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12月・(最終章)
25・どういうつもり?
しおりを挟む12月上旬のある日。
街も店内もだんだんとクリスマスの雰囲気、怪我なく工事を終えて配送工事センターに戻ってきた千早は、いつものように商品管理室へ顔を出す。
2週間前の淡路島ドライブ…は断念して明石焼きパーティーになったものの、彼としては楽しめる内容だった。
道を並んで歩く、狭い車内で会話する、スーパーで買い物、ツーショット撮影。
出会ってからは2ヶ月と少ししか経っていないが、この距離の詰めかたはなかなかのハイスピードだと彼は考えている。
なんせ毎日会えるわけでも無い、会えても会話は10分前後、それでも自分としては好意を言葉と態度で知佳へ伝えてきたつもりだった。
しかし満を辞してこれからも仲良くして欲しい旨を切に語ったら、知佳の色付いていた顔色が元に戻り、少し哀しげで困惑した表情をされた。
何かやってしまったか、そう思ったが翌日からは普段通り、会話もするし目も合うようになった。
今更、あの時何がいけなかったのか聞くわけにもいかず、高石や美月に聞いても要領を得ない。
なんだかモヤモヤと、千早はそれでも変わらず知佳の笑顔で元気をチャージすべく彼女の作業部屋へ通うのであった。
・
外光の入らない1階のホールの先の部屋、パソコンデスクに人影が見えるので、驚かさないようゆっくりと近づいて行く。
窓をノックすると作業中の知佳が顔を上げた、が、そのシルエットは千早が知る見慣れたものとは変わっていた。
「…チカちゃん!それ、髪…」
3日ぶりに会った知佳は背まであった髪を肩に少し付くくらいの長さに切り揃えていたのだ。
「おつかれさまです、はい、スッキリしましたよ」
頭を回すとサラッと髪が追いついて揺れる。
「えっ…なんやあった…?」
「いえ?なにも。失恋とかではないですよ、気分転換です。伸びすぎて面倒になってきたので」
「は…あぁ、そう。へぇ。そりゃ… 」
「なにか?」
「いや、言うてえな…まぁ切ってもうてるからもう…」
知佳のヘアスタイルに特別執心だったわけではないが、千早は驚きよりショックが大きく、目に見えてしょんぼりしてしまう。
「…次に切るときは言いましょうか…?」
「うぃ…」
ぺたぺたと力なくホールへ戻って、ペアの高石も消沈したその様子に驚いていた。
結局その日知佳が仕事を終えるまで、千早は一切商品管理室を見ることなくウツミの事務所へ引き揚げて行く。
・
定時でタイムカードを押した知佳は3階事務所へ荷物を取りに上がると、休憩用の長机では白物担当・松井が夕方の2番休憩を取っていた。
「チカ、もう上がり?いいね」
「お疲れ様です、…エアコンは繁盛してます?」
「まぁまぁだね、ふぅ…忙しい。それよりチカ、こんな寒いのに髪切る?」
この男は知佳の新人時代の教育担当で、日帰りドライブやホームパーティーにも誘ってくれるアクティブな先輩である。
女性スタッフでも構わず下の名で呼ぶため、千早は勝手に彼と知佳との仲を怪しんで警戒していたりする。
余談だが、松井は先月恋人ができたらしいが割とすぐにお別れしてしまったらしい。
「防寒のために伸ばしてた訳じゃないですよ。あと店の中なら一緒でしょう」
「まぁね。…切った髪、ウィッグ用に売れたりするんだってよ」
「あー、ヘアなんとか。ネットでも売れるけど、うちは丸めてゴミ袋ですね…」
ヘアドネーション、医療用ウィッグなどに利用してもらうための髪の毛の寄付のことである。
ある程度の長さが必要になるため、賛同した美容室などで切って引き取ってもらうのだ。
個人でフリマアプリで売る人もいる、人形用や…なんらかの用途で人毛は需要があるらしい。
「…チカ、まだ自分で切ってんのか…」
松井は訝しげな目で彼女を見遣る。
実は知佳は高校生になった辺りから美容院に通っていない、松井は過去にその話を耳にしていたのを覚えていたのだ。
知佳は自分の髪の毛にお金をかけることに価値を感じない、更に美容師との対話が怠いという理由でセルフカットを定期的に行なっている。
意外にも、このあたりのポリシーは千早と合致していた。
みすぼらしくないようには気を付けているつもりだし、色は染めていないので社則には反していない。
「へへ、わかんないでしょ」
「それさぁ、切ることが目的になってないよな?」
松井がふぅと息を吐いて立ち上がれば、目線の高さがそう変わらない知佳とバッチリ目が合った。
「…んー、あるかも。気分転換とストレス解消も兼ねてます」
「自傷行為だよ、ほどほどにね」
そこまで言うと、松井はコーヒーを飲み干して売り場へ戻って行く。
新人時代から松井にはお世話になっているが、こんな労りの言葉をかけてもらったのは初めてであった。
もしや千早も、切りすぎて寒くなる事や精神状態を心配してあんな態度をとったのか?しかしセルフカットのことは彼は知らないはず。
自分が髪を短くすることで、千早に何か不利益があっただろうか?自分などの髪型が変わることで、千早の日常に影響が出るのだろうか?知佳は本気で考える。
ドライブでは笑顔や仕草に終始ドキドキした、服装を褒めてくれて嬉しかった、千早への好意を自覚して臨んだあのデートは、身に余るほどの楽しさだった。
しかし明石焼きの中盤で宣言された千早の言葉、一言一句は覚えてないけれど知佳はそれを『友達のままでいよう』と受け止めたのだ。
好意を悟られた恥ずかしさと烏滸がましい自分への自己嫌悪、せめて忍んで想うことを決意したばかりなのに…あのツーショット撮影は千早の意思で行ったものだと後で知った。
もう訳がわからない、知佳は千早が好き、千早は知佳をどう思っているのか?それを聞ければこんなに悩んでいない。
お互いじんわりと好意を寄せながら友達以上恋人未満の期間を楽しむ、知佳はそんな形も良いと思ってはいた。
しかしあの宣言…延々と繰り返すループで、知佳は機嫌も気分も悪くなっていた。
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