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生理的な嫌悪感には勝てん

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「……」

「……」

 店を出たらお互い無言で、もう結果は明らかだろうから「それじゃ」と駅へつま先を向ける。

 今日はこの駅集合だったからソノダさんも電車かもしれないが、一緒の時間は取る必要も無い。


「並木さん!」

振り絞った声に振り返ると、ソノダさんは難しい顔をして私を睨んでいた。

 やはりきちんとケジメは付けなきゃいけないか、戻って向き合った。

「はい」

「あの、さっきのは…どういうことですか」

「店で言ったことでしょうか?本音です、心の声のつもりだったのにはみ出してしまってました」

「僕は、そんなに…みっともないですか」

「まぁ、私の主観ですが、言った通りです」

 自覚が無いのだな、それはソノダさんの行動からして察せられる。

 そして悪気がある訳でもなさそう、それ故に心苦しいが不快感は堪えられない。


 ソノダさんは思い切ったように、口を開いた。

「…食い意地が張っていて…すみません。言い訳になりますが、子供の頃から食べ物を我慢することがありませんでした。望めば親が分けてくれましたし、裕福な家庭でしたのでお代わりはふんだんに用意されてたんです」

「ほう」

 ソノダさんの自己分析は続く。

「咀嚼音に関しても…恥ずかしながら、意識したことも指摘されたこともありませんでした。親しい友人にさえも…言われたことがありません」

「お優しい方ばかりだったんですかね」

「…在宅仕事がメインですので社会人になってからもご覧の通りで…見苦しい真似をしてしまいすみませんでした」

「いえいえ」

 物事には理由があるもので、聡明なソノダさんはこの短時間で己の人生を振り返り原因たるものを導き出した。

 しかしそれが分かってもなぁというところ、悲しいかな生理的な嫌悪感は簡単に拭えない。

 例えばソノダさんが改心して正しいテーブルマナーを身に付けたとしても、キスをしたりその先の行為が想像つかない。

「あと、その…割り勘を奢りに見せたのは、単純に見栄です。お恥ずかしい限りです。並木さんとはこの先の進展があるものと思い…気が大きくなっていました」

「あはは…誤解させてすみませんです」

「…女性経験も無いものですから、距離感も掴めず勘違いしてしまい…申し訳ないです。改めて、今回の件は無かったことにして下さい、不愉快な思いをさせてしまいすみませんでした」


 しおしおと肩を丸めて謝るソノダさん、悪い人ではないのだ。

 ここまで下手に来られると、私の方が言い過ぎな悪い女みたいだ。

「偉そうに言える立場ではないんですけど、お見合いを重ねて、ご自分に合う方と出逢って下さいね」

「…並木さんも、ご健闘をお祈りします」

「あは、ありがとうございます……それじゃ、」


 人通りの多い駅前から、ホームへと駆け込む。

 悪漢をスッパリやり込めたなら達成感もあろうに、そうでもない。

 純朴で、優しい人に囲まれた世間知らずさんだった。

 ある程度の社会経験は学生のうちに積んでおかねば恥をかくのね、間違いを指摘される大人というのは見ていて居た堪れなかった…指摘したのは私なのだが。
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