私達は、若くて清い

茜琉ぴーたん

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おまけ・源の覚悟

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 これは今よりもう少しだけ未来の話。

 2022年4月、民法の改正により成人年齢が20歳から18歳へと引き下げられた。

 それに伴って僕たちは高校3年生の時点で成人し…様々な責任だとか自由を得ることとなる。

 とはいえ飲酒とか喫煙は今まで通り20歳かららしい。

 僕はどちらもたしなまないので関係無いのだけど。





 2023年現在僕は19歳、自宅から専門学校に通っている。

 申し遅れたけど、僕は新島にいじまはじめというしがない若者だ。

 幼馴染みの小笠原おがさわらももちゃんと交際を始めてはや3年の年月が流れたのだがいまだ清い体、つまりは童貞である。

 それ自体はどうでも良い。

 早く卒業したからといって勲章が貰えるわけでもないし貰えても欲しくないし。

 桃ちゃんの親御さんからも自分の親からもキツく「大人になるまで手を出すな」と言い付けられている。

 僕はそれを遵守じゅんしゅしているに過ぎない。

 しようと思えばいつだってできるんだ。

 うちの母は決まった時間に店に出るからその間は自宅がからだし家は隣だし。

 18歳を超えてるんだからラブホテルだって入れるんだ。

 デートでちょいと入るくらいなんてことはない。

 でも桃ちゃんとお母さんの気持ちを尊重したいからできないんだ。

 万全を期しても妊娠する可能性がある。


 言うまでもないけど、今桃ちゃんを妊娠させたとしても僕は生活力も無ければ人の親になる心構えも出来てないし彼女を幸せにできない。

 一緒に暮らせて可愛い赤ちゃんが居れば僕は幸せだけど…それが桃ちゃんの幸せとは限らないし、妊娠をきっかけに結婚に持ち込むには僕らはまだまだ若さを謳歌おうかし足りてない。


 桃ちゃんは都内の専門学校で看護を学んでいる最中だ。

 「何か人の役に立つ仕事をしたい」と様々な選択肢から絞ってのそれだった。

 さすがに忙しくて丸1日使ってのデートはなかなか出来ず、夕飯の時間には各自自宅へ帰って家族と過ごすという枯れっぷりだ。

 街へ出て買い物なんかもするけど、美人な桃ちゃんの隣に背の高いだけで野暮ったい僕が並んでると周囲の目が気になって仕方ない。

 これまでそんな負い目は感じたことが無かったのに不思議だ。

 女性として盛りを迎えた桃ちゃんはあまりに眩しくてどうも僕は卑屈になってしまう。





 さて時は2023年8月、僕は夏休みをそれなりに楽しんでいたのだけど…ぼちぼち桃ちゃんと一線を越えたいと考えている。

 これは夏の暑さに頭がやられたからとか何があってもどうにかなる程の大金を得たとかそういうことではない。


 さかのぼって年始の成人式が済んだその日の夜。

 僕にとってのっぴきならないニュースが飛び込んで来たからだ。





 両家で祝賀会をしてお互い部屋へ戻ってしばらくした夜、桃ちゃんの部屋のカーテンが開いて僕の部屋の窓の外が僅かに明るくなった。

 机に向かって工作をしていた僕が顔を上げると逆光の中に桃ちゃんのシルエットが浮かぶ。

 僕は桃ちゃんの着替えを見たくないのでカーテンを閉めるよう口酸っぱく言っているのだが、僕は僕でこうして向こうからのアクションにすぐ対応出来るように小笠原家側の窓はカーテンを開放するようにしている。

 ちなみに着替えを見たくないってのは方便で、実際は色々と我慢が出来なくなってしまうからだ。

 本当なら見たい、是非に最新の桃ちゃんを見てオカズにしたい。

 数年前の記憶の中の桃ちゃんでもまだ味がするのでこらえられるが、もう成人なのだから高校生の下着姿で興奮するのはヤバい気がする…余談だけども。


「…モモちゃん…?何だろ」

明らかに僕を呼んでいるようなので廊下からバルコニーへ出て小笠原家の方へ近付く。

 フェンスと桃ちゃんが居る窓とは距離にして100センチ程で乗り出せば内緒話だってこそこそできたりする。

「ねェ源ちゃん、お、お母さんがね、あの、」

「なに、落ち着いて」

「あ、あ、」

「また脚でも怪我したの?」

「違う、あ、あ…赤ちゃん……出来たんだって…」

「………へぇ…やるね」

桃ちゃんのお母さんは確か37歳だ。

 初産ういざんではないし心得はあるだろうけど思い切ったことをしたものだ。

 お母さんは兵庫に単身赴任中で、向こうで恋人を作ってよろしくやっている。

 僕らも会いに行ったし帰省してくればパーティーを開いてもてなすし、相手の男性…松井まついさんも優しそうな良い人だと思う。

 お母さんは一度離婚してるから入籍には消極的で、でも一緒に暮らしているそうだからこれがきっかけで再婚するのかもしれない。

「うん、あの、今電話で聞いてびっくりしちゃって、あの、うん、」

「落ち着きなって…おめでとう、お姉ちゃんだね」

「うん……そう、お姉ちゃん……嬉しい…」

桃ちゃんは口元をむにむにと波打たせて、初めての感情に喜びながらも少し困惑した様子だった。

 長らくひとりっ子だったのだから無理もない。

 数年の内に自分もその兄弟とさほど歳の変わらない赤ちゃんを産むかもしれないのだし。


「性別とかは?」

「あ、まだ分かんないって」

「そう、予定日とかは?」

「9月だって」

「…じゃあまだ初期も初期じゃん…よくお知らせしたね」

「嬉しかったんじゃない?ふふ…私も嬉しい♡」

「そうか、秋……向こう兵庫で産むのかな?」

「ううん、産前から通って、こっちで産むって」

「ほー…」

「それか転勤願い出してこっちに戻って来るって」

「ほーー…」

「たぶんアパートとか借りるんだろうけど、産んでしばらくはうちに居るだろうって……嬉しい、お母さんと暮らせる♡」

「うん、なるほどー……そう、」

「良いことだからシェアしたかったの。聞いてくれてありがとねェ」

「ううん、嬉しい報告をこちらこそありがとう。…寒いから体冷やさないようにね」

「うん、じゃあね、おやすみィ♡」

「………そうか…良かったな…」

 桃ちゃんは中学以降はお母さんと離れて暮らしている。

 桃ちゃんは関西の学校も視野に入れていたらしいが…今の口ぶりは実家に残るのが決定したような言い方だった。

 そしてやはり桃ちゃんは自宅から通える範囲の学校に決めて4月から通い始めることになる。



 さて僕らが進学して少し経った5月、検診のために帰省したお母さんから「今の店舗で産休に入り育休中に転勤、今後は実家で同居する」旨を知らされた。

 なるほどそりゃひとり娘だし順当だよ、けどそうなれば桃ちゃんとのデートは更に難しくなるかもしれない。

 旧成人年齢である20歳を過ぎればとぼんやり考えていたけど僕も国家試験とかあるし就活だってある。

 桃ちゃんのお母さんが戻って来るまでになんとか…終わらせておきたい、そう強く思った。

 だって赤ちゃんが生まれれば小笠原家は赤ちゃん中心の生活になる。

 それは生活様式だけではなくて何かにつけて可愛がったりお世話をしたり抱っこして離さなかったり僕との触れ合いよりそちらを優先するに決まってる。

 親に用事があれば子守をしてリビング中心の生活になって僕がバルコニーに居たって気付かなくなるんだ。

 だって桃ちゃんはきっと子煩悩な良い姉になるんだ。

 更に学業ももっとやるべきことが増えて僕は相手にされなくなる。

 僕は2年で卒業だけど桃ちゃんは3年制で僕が働き出した頃には実習やら何やらでお互いバタついているに違いない。





 これはもう決めるしかない、僕は夏休みに入ってすぐのデートで桃ちゃんにアプローチをかけた。

「どしたの?源ちゃん」

個室ランチの店でガチガチに固まる僕にお冷を差し出して、桃ちゃんは小首を傾げる。


「あのー」

「疲れてる?」

「違う、………単刀直入に言う、モモちゃん、エッチ、しよう」

「エッ⁉︎………は、源ちゃん、それ…今日ってこと?」

桃ちゃんは喜びよりも驚きと困惑をたたえた顔で僕を見て、唇を噛み込んでもじもじとメニュー表を指でなぞる。

「違う、桃ちゃんの体調…その、妊娠する可能性が一番低い時、で…どうしても昼間になっちゃうからムードとか無いかもしれないんだけど…色々考えたんだ、今しか…この夏しかないって」

「そう、かなァ?」

「そうだよ、昼間にまとまった時間が取れて予定が組み易い、実習とかが入ってくると忙しいし…赤ちゃんが生まれたらそっちに集中しちゃうでしょ」

「そうかも」

「自分で宣言したことだけど、マジで辛かったんだ…何回モモちゃんが夢に出て来たか…お母さんが里帰りする前に…今じゃないとチャンスが無い。何があったって責任は取る……僕のものになって、」

 まるでプロポーズだ、でもそう捉えてくれたって構わない。

 僕は桃ちゃんに出逢わなければ一生女性に縁なんて無く朽ちていくつもりだったんだ…もしもの話なんて不毛だし僕らが遭遇したのは乳児の時だからそもそもの仮定が破綻してるけど、本当にそう思ってる。

 たまたま家が隣に生まれるっていうイベントは僕にとっての一生分の運を使い果たすくらいの果報だったんだ、僕の異性に対する物差しは『桃ちゃんか否か』の目盛りしか付いてない、これは大袈裟じゃない。


 そんなことをごにょごにょ伝えてハッと我に返ったら桃ちゃんは真っ赤な顔で僕を見ていて、

「なら…ご飯食べたら…行こう?今日…大丈夫な日だから…」

と僕の震える手を握ってくれた。


 その後の食事の味は憶えていない、僕が記憶に残したのはホテルでの桃ちゃんの可憐さと数年ぶりに上書きされた彼女の裸と…これまでで一番可愛くて愛しい声で呼ばれた僕の名前、それだけだ。



おしまい
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