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11月・恋育つ編
23・ツーショット*
しおりを挟む玉子多めで中はトロトロ、理想の明石焼きを目指して千早が生地を流し入れた。
騒がしかった美月との通話が済むと、静けさの中にTVの音が寒々しく、思い切ったように知佳が告白をし始める。
「……千早さん、正直ね、私も初対面の時に千早さんのこと『不審者だ』って思っちゃった。だからすごい…失礼な態度だったと思う。ごめんなさい」
彼女は今更、千早との初対面を思い起こして懺悔した。
「⁉︎いや、ごめんちゃうよ、その通り…怪しいからや…慣れてるって」
「か、髪は…。その怪しさの大元は髪型だと思うけど、切らないんです?」
知佳とて出会ってから聞いてみたい事はあったのだ。
ここぞとばかりに踏み込んでみる。
「あー、別にポリシーとかあらへんよ。人相を隠したいいうんもあるけどな…髪に金掛けるんが面倒で、1回行かんかったらそのままズルズルよ」
「…そっか…私と似てるな…バンドマンだからとかじゃなくて?」
「ないない、楽器でけへんよ。親には会うたびに『切れ』て言われてるわ」
「そう…」
1つ、もう1つと明石焼きの土台ができていき、知佳はポテポテと1つずつぶつ切りのタコを落とした。
「…チカちゃん、俺も質問…嫌やったら言わんでええねんけどな、」
最初にそう断って、知佳の顔を見ないまま千早は続ける。
「…その…あんま故郷には帰ってへん感じ?」
以前、千早が「いつか地元へ帰るのか」と尋ねた際の知佳の返答は歯切れが悪く、何か嫌な事でもあったのかと直感してしまったのだ。
「あー、いや…母親が交際相手と住んでるから『帰る』って感じじゃなくて」
「そうか、いや踏み込んだ事聞いたよ、すまん」
「いえいえ……その離婚が…面倒くさい時期だったから嫌な思い出が刷り込まれてて…いや、あんまりいい気がしなくて…それだけですよ」
「そら…最近のこと?」
「入社…した直後。6年前くらい?せっかく用意してもらった名札とか名刺とか、全部無駄になっちゃって、すぐ注文し直してもらって…よく覚えてます」
今なら笑って話せる、と知佳はスッキリした表情で少し火が通った生地を半分返していった。
「追加を注ぎましょう、ほら」
「ん、」
急かされて千早は空いた部分に生地を流し、知佳が更に球になるよう返して待つ。
「ふふ、結婚して苗字が変わるのを待つしか…あ、写真撮りましょっか」
「おぅ……いや、チカちゃん、」
卓上の明石焼きにスマートフォンのアウトカメラのフォーカスを合わせる知佳に、千早は思わずツッコミを入れた。
「え?」
「姉さんはたぶん、俺らの…その姿を撮れて、」
「あ!そっか、やだ…えへへ…」
「(天然ドジっ子不思議ちゃん…)先に俺撮って、」
千早は笑いを堪えながら、しかし知佳がカメラを向けると証明写真のように真顔になってピースサインを作った。
知佳はそれを高石と美月を含むメッセージグループに送り、千早は彼女の写真をちゃっかり自身のスマートフォンで撮影し、美月と知佳へ個別で送信しておく。
「あ」
その千早のスマートフォンの背には件のプリントシールが貼られており、知佳は何とも居た堪れない心持ちで焼き色の付いた明石焼きを深皿へ移すのだった。
「先、食べよか…姉さんら、たぶんSAで何か食うてるかもわからんよ」
「そ、そうですね、ツユをお持ちしますよ」
それから知佳は一度キッチンへ戻り、
「じゃーん、ポン酢でーす」
と右手の計量カップに注いだポン酢を高々と掲げて見せて、焼きたての明石焼きに惜しみなくかけた。
「おぉ、出たポン酢…旨そうやん、俺のもかけてよ」
「えー、明石焼きはお出汁ですよ?こっち」
「分かってるよ、独り占めせんと、色々食いたいからかけてよ」
左手で持ってきた温かい出汁、これもまあまあの出来だと思うのだが、希望通りポン酢を大さじでひと掬いかけてやると頬張った千早は大きな目を更に見開いて丸くする。
「…なんやこれ、旨いな!」
「でしょう、ポン酢いいでしょう」
聞けば出汁入り醤油と酢を混ぜた知佳お手製らしく、醤油だけは取り寄せてまで実家と同じ物を使っているそうだ。
「へぇ…ええ嫁さんなるで」
「料理、ダメじゃなさそうでしょ、ふふっ」
褒められて嬉しく、また知佳の口元から八重歯が覗く。
瞬間、千早の目がギラついて、獲物を視界に捉えて今にも飛び出さん獣の様に知佳には見え…だから、すぐに驚いたその口は閉じられてしまった。
「………?」
「ふん…」
それが悔しい千早はひとつ、ここで嘘をつく。
「………チカちゃん、写真な、…二人で写ったの寄越せて。さっき姉さんが」
「ム…?はいはい」
気を取り直し明石焼きを頬張っていた知佳は驚いた様子で、しかし美月が言うならと承諾する。
千早はしめしめと隣にすすすと移動し、インカメラで撮ろうと距離を詰めた。
「……」
ヨイショと膝に手をつき腰を上げて立ち上がる、千早がどの程度近づくのか、知佳にはその動きがスローモーションに感じられた。
肩も髪もカーペットについた手も触れてはいない、しかし車内よりももっと近い距離で互いの纏った空気が触れ合う。
「いくでー…」
たこ焼き器もちゃんと入るように、千早は細い腕を出来るだけ伸ばして、初のツーショットを撮影した。
「どれどれ…」
画面を確認すれば爽やかに歯を見せて笑う二人、すぐに待ち受け画面に設定したいほどの出来だった。
「よし、送れた」
これも嘘、実際に送ると何を言われるか分からないので千早は美月に送るフリだけしてみせる。
「私にも…下さいね」
と知佳も申し出るので千早は転送してやると、やはり彼女は写真と同じようにその口を綻ばせた。
「ふふっ」
すぐ隣で、息遣いまで肌に感じられるこの近距離で、知佳が八重歯を見せて笑う。
それはまったく本心からで、異性との…好きな男性とのツーショット自撮りなどが初めてだったから余計に嬉しくて笑ったのだ。
「……ァ」
「え?」
危ない、反射的に手が出かける、ふぅと息を吐いて千早はそそくさと元の位置へ座り直した。
「ンっ…早よう…高石ら来ればええのになぁ、」
どんどんと焼き上がる明石焼き、立ち込める妙な雰囲気。
「………」
知佳は完成品を皿に移し、一旦たこ焼き器を保温に切り替えた。
間を埋めてくれるのはTVから流れる流行りの曲、これがなければ柔らかい咀嚼音さえ相手に届いていただろう。
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