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高校生編
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しおりを挟む「うん」
「…ちゃんと…彼女作って…真面目に付き合うわ」
「もう候補がいるの?」
「……チィは…好きな男とか居らんのか」
「んー…学校にはいないかな…」
「そうか…」
白々しい会話、千鶴の気持ちは分かっているはずなのに…しばらく黙ってスタッフロールを見届けて、渉は本体の電源をパチンと落とす。
そしてふぅと息をつき、
「チィ、ワシを見捨てんでくれてありがとな」
と正座で千鶴へ向き直った。
「…おじさんとおばさんに…刈田家にお世話になってるからね」
「うん…そうじゃな……グループの…先輩らな、この前学校でタバコ吸うとったんがバレてな、停学になったんじゃ。ちょっと前まで付き合いがあったワシも先生から疑い掛けられたんじゃが…父ちゃんが学校乗り込んでの、『コイツはタバコだけはせん、信じてやってくれぇ』言うて…頭下げてくれたんじゃ、まぁワシ坊主になっとるし授業も全部出てアリバイがあったしな、無罪じゃったんじゃが…ほんまに…みんなに…お世話になっとる、踏み外さんで良かった、ほんまによ」
「一時の気の迷いで…良かったよ、真面目な渉くんが戻って来てくれて嬉しい」
誰しも間違いはあるものだ、素直に生きてきた反動がそこに来ただけで、彼は根っからの悪人ではない。
千鶴が安堵の笑みを浮かべれば、床についていたその手を渉は上から握る。
「チィ、あの…ワシ、」
「なに、」
「え、その、わ、分かったんじゃ、チィのこと、大事じゃって…」
突然の愛の告白に千鶴の笑顔はすぅと消えて、真顔から仏頂面に変わった。
これが物語なら『すれ違っていた幼馴染みがお互いの気持ちを自覚する』ってそんなところ、しかし私のエンディングはここじゃないとばかりに千鶴はギンと渉を睨んで手を振り払う。
「私が渉くんのこと好きだったからって、また簡単に手を出せると思わないで。童貞捨てたからっていい気にならないで。会ってすぐの女の人とエッチしちゃうとか、私正直、その感じ分かんないから」
「う、ん、」
気圧された渉は手を引いて、所在なさげに腹の前で指を組んだ。
「男の子はそうじゃないのかもしれないけど、私は初めては好きな人とシたいし。酔って憶えてないとか、その価値観は最低」
「…なら、なんでぇワシが誘った時、お、OKしたんじゃ」
「半分意地、でも…好きだったからだよ‼︎……あの時は渉くんならいい、って思ったの。意識してなかったけど…好きなんだなって、あの時気付いたの。だから非行に走ろうとしてるのを私で止められるんなら、シても良いかなって思ったの。でももう違う、渉くんはよく知らない女の人とシちゃった、『汚い』って思っちゃうの。渉くんのことは変わらず好きだけど、『あんな事をあそこでシたんだ』って思うと、ムカムカして…気持ち悪いの」
触れた手をもう片方の手で拭うように擦り、体ごと渉へ向く。
「お、男は…」
「うん、イトウさんも言ってた。男の子の童貞と女の子の処女は違うって」
そしてチラチラ揺れる渉の瞳を真っ直ぐ見つめ、
「……でも私は嫌。私と同じ価値観の男の子を見つける。私じゃなきゃダメだって人…じゃなきゃ嫌」
と言い放った。
「あと、『私じゃ興奮せん』って言われたのも傷付いた!怖気付いた照れ隠しだろうけど、私の魅力のせいにしたのは本当にムカついた!」
「……チィ、」
殴られても丸刈りにされても泣かなかった渉がこの時目を潤ませ、騒動後初めて涙を流す。
そして少年の頃のようにひぐひぐとしゃくり上げて鼻を垂らし、
「チィ、ごめん、」
と何故か千鶴への懺悔を述べながら嗚咽を漏らすものだから、千鶴も目に涙を浮かべて
「馬鹿だね、」
と彼の短髪の頭を抱いた。
「チィ、チィ…」
「私たち、きっともっと前から両想いだったんだよ、でも普通になっちゃって…当たり前になっちゃった」
あの夏の出逢いは初恋の始まりだったのだ。
何がどうという決め手やトピックこそ無いけれど少なくとも千鶴にとってはそうだった。
青い空、木々の緑、吹き抜ける風の温い感触に防波堤の潮の匂い、そして粉砂糖の甘さ。
エモーショナルでセンセーショナルでそれは渉にとっても同じで、共に宝物のように心に秘めていたために互いに「いい感じだった」と伝えることもなくくるくるとそこに留まり続けていたのだ。
「ゔ、んっ…チィ、うぁ…ごめん、」
「あの時は本当に好きだったよ、でも今は違う」
「チィ、ヂィ…」
一頻り泣いて落ち着いた渉は腫れた目元を押さえて鼻を啜り、
「ワシ…キチっとして…チィに許してもらえるように頑張るわ」
と決意を新たにする。
「許すも何も…私がいつまでも渉くんのことを好きだと思わないでよ」
「え」
「私これでもモテるの、隣のクラスの子に誘われたりしてるの。駅前のドーナツ屋さんでお茶しようって」
「ど、ドーナツくらいワシだって、」
「何を食べるかじゃないの、誰と食べるかなの、」
「…チィ、それ…いつな、ワシも行く」
「やだよ、ダサい北高の生徒とは一緒に居たくないでしょ」
「思うとらんわ、もう、チィ…!」
渉を放した千鶴の目には涙が光っていて、渉は
「また泣かせてしもうた」
と項垂れるのだった。
つづく
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