自己評価低めの彼女には俺の褒め言葉が効かない。

茜琉ぴーたん

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11月・恋育つ編

22・チカの城

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「チカちゃん、プライベートならタメ口でええんちゃうの」

知佳ちかの自宅近くのスーパーにて、彼女が選んだ細ネギを受け取ってカゴに入れ、千早ちはやが満を辞しての提案をした。

「チカちゃんとこの方言でもええよ?」

「相手もそうなら自然と出るんですけどね…ミツキちゃんとも標準語で話す方が多いし…ふふ、あんまり出んかな…あれ」

苦笑しながら答える知佳だが、既に訛っている事に気付いていないのが滑稽で、千早はニヤニヤと口角を上げる。

「出てんね、新鮮やな…訛ってる方が楽やろ。あ、待って、かつお節」

「はいはい…」

「あと何やろ、玉子か」

 まるで慣れた夫婦のように、二人は店の順路通りに食材を選んでカゴへ入れていった。


「…千早さん、他に何入れます?」

「タコやろ、明石焼きはそんだけやで」

「知ってるけど。色々入れてタコパでいいかと思って」

鮮魚コーナーで売り出しのタコを知佳は吟味する。

「タコパ…リア充やな…」

「ホームパーティーの会のリーダーがね、リア充で。こういう買い出しもみんなでやってて………んー…このタコで」

「ふーん…」

ボイルたこを受け取りカゴに入れて知佳の後ろを付いて歩く千早には、彼女に問い質したいことが幾つもあった。

 ホームパーティー、それはグループ交際みたいなことか。

 部屋に男を呼んで変なことしてるのか。

 あの男—名前を呼び捨てにして長電話して八重歯を独占しているアイツ—は本当に何でもないのか。

 しかしそこまで踏み込むには千早はまだ…日が浅い気がする。
 

「チカちゃん、あー…ソースは?」

「あり。常備してる!」

 ひひっとはにかんだその口元に八重歯が覗き、千早の体力ゲージがぐんぐんと回復していった。

 まずは言葉を崩した、次はコンスタントにこの笑顔が見たいと千早は張り切る。





 庶民的なマイバッグに買った食材を詰め込み、知佳の運転の後ろを千早のバイクが再び追跡する。

 ちなみにレンタカー代を出して貰ったから、と食材の会計は知佳が頑なに受け取ってくれず、奢りでのタコパとなった。


 職場からは15分ほどか、比較的田舎の方へ走った所に知佳の自宅アパートはあった。

 横に長い1棟に十世帯以上は入っていそうな2階建ての集合住宅、千早はバイクを自転車置き場の横の二輪車置き場へ寄せて置く。

 隣の世帯との扉の間隔も狭い、1階の1LDKが知佳の部屋である。


「狭い所ですけど、どーぞ」

「おじゃま…おぉ…」

 お洒落な間取りを台無しとまで言わないが打ち消すような所帯臭さ、散らかっているわけでも汚れているわけでもないのに何故かそんな雰囲気を感じた。

 本棚の本が数冊倒れていたり、ゴミ箱に被せたスーパーの袋が目立っていたり、好みが分かれるだろうがそこにはしっかりとした彼女の生活感がある。

 千早はというと、これくらいの庶民感は実家のようで心地良い、と早速より尻が落ち着く場所を探し始めた。


「適当に座って、たこ焼き器出しますから」

そう言って知佳はテレビをつけ、静かになり過ぎないように長尺の音楽番組の録画を再生しだす。

「……(かわいい)」

上着を脱いで軽装になった知佳の動きを千早は横目で窺い、今までで一番薄着の姿を見てひっそりと興奮を隠していた。

 パーカーのフードを絞る紐が揺れるのも横目で見ていて可愛いと思っていたが、下のカットソーから覗く首元に腕まくりしたひじ、普段は見られない部分が新鮮でそそる。


 リビングの座卓にたこ焼き器と買ってきたタネの材料、自前のソースと買った紙コップと紙皿を置き、それらを物珍しそうに目で追う千早に知佳は問う。

「できます?混ぜたり」

 舐めんなよ、と言いたいところだが千早は本格的な台所仕事に手を出したことがなく、せいぜい湯を沸かすかソーセージを焼くくらい。

 手伝っても「黙って見てろ」と言われるタイプの男であった。

「俺、測るんは得意よ」

「……ハイ、秤。ちなみに使い方は…?」

知佳はオレンジのキッチンスケールと、たこ焼き粉のパッケージ裏面側を見せるようにトンと座卓に置いて、キッチンへ戻って行く。

「舐めんなって、オンオフくらい読めるから」

「器の重さ、引いて下さいね」

「うん?……もちろんよ」


 大きい口を叩くだけあって千早はサクサクと計量を進め、混ぜる直前までの準備をひとりで済ませてしまった。

 知佳はその間に野菜やタコなどを刻み、千早の進捗しんちょくを見てから具材をリビングへ運び込む。


『♪~♪~♪』

 千早のスマートフォンが鳴り、手を拭いて通話ボタンをタップすると、

『ちょっと、どこ行ってんの⁉︎そこ、チカちゃんの家でしょ‼︎いきなり部屋に上がれなんて言ってないわよ!淡路島はどうしたのよ⁉︎』

と、スピーカーにしなくても聞こえる程の音量で美月みつきの声が響いた。

 じんじんする耳を一旦離し、千早は

高石たかいしから聞いてませんの?いろいろあって中止になりましてな、今しっぽりタコパですわ」

と、わざと匂わせるような言い方で楽しそうに応える。

 そしてモードをビデオ通話に切り替え、キッチンに戻って手を振る知佳を映して美月を落ち着かせた。


 この時間感覚だと、おそらく高石は知佳の電話を受けてから黙ってSAサービスエリアに停めさせ、しっかり2人で休憩を楽しんだ上で事態を告げてくれたのだろう。

 そして今は高石の運転で次のインターを目指しているところか。

『…良かった……なぁにが「しっぽり」よ!アンタ…万が一のことがあったらタカちゃん諸共もろとも会社ごとムラタから追放するわよ…」

 一介の販売員にそんな権限は無いはず。

 しかしそれも可能にしそうな美月の剣幕に押され、千早は玄関の方へ席を立ちながら小声でモンペをなだめる。

「わかってるわかってる、なんも…たぶんせぇへんよ、姉さん…安心しな、な」

『なによたぶんって!…あたし達が着くまでに変なコト……いや…まぁ…双方の同意があれば好きにすればいいけど…』

よくよく考えれば皆大人、美月は少し冷静になって声の調子を落とした。

「ひひっ、姉さん、期待には添えんよ…いきなりそんな度胸あれへん…早よ来てぇな」

『期待してないわよ!もう…』

「すまんな、姉さん…そっちもデートやったのに」

『いいわよ、また…いつでも行けるから…』

美月は万が一を危惧する割に「先に焼いて、記念の写真のひとつでも送って来い」と要求して電話を切った。


「ミツキちゃん、何か言ってました?」

キッチンで準備を続けていた知佳が、戻ってきた千早へ呑気に尋ねる。

「明石焼きの写真、撮って送れて」

「ほう…?じゃあ焼けたら撮りましょうね、始めましょ」
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