Fragment-memory of moonlight-

黒乃

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第二話

第三十八節 穏やかな人間関係

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 何事もなく馬車は進み、無事に闇オークション会場である古城に到着した三人。外観を見る限りそこは寂れた古城にしか見えないが──。
 入口に控えていたガードマンらしき人物にまず、ローゲが渡されていた招待状を見せる。数秒後、招待状が偽造されたものではないと確認が取れたらしく彼を城へ招こうとして、背後にいたヴァダースとメルダーに気付く。

「ああ、彼らは私の助手でな。今回のオークションも一つの勉強になるだろうと、私が連れてきたのだ。なに、私が信頼を置ける二人だ。案ずることはない」
「アカツキ様が、そう仰られるならば……」

 まずは第一段階クリア、といったところだろう。三人は無事に古城内へ潜入することができた。

 城内は外観からは想像がつかないほど絢爛豪華に彩られている。普通の晩餐会と言われても遜色ないほど。外観が寂れたように見えたのは、そう錯覚させるための術式か何かだろう。なるほどカモフラージュは徹底している様子だ。
 エントランスにはすでに数名の参加者が集まっていて、談笑を楽しんでいるように見える。周囲を一瞥してレーギルング家と世界保護施設が目的としている人物を探そうか、と思ったがこちらにまっすぐに歩いてくる人物が一人。

「ごきげんようアカツキ殿。この度はわたくしが主催するパーティにご参加いただき、ありがとうございます」

 その言葉から、どうやら彼が今回の闇オークションの主催者であるレーギルング家当主だろう。記憶の中にあるレーギルング家当主の名前は確か、ローバー・レーギルング。そして確かレーギルング家にも、自分より年上だったが息子がいたはず。名前は確か──。

「貴方からの誘いを断る私ではありませんよ、ファル殿」
「いやはや、嬉しいことを仰ってくれますな。……おや?そちらは貴方の客人ですかな?」

 ……思い出した。ファル・レーギルング。この人物の自分を見る目もどこか、執着めいたものを感じる相手だった。
 ファルはローゲの後ろに控えていたヴァダースとメルダーを見つけ、興味深そうに話題を変える。そんな彼に対して、入り口でそうしたようにローゲが説明した。

「ああ、彼らは私の優秀な助手でね。今回、何か勉強になるかもしれないと連れてきたのだよ。二人とも、挨拶を」

 ローゲに促され、悟られないようにとあくまで冷静に対応する。一礼してからまずヴァダースが自己紹介をした。

「お初にお目にかかります。アカツキ様のもとで助手をしております、ツクヨと申します。この度はアカツキ様にお誘いいただきまして、ご一緒させていただきました」
「同じくヒナタと申します。よろしくお願いいたします」
「これはこれは、ご丁寧にどうも。私はファル・レーギルングと申します。オークションへの参加はできないが、ぜひお二人にもパーティを楽しんでいただきたい」
「ええ、ありがとうございます。多くのことを学ばせていただきますよ」
「なんとも勤勉な助手だ。……おっと、では私はオークションの準備がありますのでこれで。ではアカツキ殿、またのちほど」
「ええ、楽しみにしていますよ」

 それだけ言葉を交わしてから、ファルはオークション会場であろうホールへと向かっていった。その様子に内心安堵の息をつくヴァダースである。彼が立ち去ったことを確認したローゲが、さて、と二人に振り替える。

「通信状況を確認しておこうか」
「そうですね」

 ローゲの言葉に、ヴァダースはズボンのポケットに忍ばせている通信機用のスイッチを一度押して、周囲に聞こえない声量で通信を開始する。聞こえますか、と尋ねれば数秒後に通信機越しのシャサールの声が聞こえた。

『こちらシャサール。大丈夫、聞こえているわ』
「周囲環境の様子は?」
『今のところ特に変化はないわ。今私たちは城の裏側……つまり、オークションにかけられる商品を集めた倉庫側にいるんだけど、そこまで警備に人員を割いているわけじゃなさそうね』

 時折見回りに来る人物以外の魔物の類は見受けられない、とのことだ。しかし万が一という可能性もあることを忘れないように、と苦言を呈すれば、わかっていると返事が返ってくる。カモフラージュとして古城の外見を偽る術式、それだけで城の警備が本当に務まるとは思えない。何か裏がある可能性も視野に入れた方がいい。

『アンタの言うことは最もだけど、そこはカサドルも警戒してくれてるわ。安心なさいな』
「……わかりました。ではオークションが開始次第、手筈通りに」
『了解』

 スイッチをもう一度押して、通信を切る。そのままローゲに今の通信内容を伝えれば、彼も状況を理解した。そこにタイミングよく、アナウンスが流れる。オークション会場の準備が整った、とのこと。
 先に聞いていたように、会場となるホール内には招待状を受け取った人物しか入れない仕組みとなっていることから、ここからローゲとは別行動になる。

 ローゲと別れて二人はエントランスで闇オークションの終了を待つことに。メルダーに視線で合図を送る。作戦開始の合図は、メルダーにしてもらうことにしていたのだ。彼もヴァダースが出した合図に頷き、その場を離れる。

 周囲を一瞥して意外と感じたが、案外エントランスに残る人物が多い。そのことに若干違和感を覚えるも、特に不審な動き等はなさそうだ。そう安心していると、再び彼の前に何故かファルが現れる。ホールにいるのではないのだろうか。

「どうかされましたかファル殿?」
「いやなに、オークション開始まではまだ少し時間があるのでね。ぜひ貴方と話がしたいと思ったまでだ」
「話、ですか。私など相手にしてもつまらないと思いますが」
「そんなことはない。まぁ……少し昔話になるのだがね、レーギルング家ととても親しくしていた音楽貴族がいたのだよ。時たま食事会などを開いて、交友を深めていたんだが……数年前に突然、皆殺しにされたそうなのだよ」

 その話に焦りが内心に積もってきたが、悟られないようにあくまでポーカーフェイスを続ける。

「皆殺しとは、穏やかではありませんね」
「ああ。しかも噂では、その音楽貴族の一人息子が事件を引き起こしたなんて言われているらしいのだよ。その息子の見た目が、貴方にそっくりなのだとか」
「面白いことを仰いますね、ファル殿は。私みたいな一介の密猟者が音楽貴族の一人息子だなんて、そんなの天と地ほどの差があります。それに世の中には己に似た人物が三人いる、なんてこともあるそうです。他人の空似ですよ、きっと」

 にこ、と愛想のいい笑いを浮かべればやがてファルも、それもそうだなと納得はしてくれたようだ。

「確かに貴方の言う通りだ。いや失敬。気を悪くさせてしまっていたら申し訳ない」
「いえいえ。交友が親しかった人物との別れに、貴方も思うところがあったのでしょう。お気になさらずに。それよりも、もう開始時刻になりませんか?」
「これはいけない。ではまた、舞踏会の時にでもゆっくり話をしようじゃないか」

 それだけ告げると、ファルは足早にホールへと戻るのであった。彼の姿が見えなくなってから、ヴァダースは人知れず息を吐く。
 ファルと話をして、確信した。彼は完全に、自分が元音楽貴族ダクター家の一人息子だった、ヴァダース・ダクターだということに気付いている。ベネチアンマスク越しに自分を見てきたあの視線に、しまい込んでいたはずの記憶が蘇る。あの時と変わらない、自分をターゲットと見定め逃がさない、ねっとりするような視線。

「……ダクターさん、大丈夫ですか?」

 グラスに入った水を持って、いつの間にかメルダーが自分の隣に来ていた。どうやらエントランス付近でゲスト用に用意されていた、立食用の水を持ってきてくれたのだろう。彼の気遣いを素直に受け取り、グラスを煽る。
 今の短い会話の中で、知らずの内に緊張していたのだろうか。干上がった地面に水が染み渡るような心地よさに、今度は安堵の息を漏らす。

「……ありがとうございます」
「いえ、これくらいならお安い御用です。それよりも……かなり憔悴しているみたいですが……」
「気のせいですよ。私はいつもの私のままですし、今の周囲の状況だって理解しているつもりです」

 メルダーの心配は受け取らない、と言外に伝える。ヴァダースの言葉にメルダーの胸に去来したものは、なんだったのだろう。小さくよし、と呟いてから周りには聞こえないように彼はヴァダースに声をかけた。

「なにがあっても、俺がダクターさんを守りますのでご心配なく!」
「別に、貴方に守ってもらうほど弱くはありません」
「そ、そうなんですけどそうじゃなくて、精神面とかいろいろですよ」
「いりません」
「そんなバッサリと……」

 とほほ、と肩を落とすメルダーに呆れながらも声をかける。シャサール達に合図は送ったのかと尋ねれば、滞りないとの返事を受ける。任務に支障をきたしていないのならばとやかく言うつもりはない、と釘を刺して闇オークションの終了を待つ。できることなら、闇オークションの終了と共に任務が終われるようにと願いながら。

 結局、シャサール達の投薬は闇オークション終了までには間に合わず、舞踏会までもつれ込むことになってしまったと、その後通信機から伝えられた。どうやらリスト外のものが途中で入り込んだことで、予定が狂ってしまったそうなのだ。
 想定外のことはある程度想定していた。まだ許容範囲内だ。通信機越しに慌てずにそのまま任務の遂行を言い渡し、ヴァダースとメルダーはひとまずホールから出てきたローゲと合流する。彼に現状を報告すると、ひとまず現状を窺うことになった。
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