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番外編・1
お手伝いさんは見てた・2
しおりを挟む私たち使用人が異常に気付いたのは、橘さんが家庭教師として出入りし始めた数ヶ月後だった。
歩夢さまの部屋から一番近いトイレの掃除をしていると、どうもこれまでと異なる匂いがする日があったのだ。
そこは歩夢さま愛用の香水を壁のレイに振って匂いがぷんぷんしているのだが、日が経ち薄まっているので床に近い下方ならそこまで香らない。
そして香水に消臭効果は無いものだから、トイレらしい匂いは時間が経つまでは便器付近にそのまま残っているのだ。
甘い中に栄養素を感じるような野生味ある香り…まぁ体調によって排泄物の臭いなんて変わるもんよ、そう思い便器を掃除すると内側側面に何やら液体っぽいものが付着していた。
「……」
トイレなのだし排泄物が付くなんて別段珍しいことでもない。
私の自宅でもこんな汚れは何度も見てきたし。
しかし慣れた手つきで流れるように清掃を続けてはたと「いや、ここでは珍しいじゃない」と思い直す。
女性でも小水が便座に垂れることはあるけれど、色と粘度が先程の液体は明らかに異なる。
第一、ここの掃除でこんなことは初めてだ。
ここを使うのは歩夢さまともうひとり…橘さんだけである。
とはいえ危険物でもあるまいしと放っておいたら、翌週も不思議な匂いを感じた。
妙な汚し方をされてはと彼がトイレを使う機会を伺い、使用直後に清掃に入ったら慣れない匂いが便器近くに渦巻いて残っていた。
何となく予想はできたものの、私は同僚の仁志田(28)に相談した。
「…北埜さん、それ、精液の匂いじゃないですか?イカ臭いみたいな…」
「やっぱりそうなのかしら。最初はそれっぽいのがこびり付いてたのよねー。うちの息子もそんな時期あったけど…状況的に橘さんしかいないわよね」
「えー、何それ…雇い主の自宅トイレでシコるってどういうこと?報告する?」
「いや、待って待って」
報告すれば彼は家庭教師をクビどころか本業の方でも立場が危うくなるかもしれない。
それは私たちには関係が無いのだけれど、どちらかといえば私は彼に家庭教師を続けてもらう方が得なのではと考えていた。
「仁志田ちゃん、これ黙ってようよ。少なくともしばらくは見守ろ」
「えー、変態が歩夢さまの部屋に出入りしてるとかヤバいでしょ」
「逆よ、変態できないからトイレで発散してるんじゃないの?だって彼氏いるし」
歩夢さまにはこの頃同級生の彼氏がいて、表立って公表はしないものの私たちは薄々勘付いていた。
毎日楽しそうに手帳を開いてはニコニコ笑って実に微笑ましかったし、夏前に少し大人びて感じられた頃は「初体験を済ませたのでは?」なんて噂が流れた。
「えー…そう?なの?」
「歩夢さまの可愛さに当てられたんじゃない?」
「片想い?やだー、切なーい…襲ったらどうすんの?」
最悪の場合は報告すれば良いし、もしかしたら彼は身分違いの恋に悩んでいるのでは、なんて下世話な想像もした。
しかし私は、
「これまで続かなかった家庭教師が橘さんだと続いてる。進学できそうなんだよ、卒業までは見守ろうよ…仕事のために!」
と仁志田の手を握り静かに頷き合った。
歩夢さまは天真爛漫なお嬢さま、使用人の私はそこまでの言葉にとどめるが…まぁ旦那さまは娘の行く末をえらく心配されている。
せっかく軌道に乗り多角展開も調子が上がって来た家業を、歩夢さまの代で潰して従業員を困らせるなんて絶対にさせたくない。
本家に勤める私たちだって、その思いは同じだった。
「とりあえず見守ろう」
「何かあれば叫ぶでしょ」
そうして、私たち使用人は事の経過をただ見守ったのだ。
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