

 煤煙が体に障ったのか、ナオミさんは咳き込みながらそう言った。

 
 彼女が言っていた通りだ。確かに十数メートル先には、浮遊型二輪車ホバーバイクに乗った蒸気機甲骸スチームボットの姿がある。もう数分ほど経てば、彼らは前の列にいる運転手の確認を終えるだろう。そうしたら、次は僕の車両の調査を始めるに違いない。

 
 僕は運転席の窓に腕を置き、ナオミさんに手を振った。



 
「大丈夫ですよ。このタクシーは盗難車じゃないですから」
「あら、そうだったのね」
 
「はい。それに今日は"営業許可証"も持ってますから」
「ふーん。珍しいわね。その営業許可証って"正規"に発行された物なのかしら?」



 
 ナオミさんの問い掛けに、心臓がビクッとなった。痛いところを突かれた気分だ。こんな事になるなら、ナオミさんに秘密を打ち明けなければよかった。

 
 操作盤から本物の通行証と偽造した営業許可証を引き抜き、ハンドルのロックを解除する。その後、僕は冷や汗をかきながらナオミさんを睨み付けた。



 
「ズルいですよ。そういうの」
「なによ。本当のことを言ってるだけじゃない。キミはまだ十五歳なのよ」
 
「ハイハイ。分かってますって……」
「ちょっと大人びてるだけなんだから、黙って大人のお姉さんの言うことを聞くこと。分かった?」



 
 窓から身を乗り出したナオミさん。説教とも思えるような言いぐさで彼女は話し続ける。



 
「それじゃあ、おいとまします。何か頼み事があれば、ジャックオー師匠を通して連絡をください」
「では、後日改めて御礼を申し上げに行きますね」
「アクセル様! お元気で!」



 
 ナオミさんとルミエルさんに手を振った後、僕は蒸気の圧力を最低限に操作して、握り締めたハンドルを押し込んだ。

 
 浮遊していた黄色い車体。『便利屋ハンドマンにお任せください』という文字が描かれた僕の車は、後輪の排出口から蒸気を放出して頭から落ちて行った。
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