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小学生編
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しおりを挟む翌日夕方、渉は母・由恵から「これ持って行き」と無花果を花山家へお使いするよう頼まれる。
「えー、だるい」
「ええけぇ持って行き、宿題したんじゃろ」
「したけどよ」
「はい、カゴは返してもらってな、」
「うぃー」
彼はしぶしぶといった様子で勝手口を出たものの、意外やその足取りは軽やかで少し跳ねていた。
日常の中の非日常、女子の家に行くのにソワソワする…その理由は「彼が思春期だから」のひと言で済まされてしまえる。
「こんばんはー、刈田でーす!」
「はーい…あ、刈田くん、」
「あ、」
彼女が出てきたらいいな、なんてほんのり望みはしたが、実際にエプロンを着けた千鶴が奥から出て来ると渉は体がガチガチに強張ってしまう。
学校やお出掛けスタイルとは違って髪型はラフなお団子髪で、だけど服装は家着なのか丈の短いパンツで。
それがエプロンで隠れているもんだから渉はその下の太ももを想像して目を泳がせた。
「どうしたの?お母さんはまだ仕事なんだけど」
「あ、あのこれ、イチジク、母ちゃんが持ってけって!」
「わ、ありがとう……ごめんね、何もお返しできるものが無くて…」
「ええわ、近所のよしみじゃ…」
果物や野菜農家が多いこの辺りでは旬になるとその果実が通貨のごとくあちこちを行き交う。
向かいのお婆ちゃんからいきなり柿を渡されて何かと思えば電球の交換を頼まれたり、先払いでもらったりすることもあるのだ。
「なんか容れもんあるか?カゴは持って帰るけぇ」
「あ、待ってね……ザルでいいかな…待っててね、」
台所へ容器を取りに戻る千鶴の太ももの裏の白いこと、そしてその下の足首はやはり僅かに色付いていた。
「…お待たせ、入るかな…」
「ん、あんまり傷付けんようにな」
「うん……刈田くん、いろいろありがとうね」
「ええって……わ、渉って呼べや。みんなそう呼んどる」
「……渉くん、か、うん、今度からそう呼ぶね」
「お、お前は…下の名前は?」
何度も呼ばれているところを耳にしているのに知らないフリをして。
どうしてこんなに吃ってしまうのか、渉は千鶴に対してはクラスの女子とは違う緊張感を持ってしまい仕方ない。
「千鶴だけど…」
「この辺じゃな、同じ苗字が多いけぇ、下の名前で呼ぶんじゃ…じゃけぇ…」
「うん、クラスでは『ちーちゃん』って呼ばれてるよ」
「…ちゃん付けは…ようせんのじゃ…呼び捨てでええか?」
渉は焼けた顔を真っ赤にして1段上の千鶴を見つめる。
「え、う、うん…いいよ…」
「ほんなら…チィな、決まりじゃ」
「ネコみたい」
「……ほんならな、また明日な」
「うん、ありがとね……ふふっ」
初めて呼ばれる渾名はくすぐったくて、でもペットのようで気安い感じがして、千鶴は玄関を閉めた後でもう一度ふふと笑った。
「…イチジク、食べたことないな…」
熟れて底が割れた無花果、剥かずにスプーンを入れて食べてみると不思議な味と食感がして、千鶴はどういった感想を言おうかと早くもひとり思案するのだった。
一方、家に帰った渉は冷めた表情を作りつつ母へカゴを返す。
「母ちゃん、行ってきたで」
「ありがと。花山さん、おっちゃった?渡せた?」
「おばさんは仕事じゃって。娘がおった」
「娘て…千鶴ちゃんな、イチジク好きならええけど」
「喜んどったけぇ…大丈夫じゃろ…」
本当は「チィ」「渉くん」と呼び合う仲になったんじゃ、少年はまたひとつ秘密を作り優越感を得た。
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