仰せのままに、歩夢さま…可愛い貴女に愛の指導を

茜琉ぴーたん

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 ザァザァと激しい雨が打ち付ける土曜日のこと。

 お手伝いさんからタオルを貸してもらい拭きつつ歩夢嬢の部屋へと入れば、扉の向こうの彼女はいやにビクついて振り向いた。

 一応ノックはしたし毎度のことだからこの時間に合わせて着替え中だったなんてことも無かろう。

 妙な違和感を覚える。


「こんばんは」

「橘…こんばんは…」

「お加減でも悪いですか?」

「ううん、そんなことない…」

「なら良いですけど」

察して聞いてなんて思い通りに動いてやる義理も無し。

 うつむく歩夢嬢に構わず教科書を開いた。

 それにしても冷え過ぎた部屋だ。

 除湿モードか知らないが風の音がうるさいくらいエアコンが仕事をしている。

 もしや熱でもあるのかな、珍しく仏心を出して「何かありましたか」と尋ねてみた。


「……」

 歩夢嬢は心底意外そうに俺を見つめて目を逸らして沈黙すること数秒、

「あのね、彼氏と…エッチ、しちゃったの」

と何故だかこの世の終わりみたいに悲壮感をたたえる。


「あ、それはそれは…おめでとうございます」

「…おめでとうってやめてよ」

「おめでたいじゃないですか」

「そうだけど………それと痛かった」


 経験できたのなら良かったじゃないか、何をそんなに落ち込むのか。

 喪失感に打ちひしがれてけがれた己を悔いでもしているのか。

 しかし歩夢嬢は敬虔けいけんな宗教家でもなし慶べば良いものを。

「現在進行形でですか?」

「ううん、痛くない」

「他に痛い所でも?まさか『心』とか言わないで下さいよ」

「心なのかな…なんか…」


 やれやれ今日は勉強は進みそうにない。

 俺に解決できることなんか無さそうだがとりあえず聞いてみる。

「私に出来ることは何かありますか?」

「…話、聞いてくれる?」

「は、い…」

 女の涙に弱いのは刷り込まれたDNAなんだろうか。

 こんな小娘の泣き顔にほだされた俺は教科書を閉じて私物の手帳のフリーメモを開いた。


「…まず、何が一番引っ掛かってるんですか」

「…今日、昼間にね、彼氏のお家で…その、したんだけど、痛いのはもちろんなんだけど、なんか…気持ちが…変なの、好きな気持ちが…」

「減った?」

「うん…なんか、冷めちゃった?のかな…何なんだろ、2回目もね、もう痛くなかったんだけど気持ち良いとか分かんなくて…でも気持ち良さそうな彼の顔見てたら…ぞわぞわって…気持ち悪くなっちゃったの」

「フム」


 俺は別にカウンセラーではないので専門用語はおろか心理的なアプローチさえも知りはしない。

 けれど「聞いているよ」という雰囲気を醸すために要所要所をメモに取った。


 さて歩夢嬢の嫌悪感の原因は何なのだろう。

 痛い目に遭わされたことへの動物的な防衛本能だろうか。

 しかし2回目も受け入れたというのだから拒否するほどの嫌さではなかったのだろう、駆け出して帰るようなものでもなかったのだろう。

 とすればやはり心なのか。

 体の内臓に近い部分に他人が入って来たことに対する生理的な拒否反応だろうか。
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