自己評価低めの彼女には俺の褒め言葉が効かない。

茜琉ぴーたん

文字の大きさ
上 下
26 / 30
12月・(最終章)

25・どういうつもり?

しおりを挟む

 12月上旬のある日。

 街も店内もだんだんとクリスマスの雰囲気、怪我なく工事を終えて配送工事センターに戻ってきた千早ちはやは、いつものように商品管理室へ顔を出す。


 2週間前の淡路島ドライブ…は断念して明石焼きパーティーになったものの、彼としては楽しめる内容だった。

 道を並んで歩く、狭い車内で会話する、スーパーで買い物、ツーショット撮影。

 出会ってからは2ヶ月と少ししか経っていないが、この距離の詰めかたはなかなかのハイスピードだと彼は考えている。

 なんせ毎日会えるわけでも無い、会えても会話は10分前後、それでも自分としては好意を言葉と態度で知佳ちかへ伝えてきたつもりだった。

 しかし満を辞してこれからも仲良くして欲しい旨を切に語ったら、知佳の色付いていた顔色が元に戻り、少し哀しげで困惑した表情をされた。

 何かやってしまったか、そう思ったが翌日からは普段通り、会話もするし目も合うようになった。

 今更、あの時何がいけなかったのか聞くわけにもいかず、高石たかいし美月みつきに聞いても要領を得ない。

 なんだかモヤモヤと、千早はそれでも変わらず知佳の笑顔で元気をチャージすべく彼女の作業部屋へ通うのであった。




 
 外光の入らない1階のホールの先の部屋、パソコンデスクに人影が見えるので、驚かさないようゆっくりと近づいて行く。

 窓をノックすると作業中の知佳が顔を上げた、が、そのシルエットは千早が知る見慣れたものとは変わっていた。

「…チカちゃん!それ、髪…」

 3日ぶりに会った知佳は背まであった髪を肩に少し付くくらいの長さに切り揃えていたのだ。


「おつかれさまです、はい、スッキリしましたよ」

頭を回すとサラッと髪が追いついて揺れる。

「えっ…なんやあった…?」

「いえ?なにも。失恋とかではないですよ、気分転換です。伸びすぎて面倒になってきたので」
 
「は…あぁ、そう。へぇ。そりゃ… 」

「なにか?」

「いや、言うてえな…まぁ切ってもうてるからもう…」

知佳のヘアスタイルに特別執心だったわけではないが、千早は驚きよりショックが大きく、目に見えてしょんぼりしてしまう。

「…次に切るときは言いましょうか…?」

「うぃ…」


 ぺたぺたと力なくホールへ戻って、ペアの高石も消沈したその様子に驚いていた。

 結局その日知佳が仕事を終えるまで、千早は一切商品管理室を見ることなくウツミの事務所へ引き揚げて行く。





 定時でタイムカードを押した知佳は3階事務所へ荷物を取りに上がると、休憩用の長机では白物担当・松井まついが夕方の2番休憩を取っていた。

「チカ、もう上がり?いいね」

「お疲れ様です、…エアコンは繁盛してます?」

「まぁまぁだね、ふぅ…忙しい。それよりチカ、こんな寒いのに髪切る?」

 この男は知佳の新人時代の教育担当で、日帰りドライブやホームパーティーにも誘ってくれるアクティブな先輩である。

 女性スタッフでも構わず下の名で呼ぶため、千早は勝手に彼と知佳との仲を怪しんで警戒していたりする。

 余談だが、松井は先月恋人ができたらしいが割とすぐにお別れしてしまったらしい。

「防寒のために伸ばしてた訳じゃないですよ。あと店の中なら一緒でしょう」

「まぁね。…切った髪、ウィッグ用に売れたりするんだってよ」

「あー、ヘアなんとか。ネットでも売れるけど、うちは丸めてゴミ袋ですね…」

 ヘアドネーション、医療用ウィッグなどに利用してもらうための髪の毛の寄付のことである。

 ある程度の長さが必要になるため、賛同した美容室などで切って引き取ってもらうのだ。

 個人でフリマアプリで売る人もいる、人形用や…なんらかの用途で人毛は需要があるらしい。

「…チカ、まだ自分で切ってんのか…」

松井はいぶかしげな目で彼女を見遣る。


 実は知佳は高校生になった辺りから美容院に通っていない、松井は過去にその話を耳にしていたのを覚えていたのだ。

 知佳は自分の髪の毛にお金をかけることに価値を感じない、更に美容師との対話が怠いという理由でセルフカットを定期的に行なっている。

 意外にも、このあたりのポリシーは千早と合致していた。

 みすぼらしくないようには気を付けているつもりだし、色は染めていないので社則には反していない。

「へへ、わかんないでしょ」

「それさぁ、切ることが目的になってないよな?」

松井がふぅと息を吐いて立ち上がれば、目線の高さがそう変わらない知佳とバッチリ目が合った。

「…んー、あるかも。気分転換とストレス解消も兼ねてます」

「自傷行為だよ、ほどほどにね」

そこまで言うと、松井はコーヒーを飲み干して売り場へ戻って行く。

 新人時代から松井にはお世話になっているが、こんな労りの言葉をかけてもらったのは初めてであった。


 もしや千早も、切りすぎて寒くなる事や精神状態を心配してあんな態度をとったのか?しかしセルフカットのことは彼は知らないはず。

 自分が髪を短くすることで、千早に何か不利益があっただろうか?自分などの髪型が変わることで、千早の日常に影響が出るのだろうか?知佳は本気で考える。
 
 ドライブでは笑顔や仕草に終始ドキドキした、服装を褒めてくれて嬉しかった、千早への好意を自覚して臨んだあのデートは、身に余るほどの楽しさだった。

 しかし明石焼きの中盤で宣言された千早の言葉、一言一句は覚えてないけれど知佳はそれを『友達のままでいよう』と受け止めたのだ。

 好意を悟られた恥ずかしさと烏滸おこがましい自分への自己嫌悪、せめて忍んで想うことを決意したばかりなのに…あのツーショット撮影は千早の意思で行ったものだと後で知った。


 もう訳がわからない、知佳は千早が好き、千早は知佳をどう思っているのか?それを聞ければこんなに悩んでいない。

 お互いじんわりと好意を寄せながら友達以上恋人未満の期間を楽しむ、知佳はそんな形も良いと思ってはいた。

 しかしあの宣言…延々と繰り返すループで、知佳は機嫌も気分も悪くなっていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そこは優しい悪魔の腕の中

真木
恋愛
極道の義兄に引き取られ、守られて育った遥花。檻のような愛情に囲まれていても、彼女は恋をしてしまった。悪いひとたちだけの、恋物語。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

大好きな背中

詩織
恋愛
4年付き合ってた彼氏に振られて、同僚に合コンに誘われた。 あまり合コンなんか参加したことないから何話したらいいのか… 同じように困ってる男性が1人いた

赤髪騎士と同僚侍女のほのぼの婚約話(番外編あり)

しろねこ。
恋愛
赤髪の騎士ルドは久々の休日に母孝行として実家を訪れていた。 良い年頃なのに浮いた話だし一つ持ってこない息子に母は心配が止まらない。 人当たりも良く、ルックスも良く、給料も悪くないはずなのに、えっ?何で彼女出来ないわけ? 時として母心は息子を追い詰めるものなのは、どの世でも変わらない。 ルドの想い人は主君の屋敷で一緒に働いているお喋り侍女。 気が強く、お話大好き、時には乱暴な一面すら好ましく思う程惚れている。 一緒にいる時間が長いと好意も生まれやすいよね、というところからの職場内恋愛のお話です。 他作品で出ているサブキャラのお話。 こんな関係性があったのね、くらいのゆるい気持ちでお読み下さい。 このお話だけでも読めますが、他の作品も読むともっと楽しいかも(*´ω`*)? 完全自己満、ハピエン、ご都合主義の作者による作品です。 ※小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿してます!

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

人違いラブレターに慣れていたので今回の手紙もスルーしたら、片思いしていた男の子に告白されました。この手紙が、間違いじゃないって本当ですか?

石河 翠
恋愛
クラス内に「ワタナベ」がふたりいるため、「可愛いほうのワタナベさん」宛のラブレターをしょっちゅう受け取ってしまう「そうじゃないほうのワタナベさん」こと主人公の「わたし」。 ある日「わたし」は下駄箱で、万年筆で丁寧に宛名を書いたラブレターを見つける。またかとがっかりした「わたし」は、その手紙をもうひとりの「ワタナベ」の下駄箱へ入れる。 ところが、その話を聞いた隣のクラスのサイトウくんは、「わたし」が驚くほど動揺してしまう。 実はその手紙は本当に彼女宛だったことが判明する。そしてその手紙を書いた「地味なほうのサイトウくん」にも大きな秘密があって……。 「真面目」以外にとりえがないと思っている「わたし」と、そんな彼女を見守るサイトウくんの少女マンガのような恋のおはなし。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しています。 扉絵は汐の音さまに描いていただきました。

処理中です...