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Void and vainness
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しおりを挟む「では、ごゆっくり」
ホテルのスタッフさんはお茶を淹れて施設・設備のあらかたの説明をくれて、夕飯の時間を告げて出て行った。
「ふー…ラムさん、お饅頭、美味しいよ」
「うん…あの…ここ…」
「スイートだよ、さすがの広さだよね」
「すいーと、」
彼が予約してくれたのはこのホテルでひと部屋だけの最上階スイートルーム、ベッドはキングサイズが2つだしリビングダイニングにあたる部分も付いていてべらぼうに広い。
床はフローリングだけど竹材なのか足で踏むと気持ちが良くて、畳こそ無いけれど全体的に和洋折衷の雰囲気は次第にそわそわする心を落ち着かせてくれる。
ベランダのような外の区画には足湯と露天風呂、私たちのこの部屋からしか出られない専用の中庭も付いていた。
「咲也さん、あの、ここ1泊おいくら…」
「気にしないでいいよ」
「気にします、あの、これくらい?」
私が手をパーにしてそう尋ねれば、
「二人でその4倍かな」
と彼はさらりと答えて緑茶を啜る。
「にじゅうまん…ひえ…それを2泊…」
「いつもこんなとこに泊まる訳じゃないよ。直前にキャンセルが出てていい機会だしランクアップしたんだ…その…どこまでラムさんに力入れてるか…見える形で表したかった」
「いや、いや…まぁ精一杯楽しみますけど…あんまり…浪費はやめて下さいね」
「浪費じゃないよ、好きな女の子に掛けるお金は必要経費だよ。ふふっ…ラムさん、足湯浸かろうよ」
彼の目線の先には大判の掃き出し窓の外の足湯があって、寒いし是非にと思ったのだがタイツ履きだったので一旦シャワールームへと下がらせてもらった。
「…どうです?湯加減」
タイツを脱いでショートパンツを穿き直して足湯へ向かえば、咲也さんは至福の表情で目を閉じていた。
「最高…まだ車に慣れてないから体が強張ってて…これは良いなぁ…」
「失礼します…わー、あったかい」
脛の中ほどまで浸って熱がじんじんと神経と肉を巡っていく感じ、無意識に肩の力が抜けてため息が漏れる。
「…ラムさんは贅沢は嫌い?」
さっきの話の続きだろうか、咲也さんは少し哀しげにこちらを覗き込んできた。
「嫌いではないですけど…実家暮らしで庶民的な慎ましい生活に慣れてるんで…こんな高い部屋だと落ち着いて眠れないかも」
「そう」
「…過去にはお金目当ての人もいましたか?」
「いたよ、僕はデザイナーとして芽が出たの早かったからさ、彼女がいてもブランドのモデルとか結構擦り寄って来た。お洒落なデートとかは若いうちに覚えたんだ」
「ふぅん…」
華美でキラキラ輝く業界の人、私はまだ彼にそういうイメージが付いていて払拭しきれない。
そして車やこの部屋やお金の使い方を見るとやはり「私は試されているのかな」と思ってしまった。
まぁお金は無いよりはあった方が良いけれど過剰に贅沢は好きではないし出来れば将来に取っておいて不自由無い老後を送りたい。
そんなことをぽつりぽつり話せば彼は一層眉尻が下がって、けれど辛そうと言うよりは安堵にも見える面持ちだった。
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