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小学生編
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しおりを挟むジャムを渡せば帰れるのだがタイミングを失ってしまって今更言い出せない。
見たことのない広さの仏間と大きな座卓に着いた千鶴は膝の上にジャムを入れた巾着を抱いて由恵を待つ。
映画とかドラマに出てくるような日本家屋、障子戸を開け放した縁側からは小さな池と剪定された数種類の木が見えた。
「お庭、出てみる?」
とことことやって来た美月は千鶴の視線を遮ってその顔を覗き込み、大きな目をキラキラ輝かせて瞬きを重ねる。
「ん、いいよ、ここで見てる…美月ちゃん、お兄ちゃんはまだ帰ってないかな?」
「まだぁ、」
「そっか、待たせてもらうね」
「うん、ふふ」
美月は人懐っこく千鶴のお団子を触ったり手を握ったりともぐれ付き、由恵が茶を運んで来た時には千鶴の膝の上にちょんと乗って笑っていた。
「こら美月…ごめんねぇ、若いお姉さんが珍しいんよ。うち、大きい男ばっかりじゃけぇ、」
「そうなんですか…この…お家の前にあったのが会社ですか?」
「うん、さっき私を呼んだんもそこの作業員よ、イトウくんって言うんよ」
「なるほど…あ、すみません、これ、」
千鶴はすっかり忘れていたが今回の来訪目的はジャムを渡すことだったわけで、それは渉にではなくても良かったのである。
彼女は卓上に置いた巾着から瓶を取り出して
「こ、これ、イチジクのジャムなんですけど、うちの母の手作りで…よ、よろしければ…どうぞ、」
と控えめに差し出した。
「まぁ、ありがとう…やっぱり多かった?あの量、」
「い、いえ、父は苦手らしくって…私も量は食べられなくって…私が移し替えた時にザルに重ねて置いちゃったので…傷むといけないから早めに食べちゃおうって…それで、こう…」
貰った物を形を変えてお返しする、少しでもその物を貶さぬようにあくまでこちらの落ち度だったように、千鶴は拙い言葉で捲し立てる。
「うんうん、完熟じゃったもんねぇ、パン買うて来て食べるわ、美恵子さんは料理が上手なんかな?」
「ど、どうなんでしょう…凝ったことはしませんけど…美味しい、と…思います…」
「千鶴ちゃん、美恵子さんから聞いたけど…転校が多かったけぇあんまり人付き合いしてこんかったんだって?うちは今年は役もしよるけぇ渉を何でも頼ってな、」
「は、はい…あの、もう結構…お世話になってます…この前も、案内して下さって…ありがとうございました」
来て数日の家族に良くしてくれたのは本当に嬉しくて、そのおかげで緊張しながらも前向きに楽しい生活が送れていて…千鶴は畏まり頭を下げた。
「もう、ええんよ、同じ町内会の仲間じゃもの…あ、ホットケーキでも焼いて、ジャム載せようかぁ、待っとって」
「す、すみません、」
逆に気を遣わせてしまったか、台所へ下がって行く由恵の背中を目だけ追って、千鶴は足を崩し美月と手遊び歌などしてゆるゆると時間を過ごす。
訪ねてから30分は経過した頃、表に渉の「ただいまー!」という声が響き、「坊、彼女が来とるで!」とイトウの声も聞こえた。
「か、彼女じゃにゃーわ、」
そう返した渉の足音は次第に近付いてきて、石畳、玄関の大理石、廊下の床板、そして畳とうるさく鳴らして
「お、おう、すまん、遅うなったわ、」
と汗だくの本人が姿を表す。
「ううん、渉くん…寄り道してたの?」
小学校のクラブは全員参加の授業扱いで、下校時間通りに終わらねばならないので延長も居残りもできないはずなのだ。
「え、いや、うん…ついな、いつものクセでダラダラ帰りよって…」
「いいよ、今ね、お母さんがホットケーキ焼いてくれてるの」
「え、ラッキー!………お前、宿題は?」
「図書室で済ませてきたよ。先生がね、静かにしてれば何しても良いって言うから」
「え、ずっこいのぉ…分かった、すぐやるわ」
渉はくたびれたランドセルを開けてドリルとノートを出し、サクサクと計算と漢字の書取りを片付けていく。
案外勉強はできるのかな、そんな失礼が顔に出ていたのか渉は途中で鉛筆を持つ手を止めて
「お前、ワシのことバカじゃ思うとったじゃろ」
と千鶴を睨んだ。
「え、思ってない、思ってないよ、ちょっと意外だとは思ったけど」
「失礼な奴じゃの…」
「ごめん」
「冗談じゃ…………ん、よし終わり、本読みは…聞いてくれるか?」
「うん、」
渉は姿勢良く通った声で教科書の指定範囲を音読し、美月は絵本の読み聞かせかのように正面に座って聴き入り、千鶴はそんな兄妹の様子をニマニマと見つめる。
こんな宿題はやってなくてもバレないし、何を隠そう千鶴は読んだフリだけで親の筆跡を真似て『本読み記録カード』にサインをしている。
彼は毎日真面目に取り組んでいるのだな、千鶴は渉の律儀で実直なところに魅力を感じた。
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