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しおりを挟むそれから俺たちは歩夢嬢の部屋へ「城廻さまへお断りのご連絡をします」という名目で下がらせてもらった。
「橘、やったわね」
「えぇ、土下座が効きました」
もう和臣氏へ手紙など書く必要は無い。
『こちらも上手くいきました。城廻さまの今後のご活躍をお祈り申し上げます』
そうメールを送って今回の見合いは終了した。
「橘…もう、堂々と仲良くできる?」
「いえ、そういう訳にも…でもデートですとか、家が関係ない場所でしたら」
「わ、嬉しい」
ベッドに転がって抱き合って、唇を喰みながら今後の展望などを語り合う。
交際を始めたとなれば、より一層俺は固く真っ当にいなければならない。
歩夢嬢との間に性を匂わせてはいけないし、恋愛にかまけて仕事が疎かになるなんてもってのほかだ。
「ねぇ、私たちって普通の会話できるのかしら」
「普通とは?」
「テレビを観ながら世間話したり、友人の話をしたり。ほら、勉強と恋バナばかりだったでしょ」
「確かに、そうですね…しかし、私は普段はここまで堅苦しい喋り方はしませんから、もう少し気を抜いて頂いて大丈夫ですよ」
「そっか」
親密といえば親密で、そのくせ知らないことだらけである。
歩夢嬢はおしゃべりだから思考や思想は把握しているが、彼女は俺のことはあまり知らないだろう。
深いんだけど浅い関係、それでも彼女の好奇心で俺のことをもっと解析して欲しいと願う。
「歩夢さま、祝言はまだ先でしょうが、それまでにしっかり今の仕事をやり遂げて下さいね」
「うん、現場の感覚とか、環境とか、絶対にこの先役立ててみせるわ…橘も、あの…う、浮気とかしないでね」
「…私にそんな暇があると?」
「無いよね…」
「自分の価値観で私を測らないで下さい」
「…一生言うつもり?いやぁだ」
そう、歩夢嬢は俺と高梁くんの二股を経験した前科がある。
俺に不義理を働かないとも限らない。
「どなたかに、『結婚生活が分からないの』などと言って頼ってはいけませんよ」
「…全部、橘に聞くわよ」
「そうですね、全て私にお任せ下さい」
悪く思われたくないとか関係を壊したくないとか、細々した遠慮で高梁くんとの仲は終わってしまった。
歩夢嬢曰く「元々が心から好きではなかった」らしいが、告白されて受け入れたからには彼一筋になるべきだった。
誰にでも黒歴史はあるものだ、俺だって2度も二股の片棒を担いでいたのだから同じ罪を被るつもりだ。
歩夢嬢は充分に反省しているし、高梁くんに知られず別れられたのだからまだ幸いである。
背徳感をスパイスに愉しんでしまったのは申し訳ないが…俺は善人ぶるつもりも無いし、もし謝罪が必要ならやってやる。
過ちがひとつも無い人間だけ俺たちに石を投げるが良いさ、キャッチして投げ返してやるけども。
「…幸せ」
「はい、歩夢さま」
情を愛に昇華させた俺たちは、無邪気に笑っては口付けを繰り返した。
つづく
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