親指姫のアイデンティティ

茜琉ぴーたん

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Past me, present me

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「…あの、ライムさん、本当ごめん。空気に流されちゃって…申し訳ない」

「いいですよぅ、減るもんじゃなし」

「あっさりしてるんだ」

「んー…事故でしょう」

メイクルームへ戻り装飾品を外している間も古湊さんは何故かそこに居座って、私服へ着替えようとカーテンの中へ入れば自身も衣装を脱ぎ始めたようだった。

「ライムさん、今回のこのスーツがウケたらさ、第2弾とか作るから…またモデルしてね」

「ええ、その際には呼んでください」

「…あのさ、ライムさんは…男慣れしてる方?」

「は」

メイクさんもスタイリストさんもきっと面食らっているだろう、鏡の前を片付けていた音が一瞬止んだ気がする。

「慣れ…は分からないですけど、そこまで恋愛にドリーム抱いてないです」

「そう…じゃあさ、僕とこれからディナーしない?」

「はぁ…良いですけど」

「そんなに堅苦しくない所にするから…表で待ってるね」

「はぁ」


 カーテンを開けると残されたメイクさん・スタイリストさんが手を取り合って何やら喜んでいて、

「ライムちゃん、古湊さんとデートなんてやるじゃない♡」

と色めき立っていた。

「そんな珍しいことですか?」

「珍しいと言うか…古湊さんが自分からモデルを個別に誘うなんて無かったもの、前の彼女と別れてからはぱったり」

「へぇ…お堅いんですかね」

「ふふ、違うわよ…」


 その後掻い摘んで聞いたところによると、古湊さんは特別硬派という訳でもなく下ネタなんかも吾妻あづまさんと話したりするのだそうで、しかし甘いマスクの割にモテる訳ではないらしい。

 何故と尋ねれば「そりゃ…身長がネックみたいよ」とのことだった。

 なるほど今時は女の子でも160センチ以上の子はざらに居る。

 ましてやスタイルを売りにしているモデルなら尚更で…155センチの古湊さんはバランスとしても対象になり難いのかもしれない。

 まぁデザイナーだからといって皆がモデルをデートに誘うとは限らない。

 けれど職場で彼が異性を誘うこと自体がスーパーレアとのことだ。


「(何食べるんだろ)」

 『ディナー』と言うからにはそれなりの場所か、私は持ち金を確認してから表へ出た。



「ライムさん、こっち…パーキングに停めてるんだ」

「車だったんですね……わ、」

スタジオから建物一軒挟んだコインパーキングに停めてあったのは誰でも知っているエンブレムの付いた大型の輸入車、けれどスタイリッシュな古湊さんにしてはゴテゴテのブランドアピールが強過ぎてミスマッチに思える。

「乗って、少し走ろう」

「はぁ…あ、こっちか…」

 助手席に腰掛ければ普段の運転中と同じ感覚、けれど前にハンドルは無いしシートの傾斜が大きいので空を見上げるような角度で落ち着かない。


「…おかしいだろ、こんな大きい車」

「そんなことは…」

 走り出した古湊さんはサングラスを掛けてニコリと口元だけ微笑む。

 私はなんとなく「足がブレーキペダルに届くのかな」なんて失礼なことを考えたりした。

「足は届くから大丈夫だよ」

「…はぁ」

「ライムさん、この車どう思う?」

「カッコ、いいと思いますよ。古湊さんっぽくないですけど」

「やっぱり?そろそろ買い替えようかな…大型の報酬が入った時に買ったんだけど…まぁ不釣り合いだと思う。その…当時の恋人に選んでもらったんだ、そしたらこんな大きい車になっちゃった」

「乗り換えたらいいんじゃないですか」

「どんなのが良いと思う?」

 私は全くと言って良いほど自動車には詳しくない。

 排気量だとかナンバープレートの区分だとかもよく分かっていない。

 けれどすれ違った車が丸っこくて色も可愛かったので

「あれとか古湊さんっぽい」

とお勧めしてみると

「いいね、あれにしようかな」

と彼は俄然乗り気だった。


「…お金持ちなんですね」

「これを下取りしてもらったらそれなりになるさ……ごはん、フレンチだけど堅苦しくないからね」

「へぇ」

奢りで良いのかな、そういうことだよね、しばらくして着いたらキラキラした外観に少々怯えつつ彼の後ろをついて歩く。
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