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第一話
第十一節 私にさわらないで
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ヤクがスグリの屋敷に来た翌日。
スグリはいつも通りに目を覚まし、朝の稽古を終えて朝食を食べる。それが終わると次にお盆をもって、ヤクが寝ている部屋へと向かった。お盆に乗せられている土鍋には、昨晩ヤクに食べさせた薬膳が盛られている。彼が運んでいるのは、ヤクの朝食だった。
スグリはヤクの世話係を、アマツから頼まれたのだ。大人よりも自分と近しい人間がそばにいたほうが、彼も緊張しなくてもいいだろう、と。そんなアマツの意見に対し、スグリは一言告げた。
「俺よりも父上の方が信じてもらえてたみたいなのに、どうして俺なんだ?」
「はは、まぁそう言うな。見ず知らずの他人から信頼を得るというのは、大変なことなのだよ。そこをお前に学んでほしいのだ。領主の息子という肩書をなしに」
「そうは言っても……。俺、あいつがベンダバルが悪人って言ったの、まだ許せそうにないよ」
「それは、こちらで探らせることにしよう。心当たりがないわけでもないのでな」
「本当?それって誰なんだ?」
スグリの質問に、アマツは苦笑してから気にしなくてもいい、と一言。納得がいかないと不満を漏らすも、子供にはまだ早いと言われてしまう始末。それでもと食い下がろうとするところを、ヤナギに呼ばれてしまう。薬膳が出来上がったからヤクの部屋まで運んでほしい、と。
「行ってあげなさい、スグリ」
「……はーい」
なんだか厄介払いされたように感じるが、呼ばれてしまったのなら仕方なしとスグリは渋々アマツの部屋から出ていく。ヤナギと共に台所へ向かい、薬膳と簡単なサラダが用意されたお盆を手渡される。それが、つい先程のことだ。
部屋の仕切りである襖を開けると、すでに起きていたらしいヤクはビクリと大きく体を震わせる。立っていた人物がスグリだと理解したのか、多少ではあるが緊張が解けたようだ。肩を下ろし、しかし不審そうな目でこちらを見上げている。そんな態度が、スグリにとっては鼻につく。一つ深くため息をついてから近付く。
「起きてたんだな。ほらこれ、お前の分。爺が作ってくれたから、冷めないうちに食べろよ」
「……いい、の……?」
「お前の分だって言ったろ?それと昨日と同じものなんだから、疑うなよ」
はい、とお盆をヤクのそばに置くとスグリはその場に座る。最初はおどおどしていたヤクだが、お盆を己の近くまで寄せてから食べ始めた。ゆっくりと食べていくうちに、彼の体の緊張が解けていることにスグリは気付く。そんなに緊張する理由がどこにあるというのだろうか。この屋敷や村は安全なのに、心の中で呟いた。
時間をかけて薬膳を食べ終えたヤクに、スグリは声をかける。
「なあ、俺の言葉は通じてるんだよな?」
その問いかけに、ヤクは小さく頷く。それなら、とスグリは昨日聞きそびれたことを尋ねてみることにした。
「お前、どうしてあの竹林にいたんだ?」
「そ、れは……」
言い淀むヤク。そんな態度に再びため息をついて、スグリは彼に言い聞かせるように言葉を紡いだ。この村は安全であること、なによりこの屋敷にいる人物は味方になってくれようとしていること。
「……ほん、とうに……?」
「お前、俺はともかく父上たちを疑うのもいい加減にしろよ。もしどうにかするつもりだったんなら、昨日のうちにどうかしてただろ?」
「……油断、させてだます、のは……大人たちがしてきた、ことだから……だから……」
「なんだよそれ、ふざけんな!!」
その言葉がどうしても許せなく、頭で考えるより先に体が反応してしまった。思わずヤクの胸ぐらを掴み、怒りの表情を露にして噛みつく。そんな自分の態度にヤクは怯え、震える瞳でスグリを見上げる。
「昨日、父上だって言ってただろ!お前を助けたいって!」
昨晩アマツから、物事を自分の物差しだけで測ってはいけないと諭されたばかりだというのに。激高したスグリの頭の中からは、その言葉はすっかり抜け落ちてしまっていた。反論する暇も与えないといわんばかりに言葉を続ける。
「お前に攻撃されても、父上はお前を信じて助けようとしてくれてるのに!お前が大人から何されてきたか知らないけどな、手を差し伸べてくれてる人を疑うのもいい加減にしろよ!!」
「ぁ……ご、ごめんなさい、ごめ……」
「謝る相手が違うだろこのバカ!!」
「ヒッ……ご、ごめんな、さ……!ゆ、ゆる、して……!」
ヤクが震えながら呟いた直後、廊下からアマツの叱責の声が届く。
「スグリ、何をしている!?」
その声にスグリは振り返る。いつの間にか、部屋の廊下にいたのだろう。アマツとヤナギの二人がそこにいた。アマツはまずヤクからスグリを静かに引き離し、震えるヤクを落ち着かせるように優しく抱く。そして黙り込んだままうつむいたスグリに、もう一度訊ねる。
「スグリ、何をしているのかと聞いているのだが?」
「っ……だって、コイツが!いつまでも父上たちのこと信じてくれないのが、許せなかったんだ!攻撃されても、助けてあげたいって父上は言ってたのに!」
「それは、お前がこの子を糾弾していい理由にはならんぞ」
アマツの言葉に、今回ばかりは素直に受け止められなかったようだ。スグリは眉を吊り上げながら彼に反論する。
「理由になるじゃんか!父上が心からコイツのこと助けたがってるのは、本当のことだろ!?昨日もずっと優しくしてやってたのにコイツ、油断してだますのは大人のやることだって言いやがったんだ!そんなの、許せるわけないだろ!」
「スグリ、落ち着きなさい」
「落ち着いてるさ!なんで──」
「スグリ!!」
アマツの一喝する声に、スグリは思わず体を硬直させた。そんなスグリをじっと見据えながら、諭すようにアマツが話し始める。
「……昨晩私は話したな、物事を自分の物差しだけで測ってはいかんと。広い視野と深い思慮を持たぬ者は、立派な領主になれないと。覚えてるな?」
「それは……」
「それなのに、今のお前はなんだ?いつ私は信じてもらえないことを悲しんだか?悔やんだか?そんなこと、一言たりともお前に告げてはいない。そも、考えてすらいないのだぞ?」
「っ……」
「お前は自分で勝手に考えた理由だけで、この子を罵倒したのだ。そんな様では、とても未来の領主にはなれん」
アマツの言葉は、ひどく冷たく感じられた。スグリは、ヤクに自分が信じてもらえないことは別に構わないと思っていた。まだ自分はそれほど話したこともないのだから。しかし彼に対して懇意にしていたアマツのことは、信じてほしかった。自分の大切な父親が、傷付けられても優しく接していた。そんな人なら、信じてくれるはずだと。その考えが、独りよがりだと言われたのだ。納得できるはずもない。
「……なんだよ……だって俺は、父上たちの気持ちをコイツがないがしろにしようとしたのが、許せなかったから……!」
「それはお前の勝手、独りよがりよ」
「っ、父上のわからずや!!もういい!!」
言うや否や、スグリはヤナギの制止する声も無視して部屋から駆け出し、屋敷から飛び出してしまう。村人たちに声をかけられても気に留めることもせず、村の中で一番大きな桜の木まで走りきると、屋敷を背にして木にもたれた。
立っていた地面に、小さく点々とした染みができる。上から降っているものが染みの原因らしく、そしてそれはスグリの涙だ。彼の双眸から、ぽろぽろと悔しい感情が零れ落ちている。しばらくその場で泣いていたが、ふと木の裏側から声をかけられた。ヤナギの声だ。
「若様、やはりここにおられましたか。さぁ、帰りましょう」
「いやだ、帰らない!アイツがいるんなら、絶対に帰るもんか!!」
「そう仰らずに。みなも、領主様も心配しますよ」
「そんなわけない!父上は、どうせアイツの方が大切に決まってる!俺は父上たちが信じてもらえないのが悔しくて、信じてもらいたくて、言ったのに……!」
そう、悔しかった。ヤクのあの言葉が、どうしても許せなかったのだ。彼を信じたアマツたちの気持ちを、蔑ろにされたような気がしてならなかった。アマツが他人を油断させて騙すなんてことは、絶対にしない。それを一番に理解しているからこそ、余計に気に障った。
だからヤクに、そんなことないと叱った。それを、一番理解してもらえるであろう人物に理解されなかった。それがたまらなく悔しくて、悲しい。そう考えると、余計に涙があふれてくる。嗚咽を漏らしながら目をこすっていると、桜の木の裏側からヤナギが優しく語り掛ける。
「領主様は、わかっておいでですよ。わかったうえで、若様を叱ったのです」
「え……」
「領主様は若様に、他人のためだと言い訳を振りかざし、簡単に人を傷つける大人になってほしくないのですよ。己の優しき心を利用しない人物に成長させたいと、常日頃から仰っています」
「……言い訳なんて、してない。俺はアイツに……父上を信じてほしかった。だから怒鳴って……」
「……若様、そうではないでしょう?」
ヤナギに諭され、思わず口を紡ぐ。彼はもっと根本的な意味で、スグリがどう感じてあのように怒鳴ったのかと訊ねてきていた。泣いたせいか少し落ち着けた頭で考える。そうして出てきた、一番最初の感情が──。
「……悔しかった。アイツに信じてもらえてないのが、悔しかった!」
悔しさ、だった。許せない以前に、信じていたものを信じてもらえていないことへの悔しさが、怒りに変わったのだ。スグリの答えに満足したのか、ヤナギがスグリの隣まで歩み寄ると頭を撫でる。
「そうですな。己が信じているものを軽んじられるのは、とても悔しいことです。怒りもしましょう。しかしですな、そのあとの言動は正さねばなりませんぞ。これは若様の非です。ほとんど見知らぬ相手に対して"バカ"とは、あってはなりません」
「……はい……」
「……さぁ、彼らに謝りに帰りましょう」
「……うん」
「誠心誠意伝えれば、きっとわかってくれますよ」
ヤナギに励まされ、ようやく落ち着けたスグリ。桜の木から離れ、彼とともに屋敷へと戻っていくのであった。
スグリはいつも通りに目を覚まし、朝の稽古を終えて朝食を食べる。それが終わると次にお盆をもって、ヤクが寝ている部屋へと向かった。お盆に乗せられている土鍋には、昨晩ヤクに食べさせた薬膳が盛られている。彼が運んでいるのは、ヤクの朝食だった。
スグリはヤクの世話係を、アマツから頼まれたのだ。大人よりも自分と近しい人間がそばにいたほうが、彼も緊張しなくてもいいだろう、と。そんなアマツの意見に対し、スグリは一言告げた。
「俺よりも父上の方が信じてもらえてたみたいなのに、どうして俺なんだ?」
「はは、まぁそう言うな。見ず知らずの他人から信頼を得るというのは、大変なことなのだよ。そこをお前に学んでほしいのだ。領主の息子という肩書をなしに」
「そうは言っても……。俺、あいつがベンダバルが悪人って言ったの、まだ許せそうにないよ」
「それは、こちらで探らせることにしよう。心当たりがないわけでもないのでな」
「本当?それって誰なんだ?」
スグリの質問に、アマツは苦笑してから気にしなくてもいい、と一言。納得がいかないと不満を漏らすも、子供にはまだ早いと言われてしまう始末。それでもと食い下がろうとするところを、ヤナギに呼ばれてしまう。薬膳が出来上がったからヤクの部屋まで運んでほしい、と。
「行ってあげなさい、スグリ」
「……はーい」
なんだか厄介払いされたように感じるが、呼ばれてしまったのなら仕方なしとスグリは渋々アマツの部屋から出ていく。ヤナギと共に台所へ向かい、薬膳と簡単なサラダが用意されたお盆を手渡される。それが、つい先程のことだ。
部屋の仕切りである襖を開けると、すでに起きていたらしいヤクはビクリと大きく体を震わせる。立っていた人物がスグリだと理解したのか、多少ではあるが緊張が解けたようだ。肩を下ろし、しかし不審そうな目でこちらを見上げている。そんな態度が、スグリにとっては鼻につく。一つ深くため息をついてから近付く。
「起きてたんだな。ほらこれ、お前の分。爺が作ってくれたから、冷めないうちに食べろよ」
「……いい、の……?」
「お前の分だって言ったろ?それと昨日と同じものなんだから、疑うなよ」
はい、とお盆をヤクのそばに置くとスグリはその場に座る。最初はおどおどしていたヤクだが、お盆を己の近くまで寄せてから食べ始めた。ゆっくりと食べていくうちに、彼の体の緊張が解けていることにスグリは気付く。そんなに緊張する理由がどこにあるというのだろうか。この屋敷や村は安全なのに、心の中で呟いた。
時間をかけて薬膳を食べ終えたヤクに、スグリは声をかける。
「なあ、俺の言葉は通じてるんだよな?」
その問いかけに、ヤクは小さく頷く。それなら、とスグリは昨日聞きそびれたことを尋ねてみることにした。
「お前、どうしてあの竹林にいたんだ?」
「そ、れは……」
言い淀むヤク。そんな態度に再びため息をついて、スグリは彼に言い聞かせるように言葉を紡いだ。この村は安全であること、なによりこの屋敷にいる人物は味方になってくれようとしていること。
「……ほん、とうに……?」
「お前、俺はともかく父上たちを疑うのもいい加減にしろよ。もしどうにかするつもりだったんなら、昨日のうちにどうかしてただろ?」
「……油断、させてだます、のは……大人たちがしてきた、ことだから……だから……」
「なんだよそれ、ふざけんな!!」
その言葉がどうしても許せなく、頭で考えるより先に体が反応してしまった。思わずヤクの胸ぐらを掴み、怒りの表情を露にして噛みつく。そんな自分の態度にヤクは怯え、震える瞳でスグリを見上げる。
「昨日、父上だって言ってただろ!お前を助けたいって!」
昨晩アマツから、物事を自分の物差しだけで測ってはいけないと諭されたばかりだというのに。激高したスグリの頭の中からは、その言葉はすっかり抜け落ちてしまっていた。反論する暇も与えないといわんばかりに言葉を続ける。
「お前に攻撃されても、父上はお前を信じて助けようとしてくれてるのに!お前が大人から何されてきたか知らないけどな、手を差し伸べてくれてる人を疑うのもいい加減にしろよ!!」
「ぁ……ご、ごめんなさい、ごめ……」
「謝る相手が違うだろこのバカ!!」
「ヒッ……ご、ごめんな、さ……!ゆ、ゆる、して……!」
ヤクが震えながら呟いた直後、廊下からアマツの叱責の声が届く。
「スグリ、何をしている!?」
その声にスグリは振り返る。いつの間にか、部屋の廊下にいたのだろう。アマツとヤナギの二人がそこにいた。アマツはまずヤクからスグリを静かに引き離し、震えるヤクを落ち着かせるように優しく抱く。そして黙り込んだままうつむいたスグリに、もう一度訊ねる。
「スグリ、何をしているのかと聞いているのだが?」
「っ……だって、コイツが!いつまでも父上たちのこと信じてくれないのが、許せなかったんだ!攻撃されても、助けてあげたいって父上は言ってたのに!」
「それは、お前がこの子を糾弾していい理由にはならんぞ」
アマツの言葉に、今回ばかりは素直に受け止められなかったようだ。スグリは眉を吊り上げながら彼に反論する。
「理由になるじゃんか!父上が心からコイツのこと助けたがってるのは、本当のことだろ!?昨日もずっと優しくしてやってたのにコイツ、油断してだますのは大人のやることだって言いやがったんだ!そんなの、許せるわけないだろ!」
「スグリ、落ち着きなさい」
「落ち着いてるさ!なんで──」
「スグリ!!」
アマツの一喝する声に、スグリは思わず体を硬直させた。そんなスグリをじっと見据えながら、諭すようにアマツが話し始める。
「……昨晩私は話したな、物事を自分の物差しだけで測ってはいかんと。広い視野と深い思慮を持たぬ者は、立派な領主になれないと。覚えてるな?」
「それは……」
「それなのに、今のお前はなんだ?いつ私は信じてもらえないことを悲しんだか?悔やんだか?そんなこと、一言たりともお前に告げてはいない。そも、考えてすらいないのだぞ?」
「っ……」
「お前は自分で勝手に考えた理由だけで、この子を罵倒したのだ。そんな様では、とても未来の領主にはなれん」
アマツの言葉は、ひどく冷たく感じられた。スグリは、ヤクに自分が信じてもらえないことは別に構わないと思っていた。まだ自分はそれほど話したこともないのだから。しかし彼に対して懇意にしていたアマツのことは、信じてほしかった。自分の大切な父親が、傷付けられても優しく接していた。そんな人なら、信じてくれるはずだと。その考えが、独りよがりだと言われたのだ。納得できるはずもない。
「……なんだよ……だって俺は、父上たちの気持ちをコイツがないがしろにしようとしたのが、許せなかったから……!」
「それはお前の勝手、独りよがりよ」
「っ、父上のわからずや!!もういい!!」
言うや否や、スグリはヤナギの制止する声も無視して部屋から駆け出し、屋敷から飛び出してしまう。村人たちに声をかけられても気に留めることもせず、村の中で一番大きな桜の木まで走りきると、屋敷を背にして木にもたれた。
立っていた地面に、小さく点々とした染みができる。上から降っているものが染みの原因らしく、そしてそれはスグリの涙だ。彼の双眸から、ぽろぽろと悔しい感情が零れ落ちている。しばらくその場で泣いていたが、ふと木の裏側から声をかけられた。ヤナギの声だ。
「若様、やはりここにおられましたか。さぁ、帰りましょう」
「いやだ、帰らない!アイツがいるんなら、絶対に帰るもんか!!」
「そう仰らずに。みなも、領主様も心配しますよ」
「そんなわけない!父上は、どうせアイツの方が大切に決まってる!俺は父上たちが信じてもらえないのが悔しくて、信じてもらいたくて、言ったのに……!」
そう、悔しかった。ヤクのあの言葉が、どうしても許せなかったのだ。彼を信じたアマツたちの気持ちを、蔑ろにされたような気がしてならなかった。アマツが他人を油断させて騙すなんてことは、絶対にしない。それを一番に理解しているからこそ、余計に気に障った。
だからヤクに、そんなことないと叱った。それを、一番理解してもらえるであろう人物に理解されなかった。それがたまらなく悔しくて、悲しい。そう考えると、余計に涙があふれてくる。嗚咽を漏らしながら目をこすっていると、桜の木の裏側からヤナギが優しく語り掛ける。
「領主様は、わかっておいでですよ。わかったうえで、若様を叱ったのです」
「え……」
「領主様は若様に、他人のためだと言い訳を振りかざし、簡単に人を傷つける大人になってほしくないのですよ。己の優しき心を利用しない人物に成長させたいと、常日頃から仰っています」
「……言い訳なんて、してない。俺はアイツに……父上を信じてほしかった。だから怒鳴って……」
「……若様、そうではないでしょう?」
ヤナギに諭され、思わず口を紡ぐ。彼はもっと根本的な意味で、スグリがどう感じてあのように怒鳴ったのかと訊ねてきていた。泣いたせいか少し落ち着けた頭で考える。そうして出てきた、一番最初の感情が──。
「……悔しかった。アイツに信じてもらえてないのが、悔しかった!」
悔しさ、だった。許せない以前に、信じていたものを信じてもらえていないことへの悔しさが、怒りに変わったのだ。スグリの答えに満足したのか、ヤナギがスグリの隣まで歩み寄ると頭を撫でる。
「そうですな。己が信じているものを軽んじられるのは、とても悔しいことです。怒りもしましょう。しかしですな、そのあとの言動は正さねばなりませんぞ。これは若様の非です。ほとんど見知らぬ相手に対して"バカ"とは、あってはなりません」
「……はい……」
「……さぁ、彼らに謝りに帰りましょう」
「……うん」
「誠心誠意伝えれば、きっとわかってくれますよ」
ヤナギに励まされ、ようやく落ち着けたスグリ。桜の木から離れ、彼とともに屋敷へと戻っていくのであった。
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