親指姫のアイデンティティ

茜琉ぴーたん

文字の大きさ
上 下
45 / 53
I can be a maiden forever.

45

しおりを挟む

 そこから咲也さん希望のチャペル撮影、バージンロードの両脇にみっちり白やピンクのロリータちゃんが詰め込まれた様子は圧巻。

 吾妻さんも実に楽しそうにシャッターを切る。

「ステンドグラスの色味がよう合うてる、ええな、古湊くん!これそのまま表紙にできるわ」

「あは、それ良いですね」

 ステンドグラスを通したカラフルな光が私のドレスを染めて、いかにも結婚式と言うようなイメージカットをさくさくと撮影した。

 他のモデルさんも合流し撮影会をして皆と握手をして、ささやかな食事をして。

 時間が来ると大量のロリータちゃんはバスへ乗り駅へと送り出されて行った。



「フラウさん、今日はありがとう」

「いいえ、こちらこそ…幸せをありがとうございます」

主催の彼女は持ち込んだ装飾品を集めて片付け、心から幸福そうに目尻を下げれば生きてきた年月の証の線が何本かきゅっと濃くなる。

 そこに感じるのは着ている服とのギャップ、年増と言えば可哀想だけどメイデンのメインターゲットではおそらく無い。

 お姉さんラインの『フラウ』がピッタリ来る世代なのだろう。

「まだまだ頑張って…可愛い服を作るからね」

「はい……正直ね、私ももう歳だしロリータも似合わなくなってくるでしょう、でも新しいお洋服のラインもできたし…それが『フラウ』って私のハンドルネームと一緒、これは運命かって思いましたわ」

「実はちょっと狙ったんだ」

「あら、そうですの?こんな嬉しいことはありませんわ…ライムさま、私は普段は母であり会社員ですの。ですから活動的かつフェミニンなブラウスが発売されて本当に…働くモチベーションというか…テンションが上がりますの、ちょっと鏡とか覗いた時にね。…エミルダさまもモデル復帰された、未来に希望が見えましたの…もっと歳を取っても『ウィズユー』の世代になっても……好きな服とまだ付き合って行ける、私、まだまだ乙女でいられますわ」

 本当は誰に気兼ねすることなく好きな格好で歩くのが良い、けれど必ずしもそれができる環境ばかりではない。

 自分を貫き通すのも強さ、そして諦めるのもまた強さだ。

 けれど私のこれまでの行動はフラウさんに乙女の道を歩き続けられる可能性をもたらしたようだ。

 40代、50代になっても好きな服を着られる喜びは彼女にとって何よりの幸福らしい。

「企画発案はライムさんなんだ、エミルダを現場に連れ戻したのもね」

「まぁ、そうだったんですの」

「うん…彼女は救世主みたいな…ブランドにとっても大切な存在になったよ」

「私たちにとっても…大切なお姫様ですわ…ありがとうございます」


 もう私は照れて言葉も出なかった。

 後ろを通り過ぎるエミルダさんがポンと肩を叩いて建物へ戻って行く、その後ろ姿は背筋が伸びていてしたたかで、けれど可憐だった。

 彼女が着ているのはそのオフィス向けの『フラウ』のスカートスーツセット、よく見れば分かるという部分にブランドロゴを入れたり花の刺繍をあしらったりと趣向が凝らしてある。

 まぁパーティーだというのにドレスで来なかったのは彼女なりの意地か副社長としての矜持きょうじなのか。

 スカートのスリットから伸びる脚はやはり長くて美しかった。


「それでは、私は持ち込み品を回収してから帰りますわ」

 フラウさんへ目線を戻せば会釈えしゃくして片付けに入るところで、ペコリと頭を下げると疲れか安心したからかじんわり目頭が熱くなってくる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わかりあえない、わかれたい・5

茜琉ぴーたん
恋愛
 好きあって付き合ったのに、縁あって巡り逢ったのに。  人格・趣味・思考…分かり合えないならサヨナラするしかない。  振ったり振られたり、恋人と別れて前に進む女性の話。  5・幼馴染みマウントを取られて、試合を降りた女性の話。 (6話+後日談2話) *シリーズ全話、独立した話です。

すいれん

右川史也
恋愛
植物しか愛せない大学生の慎太郎は、大学で、蓮のような傷を持つ明日香に出会う。 植物しか愛せない――それでも人間を愛したい慎太郎は、明日香に話しかける。 しかし、蓮のような傷がコンプレックスで明日香は他人と接するのに強い抵抗を感じていた。 想いがずれる二人。しかし、それでも互いは次第に惹かれ合う。 二人が出会い、本当の愛を見つける恋愛物語。 ※この作品は『カクヨム』『小説家になろう』にも掲載しています。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

婚約破棄の甘さ〜一晩の過ちを見逃さない王子様〜

岡暁舟
恋愛
それはちょっとした遊びでした

だってお義姉様が

砂月ちゃん
恋愛
『だってお義姉様が…… 』『いつもお屋敷でお義姉様にいじめられているの!』と言って、高位貴族令息達に助けを求めて来た可憐な伯爵令嬢。 ところが正義感あふれる彼らが、その意地悪な義姉に会いに行ってみると…… 他サイトでも掲載中。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

勘違い令嬢の心の声

にのまえ
恋愛
僕の婚約者 シンシアの心の声が聞こえた。 シア、それは君の勘違いだ。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

処理中です...