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11月・恋育つ編

19・出発進行

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 11月半ば、淡路島ドライブ当日の朝。

 朝10時前、知佳ちかはムラタの社員駐車場の端に車を停め、千早ちはやの到着を待っていた。

 予報では夕方から雨、今も少し曇りがちで、歩きでの観光中に降られるとどうもやり辛いなぁと危惧する。

 美月みつき高石たかいしを乗せてこの駐車場で合流することになっていて、分乗でのダブルデートになる予定だ。

 知佳も観光プランは考えてみたものの、千早の好みも分からなければ車内での話題も心許ない。

 これだ!という目玉でも無ければこの旅はダレるだろうなと思っている。


 けば戻してしまいそうな著しい緊張の中、知佳はスマートフォンを片手に運転席で貧乏揺すりを繰り返す。

 千早への好意を自覚してしまった、しかし悟られたくない故に緊張してしまうのだ。

 はしゃぐとみっともないか、もっと大人っぽい服の方が良かったか。

 少しでもイイ女に見られたい、しかしそれすらも烏滸おこがましい、謙虚を通り越してもはや卑屈になっている。

 好かれても困るかも、だから隠さなくてはいけない…自信の無い知佳の常套句、これはもう持って生まれた性分である。


 そこに弾むようなエンジンと、暗渠あんきょの蓋が噛み合う音がして、1台のバイクが駐車場へ入ってくる。

 例によって黒い髪をなびかせたライダーは、ゆっくりと知佳の車の横にその車体を着けた。

 千早はエンジンを切ってフルフェイスを外すと、降車した知佳の格好を頭から足元までナメて、「ほぉ」と口だけ動かした。


 今日の知佳は歩けるようにと足元はスニーカー、厚手で長めのカットソーとパーカーでカジュアルスタイルにしてきた。

 しかし下にスキニージーンズを選んだのは無謀だったかもしれない。

 なぜなら、千早が革のライダースに彼女と同色のジーンズを合わせて来たからだ。

 普段の作業着からも予想はしていたが、想像した以上に彼のその脚は細く長く、スタイルにも自信のない知佳は彼と並んで歩くのが躊躇ためらわれた。
 

「お、はようございます」

「おはよう、なんやえらい…かぃらしいね」

 ピンク色のカットソーの事を言っているのか、オーバーサイズのパーカーの事を言っているのか、褒められて悪い気がしないどころか嬉しい、しかし知佳は平然を装って応える。

「いえ…いえ…どうも。千早さんも…カッコいいですね」

「そう?おおきに」

 社交辞令といえばそうなのだが決してお世辞ではなく、彼の雰囲気通りパンクロッカーの様なスタイルが非常に似合っていると知佳は思った。

 革のライダースは歩きでも充分に防寒機能を発揮するだろう、千早は首元のファスナーを下ろして襟を作り、その中にはカラフルなプリントTシャツが覗く。

「あんまり、寒うないとええね、」

「そうですねぇ…雨も…」

 手持ちの会話カード『天気の話題』を早速切ってしまった、知佳は頭をフル回転させて何でもない会話の糸口を探しにかかるのだった。



「ほな、行こうか」

 駐車場に車とバイクをそのまま置かせてもらい、徒歩で国道沿いのレンタカー屋へ向かう。

 並んで歩けばやはり千早はそれなりに男性の体格で、身長は知佳より10センチ以上高いし、両手をポケットに突っ込み肩で風を切って歩く様はチンピラ風だがになっていた。

 仕事以外で男性とこのように歩くのは何年ぶりだろうか、知佳はこっそりはにかんで、視界をかすめる黒髪もその存在感は縄か鎖のよう、帯同されている自分を意識する。

「バイク、寒くないですか?」

短いスパンで二度目の気候の話題、やはりここから広げていくしか知佳は思いつかなかった。

「んー?そんなにスピード出さへんから、寒ないよ」

「そうですか。この時期、店のバイク乗りは大体車通勤になっちゃうんですよ」

「それもアリやなぁ。俺は、あれかチャリンコしか持ってへんから、しゃーなしやで」

「ほー…」

「車はまぁ…仕事でデカいの乗れるからええわ」

配送ならば最大5トンのトラックが運転できる…と言っても、千早は大概助手席で寝ているので、ここの「乗れる」は文字通りの意味である。

 工事は後部座席を取り払った商用仕様のワンボックスカー、あれは機能的で秘密基地感があって、動く城のようで千早は気に入っていた。


 すぐにレンタカー屋に着き、千早が受付に入る。

 大体の帰着予定と料金を確認し、お見送りされてスムーズに国道へ車を出した。

「おぉ」

国内大手メーカーの大衆車、千早は楽しそうにハンドルを握る。

「一旦駐車場に戻ろなぁ」


 普段の触れ合いから考えるとこれは至近距離、骨張ったフェイスラインも、シフトレバーを握る手も、その私服さえも全てが新鮮で…知佳の胸に何か湧き上がるものがある。

「………(あ、やばい、これ)」
 

 そもそも親睦を深めて、この先に何かある事が前提なのか、それともただの職場仲間としてのお出かけなのか。

 恋心…今自分が抱いているのはそれだが、千早はどう思ってくれているのか。


 二人を乗せた車は国道から店舗の駐車場へ戻って、千早はそれを知佳の車の横へ着ける。

「隣で待とうなぁ…」

「はい………ァ」

 知佳はまさか、と思ったがやはりそうだった、『運転中のキュンとなる仕草』の王道中の王道、男性のバック駐車である。

「……ッ(あー!)」

 助手席のヘッドレストを抱くように腕を回し、半身を起こして知佳を向く。

 考え事中特有の薄く開いた口、チラチラ細かく揺れる瞳…そしてその瞳が知佳と合う。

「……なによ、チカちゃん」

「いえ?なにも?」

 3割増しの魔法でもかかっているのか、密閉空間でのやり取りは、恋愛離れした知佳の心を動かすには充分すぎるほどに良き働きぶりだった。

 初めての経験に打ち震え、ピー・ピーという電子音よりも速く、彼女の心臓は躍動し千早にも届きそうな音を打ち鳴らす。

「あの…男の人の運転の助手席…初めてかも…」

「あ、あー……そりゃ……緊張するね、俺も」


 これは全くデート…なかなかの雰囲気になったところで地を這う黒い影と内臓に響くエンジン音、美月の愛車スカイラインが駐車場へ勢いよく乗り付けた。

「おっはよー!なんか雨降りそうねぇ!休憩しながら安全運転で行きましょうねー」

 美月は運転席の窓を開けて挨拶を済ませ、

「とりあえず向かいましょ、もし何かあったらタカちゃんに連絡してね」

と言って助手席の高石を指し、車を出した。

「ふー…姉さん元気やなぁ…ほな、行こか…」

「はい…」


 ほんのり桃色に染まりかけた車内の空気はなんだか元通り、二人は気を取り直して美月の車を追うことにした。
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