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11月
14・姉さんの謀*
しおりを挟む「………ふむ」
美月は会話しながらも、正面の千早を観察していた。
4人で会話しているようだが、この男は会話中以外は目線を知佳から外さない。
特に知佳が笑った時は食い入るようにその顔を見つめている。
確かに営業スマイルでは見れない彼女の八重歯はとてもチャーミング、しかしそんなに気になるものなのか。
「ハッキリしたアタックがあったら考えよう!」、知佳にはそう言ったが、これは察してあげないと可哀想だ…匂わせどころかこんなにも明らかに、しかも熱烈に気にかけられているではないか。
知佳においては「ハッキリとした」のラインさえもハードルが高かったのか、美月はまだ修行が足りぬとばかりに小さくため息を鼻から逃した。
千早は実際に会ってみると見た目の雰囲気は置いておいても友好的だし尖った感じは男らしくて決まっている。
知佳は彼の存在をさほど嫌がっていないし、話を聞く限りではむしろ雰囲気や言動に魅力を感じている。
時折どぎまぎとして頬を染め、はたから見ればどう考えても両思いなのだ。
しかし知佳から動くというパターンは念頭に無いらしいし、発展するには非常に時間がかかりそう…なんせ、知佳は自己評価が著しく低い保険張りなのだから。
テーブルの下でスマートフォンをつつき、美月は高石へメッセージを送る。
『この二人、両思いじゃない?』
『せやね、ちかちゃんもそんなかんじ?』
『話を聞く限りではちはやさんに惹かれてる』
『けどおれらにはどうもできんな』
思春期の学生じゃないんだから…、少し揺すぶってみようか、と美月は勝手に考えていた。
・
食事も進み、千早と美月が続けてトイレに立ち、席に知佳と高石だけ残された。
「…チカちゃん、千早はあんなんやけど、ええ奴やから。仲良くしたってな」
高石に済まなそうにお願いされ、
「はぁ、最初は怪しいと思っちゃいましたけど、悪い人ではないと思ってます。面白いし」
と、知佳はつい本音を漏らす。
「今日も、普通に商管室で誘おうと思てたんとちゃうかな、メシとか。今日のコレは俺の発案やねんけど」
「あー、」
「正直やで、いきなり二人きりやったらチカちゃん来ぇへんかったやろ?」
「ハイ。あ、いや、人見知りなもんで。でも断れもせずに無言で気まずかったでしょうね」
「なら、これで良かったんかなー…」
「まぁ」
「あの、あくまで親睦を深めようってことね、友達として仲良うしたって」
「はいはい」
そうしているとトイレから2人が時間差で席に戻って来て、美月が壁際に置いてあったメニュー表に手を伸ばしかけた。
「ほちぼち、デザートにしよっかぁ…あら、チカちゃん見て。これ」
彼女は壁に貼ってある、地元企業主催の『婚活ツアー参加者募集中!』のポスターを指差す。
知佳の視界にも入ってはいたが、別段気にしていなかった。
「チカちゃん行ってみたら?いい人居るかもよ」
「えっ」
「ハァ?」
想定外の提案に面食らったのは知佳と千早の2名。
「……(ミーちゃん?)」
何か策があるんですか、高石は目玉だけキョロと動かして全体の空気を読んだ。
美月は目を凝らし
「中華街からハーバーランド・明石焼き体験・夜景、だって。丸1日の駆け足なバスツアーね、ほら、そっちも」
と読み上げ、次は隣に貼ってある街コンのポスターを指す。
こちらも民間のイベント会社が主催する物らしく行き先は淡路島、フリー素材なのか過去の参加者なのか派手なパリピの写ったデザインのポスターである。
「チカちゃん淡路島、行ったことある?」
「いや、未だにないけど」
「いいじゃない、観光がてらさ、なんならあたしも付いて行こうか?」
「ミーちゃん!」
思わず高石が割って入るも美月は「お前じゃない」と一瞥し、千早をチラと窺って続ける。
「…付き添うだけよう。ね、いいんじゃない?女性は無料だって…淡路島。軽い気持」
「そんなチャラついたん、やめとき。変なやつ居んで」
千早が頬骨をグイと持ち上げるように頬杖をついて、イカれた提案に食い気味に待ったをかけた。
眉間のシワ、歪ませた目、不快感が顔にありありと表れ、それを待ってましたとばかりに美月は応戦する。
「あら、そう?こっちの婚活のは、少しはフルイにかけるんじゃない?男性は倍の参加料金だし、身元証明必要だって」
「釣書で性格は分からへんよ、夜景なんか特に雰囲気に流されて変なんに引っかかんで」
「その性格を判るために、街を一緒に歩いたり、色んな経験をしよう、ってんじゃない」
「どんな経験や。その浮ついたポスターからして本気度が感じられへん。遊び人集めたいだけやろ、ヤリ目ちゃうの、こんなん」
「真面目な人も来るかもしれないじゃない。ピンとこなかったら、割り切って観光して帰ればいいんだし」
知佳と高石は鍋の上の激しいラリーをハラハラしながら目で追う。
知佳においては「私がフリーなばっかりにこんな争いに…」と自分を責め始めていた。
「んな手間暇かけた博打打つより、家で肉まん食うてた方がええやんけ」
「実際に歩いて食べるんじゃ、美味しさが違うじゃない。ま…見た目が不審者な男は書類選考でポイでしょうね。ある程度の人はそろってるんじゃなぁい?」
不審者、それは言わずもがな千早のことを指していた。
「…うわべだけ繕った奴、碌なもんやないで。軽い気持ちで集まるんは尻の軽い奴や…見た目べっぴんさんでもな。カッコつけに惚れても、遊ばれて終わりやろ。クリスマス過ぎたらポイされんちゃうかー」
過去の悲惨な恋愛を見てきたように語る千早に、美月は爆発寸前である。
「…声も掛けられないでグジグジ腐ってるタマなしは、家で明石焼き焼いてりゃいいのよ!」
「皆が姉さんみたいなチョロい女なら楽やろうけどなぁ、」
卓上で両者の視線がバチバチとぶつかり、2人とも表情は笑っているが千早の口角はヒクヒクと釣り上がり、美月のこめかみには青筋が立つ。
美月のことだから何か考えがあるのだろうが、千早にdisられてまでこの茶番を続ける意味は無いだろう…高石がそろそろ千早を怒ろうかというとき、
「…そんなに言うんならぁ、千早さんがチカちゃんを連れてってあげてよぅ」
と美月が決定打を放った。
「あァ?」
「えっ」
千早・知佳、それぞれが間の抜けた声を出して時が止まったかのように静かになる。
双方の反応を見た美月は
「淡路島、休みが合うときに。ね?嫌?」
と尋ねれば、その聞き方は卑怯だろうと千早はずぅんと目玉の色が暗くなった。
しかし流れに任せて
「い、嫌ちゃうよ、………行く?」
と尋ねれば、知佳は平静を装いつつ
「……行、く…(しか答えが無いんですが)」
と答える。
「決まりね、はい、二人とも休み予定教えて、決めとかないと話が流れちゃうからね、ほらほら」
翌週の月曜がお互い休みだったのでそこに決めさせ、とりあえず役目は果たしたとばかりに美月は高石へとびきりのウインクを送った。
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