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6(最終話)
しおりを挟む荷物を置きに部屋へ上がり明かりを点ければ、案の定窓の向こうでは源ちゃんが手を振って「着替えるならカーテン閉めろ」と慣れたジェスチャーをくれる。
さっきまであんなに密着していたからたったこれだけの距離がひどく遠くに感じるね、笑って指示通りカーテンに手を掛けると源ちゃんは苦笑いで親指を立てた。
次はいつになるんだろう、それは分からない。
心の絆があったから、身体が繋がっても今さらという感じがしないでもない。
また変わらぬ日常に戻るのだ。
身を固めるまではそれで良いと私は思う。
近くて遠いこの距離、爽やかで清いこの関係。
今夜の風呂上がりも、彼と話をしてから就寝する。
窓とバルコニーはキスをするには遠い距離、でも通話じゃ寂しいから直接顔を合わせたい。
・
「…意識しちゃうなァ」
年季の入った浴室に、私の声がエコーで響く。
昔はよく一緒にお風呂もしたっけ、今日は何年かぶりに裸を見たからついつい見惚れてしまった。
「(源ちゃん…胸、めっちゃ見てたなァ)」
母に似て大きめな胸部は源ちゃんを虜にしたようで、浴槽で会話をしても目線がずっと顔より下を向いていたのが可笑しかった。
風呂から上がって半袖のパジャマを着て、後は寝るだけだというのにそれなりに身支度を整える。
1日の最後に恋人に会えるんだから有り難いものだ。
姿を見たらホテルのことを思い返してモジモジしちゃったりするのかな、でも源ちゃんは意外とサラッとしてるかもしれない。
私ばっかりドキドキするのは不本意だから意識させちゃおうかな、パジャマのボタンを上から2つ開けて脱衣所を後にした。
冷蔵庫から丸いアイスキャンデーを取り出し口に含む、もぐもぐしながら2階へと上がり部屋の明かりを点ける。
さぁどうするのかな、カーテンを開けたらバルコニーで涼んでいた源ちゃんの顔が反射的にこちらを向いた。
「暑いね、涼んでたの?」
「うん……モモちゃん、それわざと?」
「何が?」
あぁ掛かった、やっぱり彼は私のことをよく見てくれている。
立ち上がりずんずんとこちらに迫って来る大きな影、窓枠に載せた胸を思わせぶりに寄せれば彼は眩しそうに目元を歪めた。
「昼間のこと思い出しちゃうじゃん」
「えー、何ィ?」
「…届かないからって強気だな…覚えてろよ」
手すりに肘をついて不服そうに笑う、照らされたその顔はいつもの優しい源ちゃんだ。
「早く…一人前になろうね」
「そうだね………ボタン留めて」
「誰も見ないってば…じゃあね、おやすみ」
「明日の朝も確認するから……おやすみ」
シャッとカーテンを閉めれば、バルコニーの床材の軋む音が徐々に遠くなって扉の蝶番がこれまたギィと軋む。
お母さんが呪文のように「気をつけなさい」と繰り返していたから少し警戒はしていたけど、通過してみれば特別なことでもなくて拍子抜けしている。
ドキドキして何も手に付かないみたいなこともなし、それはトキメキや好き度が足りないからとかそんな理由ではない。
心が大人になっていたから、そこまでお互い待てたから…なのではないかとヒヨッコなりに思っている。
「さーて、眠いけど…ちょっと勉強してから寝よっかなァ」
私達は若くて清い、でもちょっぴり大人になった。
おしまい
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