自己評価低めの彼女には俺の褒め言葉が効かない。

茜琉ぴーたん

文字の大きさ
上 下
24 / 30
11月・恋育つ編

24・かわらずに

しおりを挟む

 だくだくと体内に頭に脈打ち沸き立つ血液、これは興奮。

 意識すると吹っ切れた千早ちはやの行動は早かった。

「チカちゃん」

 知佳ちかが振り向くと、膝へ頬杖をつきながらもしっかり顔を見ている千早がいて…それにビビりながらも、知佳はなるべく彼の目に近い所を見て返事をした。

「は…い?」

「俺な、前も言うたけど、ハロウィンのギャルの写真な、あれ見てチカちゃんが可愛い思てん」

「…あー、言って…ましたねぇ…」

忘れてない、ちゃんと覚えている。

 「かわいい」の言葉に知佳を巡る血潮がウォームアップを始める。

「チカちゃん、俺は、充分仲良うなったと思てる。シールもここ貼ってるしな」

 千早は胸ポケットからスマートフォンをチラリと覗かせた。

「はい、さっき見ました…」

 チークの如く頬を染めるのは昂奮と、自分の写真が千早の目の保養になっているという恥ずかしさ。

「その…配送から戻ってきてチカちゃんおってな、喋って顔見るだけで楽しいのよ。癒しというか…和むというか……その、これからも変わらず…俺と仲良うしてな、」


 千早はここからの発展を願い会心の一撃を繰り出したが、残念ながらこれを言葉通り捉えた知佳の処理能力が追いついていなかった。


「………?」

 「これからも同じようにしてくれ」、これまでと何か違うのか、変わらなくていいのか、何の宣言なのか、知佳は釈然としない。

 好意を自覚する前ならいざ知らず、先程知佳が笑った後に一瞬ギラついた千早の目、鋭くて恐くて…艶かしいあの目に彼女はだいぶんやられている。

 今思えば、ワイルドでパンキッシュでエロティック、なのにケラケラと無邪気に笑う彼は彼女の萌えスイッチに日々ヒットし続けていた。

 なんの変哲もない自分に「かわいい」と言ってくれる、千早という存在は知佳の中で大きくなって先日やっとそれを自覚した。

 
 しかし問題はやはり、「千早が自分の事を好きになってくれるか」という点なのである。

 自分なんかに好かれて迷惑じゃないか、おこがましいのではないか、徹頭徹尾てっとうてつびそれに尽きる。

 なのでこの千早の宣言は、好意を匂わせた知佳を「これからも変わらずにいよう」と牽制した言葉であると書き換えられ捉えられた。

 事実上の「友達のままでいよう」宣言、そして図々しく好意を醸してしまっただろう自己嫌悪、知佳は冷や水を浴びせられたように頭が心がすぅといでいく。

「はい……変わらず仲良くしましょう…」


 一方それなりの覚悟で話した千早は冷静な知佳の様子にがっくりと項垂うなだれる。

「………チカちゃん…あー…どう言うたら分かるんやろか…」

 「まずはお友達からお願いします」、先を見据えた関係、どう言えば良かったのか、千早は床を見つめぶつぶつと呟く。


 ハッキリ告白して振られたら目も当てられない、しかし好意は伝えたい。

 彼がいっぱいいっぱいになったところで聞き覚えのあるエンジン音がして、表の駐車場で途切れた。

「…姉さんやな」

「そうですね」

 せっかく崩した言葉も丁寧語に元通り、しかし行き詰まっていた会話が切れたので千早にはこれで良かった。


 そこから美月と高石も合流、知佳と千早の短いデートは呆気なく終わってしまう。

 「友達でいよう」と「友達から始めよう」、言葉と心の行き違いを残して。





 焼いて、食べて、道中あったことなどを話し、知佳が片付けるためにキッチンへ立つと、美月が促して高石が手伝う。

「で?何か進展はあったの?千早さん」

「いやー…無いなぁ…」

美月の小声での尋問に、千早は口をへの字に曲げて答える。

 さっきまでのグダグダの内容も言いたくないし、キッチンに並んで朗らかに会話する知佳と高石に腹が立っているのだ。

「なによう…まったく?」

「かわいいとしか伝えられへんかったよ…」

「あらあら…」


 一方、台所。

「チカちゃん、千早と何かあった?」

洗ったたこ焼き器の水気を拭きながら高石が尋ねた。

「んー…」

「あ、何か…変なことされてへんよね?…一応…ミーちゃんが心配してたから…」

「あ、それは無いです…あの…高石さんも、変わらず仲良くしましょうね…」

「うん?うん…」

「はぁ…私たち、職場の知り合い…って言うより友達…でいいんですかねぇ…」

「そらええね、俺らみんな友達や。ミーちゃんとは恋人やけど」

「オトモダチ…か…」
 

 その後、千早は余った明石焼きとたこ焼きを保存容器にたっぷりと包んでもらい、夕方前には知佳の家を後にした。





 家路に着く千早はふと、これで良かったのか、と自問自答する。

 スマートフォンに残った知佳の写真と脳裏に焼き付く数回の笑顔、そしてメットインの中でふやけていく多量のたこ焼き。

 これだけでしばらくは満ち足りた生活が送れそうではある。
 
 もう少し仲良くなったらその時は…後退はしていない、着実に心の距離が縮まっていた。


 しかしあの知佳の表情…寂しさか切なさか、自分の言葉が上手く伝わってないのだろうが訂正しきれなかった。

 また0から始めねばならないのか、続きからいけるのか、次に職場で会うのが少し怖い。

 美月に言われた通りハッキリとしたアプローチをする他無いのだろうが…今の関係を辞めたくない、悩める千早は眉間にしわを寄せて遠くを見遣った。





 一方知佳は知佳で、風呂に浸かりながら慌ただしかった1日を振り返っていた。


 千早はやたらと自分を褒めてくれる、持ち上げてくれる。

 何度も訪れた不思議な雰囲気、妙な距離感、そしてあのギラつく目。

 自分は千早が好きだ、しかし彼はおそらく…それに気付いてストップをかけたのだろう。

 恥ずかしい、ちょっと仲良くなったからといって自分などが思いあがって無意識にだが好意を仄かしてしまった、次に職場で会うのが怖い。

 千早は優しいからこれからも普通に接してくれるだろうが、彼が商品管理室を覗かなくなったらそれが終わりの印だ。

 せめてその時まではひっそりと、隠れて想うくらい、友達として触れ合うくらいは許してほしい…そう知佳は自分の中で指針を決める。

「ふは…」


 悶々としながら風呂から上がると、美月からメッセージが届いていた。

『今日はお疲れさま。それぞれいい写真ね、チカちゃんが可愛く写ってる。ツーショットも撮れば良かったのに♡』

「うん…?」

 はて美月の指示でツーショットは撮った、千早が撮って送ったはずだ。

「………あれは…?」

 あの撮影は彼女の指示ではなかった、ということは千早が自分を騙して撮ったのか、何の為に?それは。

「あ、あ、………」

 自分が知らないところで何かが起こっていた、千早は自分と写真を撮りたかった、それは、理由は。

「からかわれてる…やだ…」


 恋の芽は大きく育ち、花が咲いても相手が居ねば実にならない。

 千早を振り向かせる、そんな高度で自信に溢れた行いは自分にはできない、知佳は想いのやりどころが無くベッドへ突っ伏した。



つづく
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

赤髪騎士と同僚侍女のほのぼの婚約話(番外編あり)

しろねこ。
恋愛
赤髪の騎士ルドは久々の休日に母孝行として実家を訪れていた。 良い年頃なのに浮いた話だし一つ持ってこない息子に母は心配が止まらない。 人当たりも良く、ルックスも良く、給料も悪くないはずなのに、えっ?何で彼女出来ないわけ? 時として母心は息子を追い詰めるものなのは、どの世でも変わらない。 ルドの想い人は主君の屋敷で一緒に働いているお喋り侍女。 気が強く、お話大好き、時には乱暴な一面すら好ましく思う程惚れている。 一緒にいる時間が長いと好意も生まれやすいよね、というところからの職場内恋愛のお話です。 他作品で出ているサブキャラのお話。 こんな関係性があったのね、くらいのゆるい気持ちでお読み下さい。 このお話だけでも読めますが、他の作品も読むともっと楽しいかも(*´ω`*)? 完全自己満、ハピエン、ご都合主義の作者による作品です。 ※小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿してます!

アラフォーだから君とはムリ

天野アンジェラ
恋愛
38歳、既に恋愛に対して冷静になってしまっている優子。 18の出会いから優子を諦めきれないままの26歳、亮弥。 熱量の差を埋められない二人がたどり着く結末とは…? *** 優子と亮弥の交互視点で話が進みます。視点の切り替わりは読めばわかるようになっています。 1~3巻を1本にまとめて掲載、全部で34万字くらいあります。 2018年の小説なので、序盤の「8年前」は2010年くらいの時代感でお読みいただければ幸いです。 3巻の表紙に変えました。 2月22日完結しました。最後までおつき合いありがとうございました。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

大好きな背中

詩織
恋愛
4年付き合ってた彼氏に振られて、同僚に合コンに誘われた。 あまり合コンなんか参加したことないから何話したらいいのか… 同じように困ってる男性が1人いた

貴族との白い結婚はもう懲りたので、バリキャリ魔法薬研究員に復帰します!……と思ったら、隣席の後輩君(王子)にアプローチされてしまいました。

ぽんぽこ@書籍発売中!!
恋愛
秀才ディアナは、魔法薬研究所で働くバリキャリの魔法薬師だった。だが―― 「おいディアナ! 平民の癖に、定時で帰ろうなんて思ってねぇよなぁ!?」 ディアナは平民の生まれであることが原因で、職場での立場は常に下っ端扱い。憧れの上級魔法薬師になるなんて、夢のまた夢だった。 「早く自由に薬を作れるようになりたい……せめて後輩が入ってきてくれたら……」 その願いが通じたのか、ディアナ以来初の新人が入職してくる。これでようやく雑用から抜け出せるかと思いきや―― 「僕、もっとハイレベルな仕事したいんで」 「なんですって!?」 ――新人のローグは、とんでもなく生意気な後輩だった。しかも入職早々、彼はトラブルを起こしてしまう。 そんな狂犬ローグをどうにか手懐けていくディアナ。躾の甲斐あってか、次第に彼女に懐き始める。 このまま平和な仕事環境を得られると安心していたところへ、ある日ディアナは上司に呼び出された。 「私に縁談ですか……しかも貴族から!?」 しかもそれは絶対に断れない縁談と言われ、仕方なく彼女はある決断をするのだが……。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

【完結】姫将軍の政略結婚

ユリーカ
恋愛
 姫将軍ことハイランド王国第四王女エレノアの嫁ぎ先が決まった。そこは和平が成立したアドラール帝国、相手は黒太子フリードリヒ。  姫将軍として帝国と戦ったエレノアが和平の条件で嫁ぐ政略結婚であった。  人質同然で嫁いだつもりのエレノアだったが、帝国側にはある事情があって‥‥。  自国で不遇だった姫将軍が帝国で幸せになるお話です。  不遇な姫が優しい王子に溺愛されるシンデレラストーリーのはずが、なぜか姫が武装し皇太子がオレ様になりました。ごめんなさい。  スピンオフ「盲目な魔法使いのお気に入り」も宜しくお願いします。 ※ 全話完結済み。7時20時更新します。 ※ ファンタジー要素多め。魔法なし物理のみです。 ※ 第四章で魔物との戦闘があります。 ※ 短編と長編の違いがよくわかっておりません!すみません!十万字以上が長編と解釈してます。文字数で判断ください。

処理中です...