親指姫のアイデンティティ

茜琉ぴーたん

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 あぁなんて優雅な朝食だろう。

 あまり寝てないから体は怠いしエミルダさんからの電話で気分は良くないと言うのに…美味しそうなご飯は見た目だけでも胃を刺激した。

 「何かあればお呼びください」とスタッフさんも出てしまったので彼を窺うと、なんだか穏やかに話を続けているらしくベッドへ腰掛けてタブレットPCを開いている。

 平和的に解決しそうなのだろうな、チンと音が鳴れば私はクロワッサンに個装のバターを載せてしばし溶けるのを待った。



 食事を始めて10分ほどしてやっと彼がダイニングへ現れて、

「ごめん、ひとりにしちゃって…美味しそう、いただきます」

と厚いベーコンのトングを掴む。

「片付いたんですか?『別れて』って言ってましたけど」

「最初はね。なんだろうな……SNSとかスタッフの評判で、ラムさんのことを意識し始めて、僕との噂を聞きつけて爆発、みたいなことだって」

「へぇ…元カレが惜しくなったんですかね」

「それもなんだろうけど…婚活で身長を理由にフラれたり…少し焦ってたらしいよ、早めの更年期とか…情緒のコントロールが上手くいかないみたいだ……受診とか言ってたけど、そういうの詳しいの?」

オリジナルサンドでも作るのか、咲也さんはクロワッサンを上手に割ってふわふわのスクランブルエッグとベーコンを挟み込んだ。
 
 そしてケチャップをとろりと掛けてからカップへコーヒーを注ぐ。

「んー…母が以前そんな時期がありましてね。カリカリして…落ち着いた頃に謝られました」

「そう…そういうのと同じなのかな、エミも過去にバチバチやってた子とかに対して申し訳ない気持ちがあるみたいだよ。ミスコンでもないのに比べたり競ったりね…うん、美味しい」


 過去を悔やむ気持ちは私も分かる。

 「何故あの時あんな事を言ってしまったんだ」と思い返すことはしばしばあるし勘違いした己のおごりに顔から火が出そうなほど恥じることもある。

 様々な悩みや葛藤があるところに過去の後悔とかが重なってしまったのか、結構侮辱された気もするが匿名とくめいでゴチャゴチャ書く人よりも彼女の言葉は清々しい気がした。

「でも元カレに新しい彼女ができたからって普通直談判します?」

「嫉妬だよ、ラムさんが僕より小さな女の子だったから……エミはね、あの身長がコンプレックスだったんだよ。…昔ね、デザイン事務所で背中丸めて仕事してるのを見つけて、顔もキレイだしモデルに仕立てたら思いの外良くて、ブランド立ち上げ時に一緒に来てもらったんだ。予想以上に自信を付けてあんな感じになっちゃったけど…見た目のコンプレックスってのはいつまでも引きずるみたいだね…昔馴染みとは言え距離感が近過ぎたのかもしれないね、キチンと肩書き通りの付き合いをするよ」

はむはむとクロワッサンサンドを齧ると端からスクランブルエッグが垂れてきて、手で受けたそれを舐めとる彼の仕草は想像通りいやらしい。

「…身長がキーになった恋愛か……変わってますね、私たち」

「僕はラムさんが僕より高身長でも恋してたよ、たぶん」

「嘘つき。小さいから優越感だって言ってたじゃないですか」

「分かんないや、実際…メンツが立たない以外に不都合が無いし。それに、どんなに高くても上に乗っちゃえば同じだろ?」

 咲也さんは料理を取りつつわざと立ち上がり見下ろす角度で私を見つめ、

「咲也さん、まだ早いです」

とこちらがナプキンで顔を隠せば大人しく腰掛ける。

「うん、ふふっ……今日は散策もしようね、昼はここの1階にあるレストランがいいかな、晩はまた部屋で……今夜も寝かさないって言ったら怒る?」

「怒りませんけど…元気ですね」

「うん…ラムさんが可愛くて、エミも元気になりそうで…僕も元気♡」

「だめ、咲也さん、廊下に人が居るから」



 猥談わいだん混じりの朝食は楽しく過ぎて行き、余ったおかずがもったいないと言えばホテルのスタッフさんはそれらでサンドイッチをたくさん作って届けてくれた。

 私たちはそれを持って街を歩き、早めに食べて昼前には部屋へ戻り…外出中に整えられたベッドシーツや浴衣を見れば咲也さんは

「またぐちゃぐちゃになるのが申し訳ないねぇ」

と私を押し倒して満足そうに笑うのだった。
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