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11月・恋育つ編
18・彼女の性分
しおりを挟む知佳の恋心の成長を知る由もない千早は仕事に意欲的に取り掛かる。
もうほぼほぼ高石が片付けていたので何もする事は無かったが、バキバキの眼をした千早が怖かったので相棒は優しく話を聞いてやることにした。
「かくかくしかじか」
「へぇ…良かったな…」
「高石、今日姉さんいてるか?ちょっと電話相手の探り入れるわ」
「まだいると思うけど……姉さんて呼ばんとってくれる?」
千早はペタペタと階段を上り、白物家電のコーナーで姉さんこと刈田美月を探す。
カウンターに彼女を発見し近づくと、向こうもこちらに気付いて「あら、お疲れ様」と挨拶をくれる。
「姉さんなぁ、チカちゃんが今誰ぞと仕事の電話しててんけど、何か知らん?なんや楽しそうに笑てんねん」
「…あー、さっき丁度…あの人、松井さん。確認することがあるって言ってた」
美月がペンで指した先、そこにはご婦人相手にミキサーを売り込む好青年・松井の姿があった。
「…なんやの、個人携帯で掛けてええの?」
「普通は内線使うけど…商管室も無人な場合あるしね、携帯なら必ず捕まるし…あら、タカちゃん、お疲れ様」
そこに千早を心配して上がってきた高石も合流する。
「おつかれ、なんか分かったか?」
「チカちゃんの電話相手?あの松井さんじゃないかなって話してたとこ。さて、私もう退勤するから、移動しながら話しましょ。今夜は同僚と宅飲みなんだー♪」
そのあと美月がタイムカードを押して事務所に帰るまでに、千早は数点の情報を得た。
知佳の入社時の教育担当が松井であること、彼は男女問わず仲が良く日帰り旅行やホームパーティーを主催していること、そして知佳のことを名前で呼び捨てにしていること。
千早は何となく、あの日マッサージチェアで聞いた男の声は松井だったのではないかと踏む。
確証はないし、取る気もないし、そうだったところでどうするわけでもないのだが。
ただ、美月から
「あの人はチカちゃんには親心みたいな感じで、恋愛のそういう感じにはなったことないわよ。チカちゃんも『絶対無理』って言ってたし。千早さん、チャンスなくはないわ」
と背中を押されたので少し気が大きくなる。
さらに、知佳の自己評価が著しく低いこと、人見知りであることを美月は丁寧に伝えた。
明確な言葉で伝えねば「お世辞を言わせてしまってスミマセン、私なんかが勘違いしてスミマセン」で流されてしまう、なるほど今まで「可愛い」と伝えたのに照れるだけで響かなかったのはその為かと千早は納得する。
「逆に言うと、どれだけ誉め殺ししても『好きだ・付き合ってくれ』を言わなければフワフワした関係を続けられるってこと…かもよ?」
「なるほど」
実際、ついさっき知佳は千早への恋心を自覚したのだがそんな事は本人しか知らないこと、美月からまぁまぁ有益な情報を貰い千早は売り場を後にした。
1階へ降り、横目で商品管理室を見るとニコニコと書類を片付ける知佳の姿があった。
ホールの端からあの部屋まで30メートル以上はある。
しかし建物から出る間際に室内の知佳がこちらへ顔を向けたのが見え、千早は咄嗟に片手を挙げてヒラヒラとサヨナラをした。
「(またね)」
千早に気付いた知佳が慌てたように顔の横でぶんぶんと両手を振って挨拶を仕返してくれたので、彼にしてみると今日はもう充分だった。
彼女は自分とのドライブを「デート」に分類してくれたし、便宜上でもそう認識してくれて嬉しかったのだ。
ただ、後から来た高石にも知佳は同様の対応だったので、この挨拶は格別なのではなく、遠くの人に対するある種のジェスチャー的なものであろうと推測できた。
「あの子はええ子やな、俺にまで…」
「遠いからな、お前は俺のおまけや。早よ帰んで…なんか食おうや…あと出発時間とか決めよ」
「せやな」
・
千早は高石と食事をして帰宅後、日付が変わるまでにメッセージを1件、4日後に控えたドライブの待ち合わせのお知らせを知佳へ送信した。
当日朝にムラタの駐車場に停めさせてもらい、歩いて3分ほどのレンタカー屋で車を借りることにしたのだ。
予約もできたし、普段乗らないセダンにしたのでワクワクするし、メーカーサイトを覗いて機構やスペックを調べたりもしてみたのだった。
『おつかれさんです
月曜は、10時にムラタの駐車場集合で
よろしく』
まるで業務連絡だが、送ってすぐに既読が付き、「OK」と文字の書かれた可愛いウサギのスタンプが返ってきた。
「かぃらしいな、」
それ以上の会話は無かったが、二人のトークルームを彩ったこのウサギを割と長時間愛でて、千早は寝床に着くのであった。
・
「あんな返事で良かったかな…子供っぽかったかな…」
既読のみで返事は来ず、ふぅと息をついた知佳はふらふらとベッドへ倒れ込んだ。
チカも成人して8年は経つ立派な大人だが、千早はそれより5つ年上なのである。
普段は意識しなかったが、何故だろうかあの目尻が下がった笑顔、そして支配するような物言い。
思い当たるのはそれくらいだが、いづれかが引金になったのだろうか。
「私は…Mなのか…?年上スキーだったっけ…?それともギャップか…?」
それは単純に累積した「好き」がコップの縁から溢れたのが今日だった、というだけの事なのだが、知佳は気付くことは無い。
彼女は出会ってから今までの千早との触れ合いを思い出し、ときめきポイントを集計してみるのだった。
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