親指姫のアイデンティティ

茜琉ぴーたん

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Little me.

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 私の小柄アピールはコンプレックスの裏返しで、きっとそのせいで離れていった友人・知人も多いと思う。

 いまさらどうなる訳でもないけれど、小さいことを受け入れて慎ましく生きていけたらなぁなんて思っていた。


 そんなこんなで年が明けて所長が産休に入り、私は誕生日を迎え春が過ぎて所長が復帰してと目まぐるしい夏のある日。

 駅前を歩いていると怪しいひげもじゃ男性に声を掛けられた。


「お姉ちゃん、何歳?どっかでモデルしてる?」

「はぁ?してないです」

「そりゃえかった、いくつ?成人しとる?」

「…してますけど」

 不躾な質問、これは街角スナップとかスカウトというやつか。

 にしても年齢を聞く辺りがやはり怪しい…笑顔でやり過ごそうとしたその時、男性は目の前に名刺を出して「どうぞ」と掲げる。

「フォトグラファー・吾妻あづまシン…はぁ、」

「どう?モデルとか興味ない?」

「ありません、失礼します」

「ええ副業になるけど」

「!」


 副業、それは実に魅力的なワードだった。

 なんせ生徒数の少ないパソコンスクールはモチベーションも高まらなくて暇だらけで、そのくせ拘束時間は長いもんだから他のことが何もできない。

 閉校後に事務所に行って手伝いをすることで手当も付けてもらっているけど、貯金はそこまでできず先々の不安があった。

「お、興味ある?」

「モデルって…どういう…」

「安心して、変なやつと違うから…まぁ信用でけへんわな、そこの茶店サテンでも入ろうか、奢るから」

「はぁ」


 吾妻さんは私に確認も取らず勝手にアイスコーヒーを2杯頼み、鞄からファイルを取り出して開いて見せる。

「……あ、これ…知ってる、メイデン」

 そこにあったのはひらひらの洋服を纏った少女のピンナップ写真とブランドのポスター、花や蝶や鎖やリボンが溢れる不思議な世界観。

 『The maiden dream of a fairy tale.』…長ったらしいそのブランド名は略して『メイデン』と呼ばれており、直訳すると『乙女は童話の夢を見る』とかいうらしい。


「本社がこっちに移転してね。…着たことある?」

「いや、見たことあるだけ…ロリータでは一番の有名ブランドだから…わ、可愛い」

 盛りに盛った髪の毛にフリルいっぱいのボンネット、厚底ブーツはもうすたれてしまったがこの界隈ではいまだに最強のアイテムである。

「これは商品紹介、月替りのポスター、あと俺がやってんのは個別で撮るグラビアね、エッチなんと違うよ、」

「はいはい」

 アリスの服で芝生に横たわる少女、赤ずきんちゃんはタキシードの狼とダンスを踊り、メイドはスカートの裾をなびかせてモップ掛けをしていた。

 ファンタジックで夢のようなきらびやかな世界。

 美しくはあるがそれが私と何の関係が?まさか私にもこの世界に入れと言うのか。

 彼はもう一度名刺を差し出して

「やってみん?こういうの。お姉ちゃん小柄で似合うと思うねんな」

と歯を見せて笑う。


「…考えさせて下さい」

「単発のモデルでもええよ、顔は小道具で隠したりできるし…月ごとにコンペして一番票集めたらブランドのカタログとかリーフレットの表紙とかしてもらえんねん。そしたら手当ても付くで」

「…いくらくらい?」

「これくらい」

 彼は指で金額を表して、新しい洋服の購買意欲が高まってしまった私は

「1回だけ」

と即答してしまった。


「ん、ほんならこれな、スタジオの詳細。あと前日にやっとくことね、よう読んどいて、」

「はい」

「よろしく、連絡先だけ教えといて、あぁメールでええよ。ちゃんと契約したら書類も作ろな」


 その後もよくよく話してみると彼は善良なカメラマンで、ただスカウトの仕方が良くないだろうと苦言はしっかりしておく。
 
 しかし髭もじゃの男に「モデルせぇへんか」と言われてついて行く人はいないだろうと私が言えば、

「あんたはついて来たやんか」

と返されてぐうの音も出なかった。
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