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11月・恋育つ編

21・進路変更

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 千早ちはやは少しでも平然を装って顔を上げる。

「………わかった、」

「で、駐車場の私の車でドライブしませんか?私の運転で」

「は?なん……」

知佳ちかからの思いもよらぬ提案に、千早はかつてないほど瞳孔が開いて絵に描いたような驚きの表情を見せる。

「サガっちゃったし、この車、ゲンが悪いじゃないですか…乗り換えましょう?」

「へ…ぇ、ええの?」

 ドライブは続行、知佳の車に乗り換えての淡路島。

「でも私、高速は怖いので近場で…んー…あ!明石あかし焼き…食べに行きましょうよ!」

「はぁ…そりゃええけど…」

淡路島からの明石焼き。

「じゃあ食べ歩きしましょう、2件でも3件でも……」

 知佳がそんな提案をしてすぐ窓ガラスへ水滴が落ち始め、次第に打ち付けるような本降りに変わった。

 きちんと手入れがされているのだろう、フロントもサイドも撥水はっすいコートがしてあって、雨水が面白いようにつるつると流れていく。


「わーぉ…雨…」

「………降って来たな…どこまでもツイてへん…」

 千早の落ち込みもいよいよ、いつも捉えどころのない男がこんなにも意気消沈して、知佳は不憫というより救済したい気持ちが大きくなっている。

「…千早さん、とりあえずレンタカー屋さんに戻りましょう」

当初の目的からどんどん離れていくが、このまま何もせずに帰るのは知佳も勿体なく感じていた。

 彼女だってここ数日緊張して、コーディネートだって考えて、ちょっとでも楽しい時間を過ごせるように気を揉んだのだ。





 二人はそのままレンタカー屋へ戻って「もうですか?」とまぁまぁスタッフを驚かせ、そして小走りで会社の駐車場まで戻る。

 知佳は折り畳みの傘を持っていたが千早が相合傘を遠慮したため、全力で走る彼の背中を追い掛けた。


「千早さん、とりあえず助手席に乗って下さい!」

「ん、すまんね」

 電子キーで解錠した軽自動車に二人は乗り込み、知佳は雨を払うためのタオルを千早へ差し出した。

「おおきに…用意がええね…」

「だって、予報では雨って……はー、スニーカーで良かった……それで…これからどうしましょうね」

「せやなぁ…帰れって事なんかなぁ…」

ポンポンと髪にのった雨粒をタオルに吸わせ、千早は渋いというよりしょんぼりとした面持ちで呟く。

「そんな寂しいこと言わないで下さいよ…私だって、楽しみに…してたんですから…」

「そう?……そうか…うん、デートやからな」

「でっ…何回言う……ま、間違ってないでしょって……」

 知佳は少し頬を染めて口を尖らせ、千早は嬉しそうにニヤついた。

 これは再び「いい雰囲気」というやつなのではと思う反面、あまり刺激しても良い結果にはならないだろうと千早は代替案の選考に話を戻す。

「せやなぁ…しかし…どっか昼メシだけでも食べに行くか…」

「あ!」

「なに」

「私、持ってます、たこ焼き器!この前買いました。やりましょうか、明石焼き、」

イベントにぴったりの家電・たこ焼き器、先月だったか、女子会でたこ焼きパーティーをした時に買った物で、中身を変えれば明石焼きも作れるはずである。

 にわかに活気付いた知佳に千早は気圧けおされ、嬉しい提案だが疑問を呈する。

「え、どこで…」

「うち、で………いや、ほら…せっかくの休みだし…」

 知佳のことだからどうせ他意はないのだろう。

 しかし無用心に男を部屋に入れてしまうのは僅かでも脈があるのか、それとも何もできない奴だと舐められているのか。

「いや、チカちゃんがええならええけど…」

「はい、明石焼き…しましょう!ミツキちゃんたちにも伝えますね」

「ア、あぁ、せやね…」

そこで千早は久々に高石たかいし美月みつきの存在を思い出す。

 あの車はもう遠くを走っている事だろう。

 さすがにそうか、得体の知れない男をひとりで部屋に上げるほど無防備ではないか。

 千早はガッカリすると同時に安堵もしていた。





「もしもし、高石さん、ちょっとハプニングがあって、雨も降ってるし、計画変更しようと思うんですけど」

美月は運転中だろう、知佳は助手席の高石へ電話をかけた。

『はぁ、もう高速乗ったよ?次…あ、過ぎた?ちょっと、出し過ぎちゃう…?』

「ミツキちゃん飛ばしてるみたいですね…とりあえず、うちのたこ焼き器で明石焼きを焼こうという話になったので、スーパーで買い出しします。ミツキちゃんはうちの場所知ってるので、お伝えください」

『エ、んー…』

 高石は少し小声になり、

『そら…言わん方がええかもしれんなぁ…分かった、上手いことしたるよ。後で合流な』

と心強い言葉で締める。

「了解ですー、では」


 高石が危惧したのは美月の爆発、つまりは「チカちゃんの部屋に千早を先に上げるなんて危ないじゃない!」ということだった。

 運転の手元を誤られても困る、高石はSAサービスエリアに停めさせてから説明することにした…これは英断だったろう。


「よし、ではスーパーへ買い出しに行きましょう…この車で行きますか?」

「いや、帰りが面倒やろから、自分ので行くわ…」


 知佳は車を出し、少し小降りになった雨の中を千早はバイクで追いかけた。





 さて、知佳が部屋へ男性を招待するなど思い切ったことをできたのには理由があった。

 それは決して段飛ばしで千早と「いい感じになりたい」とかましてや連れ込み慣れてるから、とかそんな理由ではない。

 美月達も合流するし男女混じっての会合に慣れていて抵抗が少ないというのもあるのだが、事前に美月から御守りを貰っていたからだった。


 数日前。

 千早と知佳は、GPSで所在地を探索・共有できるアプリを美月によってダウンロードさせられていた。

「これね、当日は二人ともオンにしておいてね。何も無いとは思うけど、万が一に拉致監禁とかされると危ないじゃない?」

「姉さん、俺のこと何やと思てんの…?」

「用心よ。……濁して言ってるんだから察してよね、千早さん!」

「うい…」

「チカちゃんも、何かあったら逃げるのよ!」

「私にそんな気は起こらないから大丈夫だよ」

「(わからへんよ…)」


 はて、知佳と千早のドライブをセッティングしたのは美月だったはずだが、これは言い出しっぺ故の責任感からくる行動だった。

 知佳も千早が自分に変な気を起こすなどとは思っていないが、美月が見守ってくれていれば二人きりの空間でも正気を保っていられるだろうと考えている。
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