Fragment-memory of moonlight-

黒乃

文字の大きさ
上 下
34 / 60
第二話

第三十四節 行動力を助ける

しおりを挟む
 部下の話を聞いてからそう日も経たないうちに、闇オークションについてカサドルからの新たな報告が上がってきた。その報告を聞く限り、やはり闇オークションの主催はレーギルング家であることが確定。会場として指定された古城も、元々レーギルング家が所有するものだということも判明した。
 さらにカサドルはそこに参加するであろう密猟業者のリストやオークション品の詳細はもちろん、当日のスケジュール情報までも入手してくれていた。彼の仕事の早さに感心しながら渡された報告書に目を通し、ヴァダースは思わずため息を吐く。

「ダクターさん?どうかしたんですか?」
「……いえ。あくまで闇オークションだというのに、とんだお気楽だと思いましてね。このスケジュールに記載されている、最後の欄を見てください」
「最後の欄って……。……え?」

 ヴァダースに指摘されたようにメルダーも報告書に目を落とし、そして問題の欄を見たのだろう。彼の反応はいたって普通だ。何故ならその欄には「舞踏会」と記載されていたのだから。
 何かの間違いではないかとカサドルに確認するも、彼も困惑の色を隠せないながらもそれが事実だということを伝える。カサドルの言葉に、思わず己を含めて会議に出席している人物の全員が絶句した。

「……冗談じゃないんですか、これ……?」
「オークション後に舞踏会だなんて、馬鹿馬鹿しいったらないじゃない」
「私も何かの間違いではないかと、再度確認したのだがな……残念なことに事実だ」
「金持ちってのは総じてバカしかいないようだなぁ」
「……幹部。どうする、これ」

 リエレンの問いかけに、痛みそうになった頭を押さえながら考えを巡らす。
 この闇オークションへ出品する商品を強奪できれば、カーサの戦力が向上することは間違いない。何せ密猟品だ、表には絶対に出せない何かがあることは確実。実際に報告書に載っている出品リストの中でも、希少価値が高く危険度の高い魔物の商品が数点見受けられる。データを見る限り、戦力には申し分ない。
 それらをたかが知れているバイヤーの手に渡ったところで、扱いきれるかどうか。また売りに出されてしまうのが関の山だ。密売人たちは、密売を金儲けとしか考えないのだから。商品の有効活用など二の次だろう。

「オークションに出品される商品を強奪しましょう。商品のいくつかは、カーサの今後の戦力にも繋がるはずです」
「そうですね。たかだか金持ちだったり密売人程度に扱いきれるものじゃないと思いますし!」

 ……いつになく強気な発言のメルダーだ。彼のこんな口調は、今までに聞いたことがないように思える。メルダーの発言後に一瞬その場が静まり返るが、場の空気を整えるかのようにシャサールが口を開く。

「まぁいいんじゃないかしら。所詮密猟品ですもの、主催も参加者たちもそれを奪われたところで、被害届なんて出せないんだし」
「そうだな。奴らの手には負えん魔物もいるようなら、こちらが有効的に使ってしまえばいい」
「まぁ僕は反対するつもりなんてないけどねぇえ」
「幹部たち決めた任務。俺は従う」

 四天王たちの意見もまとまった。次にその強奪方法だが、オークション前は厳重な警備で商品が保護されているだろう。狙うなら、オークション終了後の舞踏会中を狙うべきだ。もっと言うならば、舞踏会が開催される直前。商品を再び倉庫にしまうタイミングを狙いたい。
 しかしそうなると、少なくとも会場に潜入してその場の状況を知るための調査員が必要になる。適任者は誰がいいかと考えている中、会議室のドアが開く。そちらに視線を向けると、そこにはボスであるローゲが立っていた。突然のボスの登場に一同が起立して一礼する。

「ボス、いかがされましたか?」

 あくまで冷静になって問いかける。この男が来るということは、いつも決まって何かが起こる前触れだ。ローゲのことをまだすべて理解しているわけではないが、大体の行動パターンは読めるようになってきていた。
 ローゲはその場にいた全員に着席を促すと、会議室の上座に座る。そして懐からあるものを取り出し、ヴァダースたちに見せた。

「先日の会議の議事録を読ませてもらった。商品の強奪任務にあたって、一つ提案があるのだ。しかしその前に、これを見てほしい。闇オークションについてだが、実は主催側から私に招待状が届いたのだ」
「招待状、ですか?」
「ああ。ここにいる皆は、私がカーサのボス以外の顔を持っているということは知っているだろう」

 彼の言葉に頷く一同。実際に彼と最初の出会ったときは己を医師だと偽っていた。いくつもの顔があると言われても、そう驚くことではない。密売人の顔を持っていたところで、何ら不思議はないというものだ。

「なるほど、主催者側の人間と顔見知りなのですね」
「ああ。そういうことで、現場への潜入は私自らが行おう」

 ローゲの言葉に、思わず耳を疑う。確かに任務の危険性は高い。四天王以下の部下たちに今回の任務が務まるか、正直微妙なラインでもある。だからといって、カーサのトップ自らが躍り出るとは、と。ヴァダースたちは一言も声を発さないが、場の空気がそう伝えているとローゲは理解したのだろう。小さく笑ってから、こう返す。

「なに、たまには私自らが自分の部下たちの成長を直に見たいとも思ったまで。無論私一人で行くつもりはない。念のための護衛をこちらで決めさせてもらう。それでどうだ、最高幹部たちよ」

 言葉の後に視線を向けられるが、その視線はもはや提案ではなく確認の意味が込められている。ヴァダースはメルダーと一瞬目配せをしてから、承諾の意味を込めて一つ頷いた。

「護衛はそうだな、最高幹部たち二人に就いてもらおうか。そして強奪の実行犯はスヴァット、ソンブラの二人。前段階の準備として、マキナには通信装置を作ってもらおう。クリーガーには当日、ここ本部の防衛を頼みたい」

 つまり、ボスをはじめとしたカーサのトップ全員でその任務にあたれということか。確かにこの人員なら任務の成功率は格段に上がる。しかし懸念材料がないというわけではない。ヴァダースはローゲに苦言を呈す。

「お言葉ですがボス。それではあまりにも、本部の守りが手薄になってしまうのではありませんか?リエレンの実力は確かに申し分ありません。しかし彼一人に本部防衛の重荷を負わせてしまうのは……」
「無論、クリーガー一人には重すぎる。故にマキナに彼の補助に入ってもらう。お前の発明品とやらで、クリーガーの負担を減らしてほしい」
「は……はっ!ボスのご命令とあればこのキゴニス、喜んで任務に臨む所存です」
「そして各四天王は闇オークション当日の本部防衛の任に間に合うよう、己の部下の教育を命令する。これならばお前の不安も消えよう、ダクター?」

 聞いていく中で、いつの間にかいいようにローゲの掌の上で転がされている気になるが、ここまで完璧な提案をされては、文句も言えないというもの。ここは大人しく引き下がるのが正解かと、ヴァダースはローゲの言葉に同意した。
 現にローゲが出した人員案は的確なものだ。自然現象に属する術を得意とするカサドルと、影を使役できるシャサールは実行犯として大いにその能力が役立つ。会場はイーアルンウィーズの森に位置していることからも、状況次第ではこちらに有利な条件で任務を遂行できるのだから。

 その後の会議もローゲのペースのまま終了。その後闇オークション当日に実際に現場に向かう面々だけその場に残された。当日の大まかな動きを決めるため、らしい。

「最高幹部二人を含めた私が会場入りし調査を行う。そして現場の状況を、外で待機しているスヴァットとソンブラに報告。二人は会場の裏側でもあるイーアルンウィーズの森で、周囲環境をこちらにも報告してほしい。その後はこちらの合図があるまで待機していてもらおう」
「オークションが開催されるまで警備の目がこちらに向かないようにするため……ですね?」
「その通りだ。オークション中はできるだけ彼らには商品に集中させるべきだ。我々が強奪を狙うタイミングは、商品が運び出される一瞬に限られる」

 オークション終了後から舞踏会開催までは、来賓客は会場整備のため数分の間待機することになるとのことだ。その時間を任務実行の合図とする、とローゲが告げる。待機時間になったら会場内にいるヴァダースとメルダーが、外で待機している二人に合図を送る。最終的に二人の状況が終了次第、折りを見て会場からローゲたちが撤退する。これが任務の大まかな流れだと説明を受けた。

「状況次第によっては、舞踏会開始まで時間が伸びてしまうかもしれんが……。そこは各自の判断に任せよう」
「しかしボス、商品回収後の撤退方法はいかがするのですか?現状、我々に転移の力はおろか、そのような能力保持者はいません」
「案ずるな。今マキナにその方法を模索するよう命令を出している。彼のことだ、任務開始日には間に合うだろう」

 小さく笑うローゲ──目深にローブを被っているために正確な表情は理解できなかった──に、思わず言葉を詰まらせながら頷く。

「そう、ですか……」
「なんだ、いつになく不安そうだなダクター?」
「……いえ。出過ぎたことを申し訳ありません」
「お前の心配も分からんではないが、なに。お前が危惧するようなことは起こらん」

 話は以上だとだけ告げると、ローゲは開示室から姿を消す。その後は特に何も話すこともなかったということで、ヴァダースたちも解散する。言い渡された作戦内容に対して特に反対意見はないが、どこか一抹の不安を抱えるヴァダースであった。
しおりを挟む

処理中です...