親指姫のアイデンティティ

茜琉ぴーたん

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Little me.

3*

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 約束の日。

 指定されたスタジオに行けばそこにはまるで湖畔こはんを模したようなセットが組まれていて、森の木々というよりは草木、名も知らぬ単子葉類の葉が複数枚天井からぶら下がっていた。

 そして大きな双子葉類の葉っぱが1枚、もちろんハリボテだが布地の目を上手く利用していて葉脈の質感が美しい。


「いらっしゃい、ラムちゃん」

「わー…吾妻さん、本当にカメラマンだったんだ」

「言うたやんな、名刺渡したやんな、」

「うん…いや、エッチな撮影の線も消えてなかったから」

「まぁええわ…警戒心は持たんとな……ラムちゃん、今日はこれで…何のイメージか分かる?」

「え、なんだろ…水辺に関係あるの?」


 川下りのイメージがある御伽おとぎ話なんて桃太郎とかうり姫くらいしか思い浮かばない。

 河童かっぱなんて攻めたことはしないだろうし…私が考えていると吾妻さんが助け舟を出してくれる。

「葉っぱに乗ってさ、川を移動するやつよ」

「…一寸法師?」


 あぁあれはお碗だっけ、そう思った矢先、スタジオの端から

「ぶっ!」

と吹き出す声がした。

「⁉︎」

「あ、ごめんなさい…お、惜しいかな…親指姫だよ、」

「…はぁ」


 惜しくないじゃない、超笑ってるじゃない、呼吸困難になってるじゃない。

 その人はひーひー言いながらこちらへ近付いてきて、

「ごめんごめん、親指姫、読んだことある?」

と私へ尋ねる。

「…あるけど…憶えてないです…」

「そっか、可愛いお話だよ、また調べてみてね…申し遅れました、僕は古湊こみなと咲也さくや、このブランドの運営会社の社長でチーフデザイナーをやってます」

「え、すご…」

 デザイナーって男性なんだ、しかも若くってそこそこイケメンで。

 彼はサンダルを履いた私より少し身長が高いくらいの、要は男性にしてはチビだった。



「君いいね、ちょっとクールな感じで…でも化粧映えしそうだし…うん、始めようか、メイクさんに付いて行って、」

「あ、はい、」



 誘導されるままに控え室へ、カーテンで区切られたスペースには同じデザインの服がサイズ違いで何着か吊るされている。

 隣のスペースでも着替えている音がして、何人かが集まって同時進行なのだなということが分かる。

 私服を脱いだらスタイリストさんが入ってきて、あれよあれよといううちにインナーを着せられタイツを履かされ親指姫モチーフのワンピースを着せられた。

「あの、さっきの古湊さん、お化粧してました?」

別に今の時代化粧は女性だけのアイテムではないし男性向けのファンデーションも売られてはいるけれど、彼はまつ毛もバサバサに整えてあった。

「うん、古湊さんもモデルやるからね、先にメイクしたのよ…うん、彼もドレス着るわよ」

「え、女装家なんですか?」

「女装というか、モデルとして何でも着るのよ。ジェンダーレスって言うのかしらね」

「へぇ」

「私設のファンクラブなんかもあるのよ、ファンミーティングとか定期的にやってるから、継続して働くなら参加してみても楽しいかもよ。うん、採寸データ通りね…はい、次はメイクね、こっち」


 また誘導されてメイクスペースへ、ケープを着けて複数人の担当が髪もメイクも同時進行でやってくれる。

 髪を巻いてハーフアップに盛り上げて、編み込んで盛って巻いて盛って、大ぶりな花を挿せば顔の小ささが際立って白さと透明感も増して見える。


「わぁ」

「目閉じてね、綺麗な二重ねー」

「……あの、親指姫って…どんな話でしたっけ?」

「花から生まれたお姫様が誘拐されちゃってね、なんやかんやあってツバメに乗って王子様に嫁ぐ的な」

 このチームは吾妻さんナイズドされているというか大雑把で、でもいい加減じゃなくて気持ちの良い人ばかりだ。

 まぁざっくりとした説明をふむと受け入れる私も同類なのかもしれない。

「花の姫かぁ」

 だからなのかタイツの模様も小さなチューリップ、ワンピースの配色もよくある赤・白・黄のチューリップカラーでまとめてある。

 けれど全体的にくすんだ色味というかビンテージ調というのかセピアのフィルターを掛けたような雰囲気で、甘々のロリータというよりはアンティークっぽいテイストなのかなと感じた。
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