あなたでお腹いっぱいです…能面イケメンは私のコレがお好きみたい

9…いっぱい食べる子が好き

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「雅樹さんは、…その、私は楽しいんですけど、一緒に行くならやっぱり同じだけ食べて欲しいというか…」

「ごめんね、俺、食べるより食べる人を見てる方が好きだからさ、楽しいよ」

「それは分かりますけど」

「ほら食べて、美羽ちゃんが食べてんのは俺が食べてんのと同じことだよ。その旨そうな顔見てるだけでお腹いっぱい」

「……はぁ」

だからそれが気まずいんですよ、箸の上げ下げから唇の動きまでじぃと凝視されてもどかしい。

　楽しいって何がなの、何を想像しているの。

　蛇みたいにその細めた目で私に何を投影しているの。

　会話もそれなりに弾むけれどこの価値観は合わないよなぁ、食べる手が止まりかけると雅樹さんは頬杖をやめてやっと私から目を逸らした。


「……ごめん、見過ぎた」

「いえ…いい加減慣れてはきたんですけど、明らかに食事がメインの場所でこうも食事量に差があると…困っちゃいます」

「美羽ちゃんが食べ切れなかったらそれを貰うよ」

「…たぶん、残さないので…」

後処理をさせるのも嫌だが私は取ったからには意地でも食べ切るのだ。

　「お金を払うんだから残したって良いだろう」的な消費者意識は持っていない。


　私がもごもご言っていると彼は立ち上がり、

「じゃあカレー取ってくるわ」

と哀しそうに笑う。

「…カレー、ありました？」

「あったよ？まだ回ってない壁際の所」

「……」

「美羽ちゃんの分も取って来るよ」


　「お願いします」と送り出せば雅樹さんの表情は少し明るくなった気がした。

　無茶して体調を崩されては困るが、どうせなら気持ちではなく食べ物でお腹を満たしてから帰りたい。

　ちみちみ食べて飲んでをしていると雅樹さんが両手にカレーを持って帰り、小さなボウルの方を手前に置いて深型のカレー皿の方を私へと差し出した。

「…雅樹さん、逆です」

「そう、なら交換ね。小さい方あげる」

「…わざとでしょ」

「そうだよ、美羽ちゃん揶揄からかうの面白いから好き」

「ぐぬぬ」

　悔しいがこういうやり取りが楽しいから価値観の差なんて問題ではないのだ。

　私は彼のちょいＳな部分も嫌いじゃないし良いように遊ばれている自分も嫌いではない。

　リーダーシップを取って進んで行くより半歩後ろを付いて行くくらいがちょうど良い。

　彼はたまに私を先に進ませて背中を擽くすぐるみたいな真似をしてくるけど今のところ嫌ではない。

「（転がされてる…でも嫌じゃない…）」

「この玉子、もらうね」

「はい、」

「美味しいね」

「…はい」

やっぱり食べるのは楽しい。

　自分を好いてくれる人との食事はより楽しくて心まで満たされる。

　しかしじろじろ見てくるから口元を手で覆えば、彼は眉を上げて「そんなことしても良いのかな？」とばかりに不敵に笑った。

「美羽ちゃん、見えない」

「見られたくありません」

「なんでよ、見せて、もぐもぐしてる口と頬っぺた」

「それこそ何でですか」

「言ってるじゃん、好きだからよ」

「んー……私が本気で嫌だって言ってもですか？」

　カレーをひと口頬張ってそう聞けば、雅樹さんはこの世の終わりみたいに虚うつろな目になってテーブルにスプーンを落とす。

　艶やかなデミグラス色のルーがクロスにぴっと散って、それなりの音がしたもんだから一番近くに立っていたボーイさんがこちらへ振り返るのが見えた。