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11月

10・俺の知らない人間関係

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 前日準備もひと段落して配送員が自社事務所に帰り出す18時過ぎ。

 ポケットの煙草に手を触れた千早ちはや高石たかいしが声をかける。

「おう千早、社長から印刷用紙買うて帰れて連絡あったから、売り場行くで」

「お前ひとりで行ってこいや。どうせナントカちゃん通すんやろ?」

「いや、会社の備品やから、法人カウンター行くで」

「俺ら、作業着やと目立つやろ」

「お前が目立ってんねん。髪くくれ、行くで、量あんねん」

「んー…」

「コーヒーチケット貰うたら、タダで飲めんで」

「さよか」

無料のコーヒー、魅力的なワードに千早が重い腰を上げて髪を縛る。


 配送用の安全靴から私物のスニーカーに履き替え、ぺたぺたと音を立てながら従業員通路から階上へ、バックヤードを通過して売り場へ出た。





「あれ高石くん、どうしたの」

冷蔵庫売り場から壁に沿って黒物売り場へ、様々な番組が映る壁一面のテレビ、そこで黒物フロア長・守谷もりやが声をかけた。

「ちょいと、法人でお使いですねん」 

「そう、おつかれー」 


 配送・修理カウンターに突き当たると、またそこに沿って店の中ほどへ歩く。

 法人事業部のカウンターには所長・清里きよさとじゅんがひとり、他の客の対応をしていた。

「あ、高石さん、少々お待ち下さい」

 他の客の手前かしこまっているが、潤と高石は先日のハロウィンで知り合いになっている。

 更に潤の夫・飛鳥あすかと高石は親交があったため、家族ぐるみの付き合いをしているのだ。

「あぁ所長、構わんです、待たせて貰いますー」

「高石、あれ、所長か?えらいべっぴんさんやな。お前贔屓ひいきのナントカちゃんとええ勝負や」

カウンターに腰掛けた高石に、千早は立ったままこそこそと話しかける。

「ミツキちゃんと?確かに雰囲気似てるな、背も高いしな、」

「ふーん、あのギャルの中に居った?」

「いや、カウンターで見えへんけど、今お腹大きいから、仮装はしてへんかったよ」

「…!妊婦かいな!あ、ほんまや…へぇー、頑張らはるね…」





「おい、その辺プラプラして来るわ」

そのまま2~3分待ってみた千早だが、どうも手持ち無沙汰でキョロキョロと辺りを見回し、何か無いかと散策に出ることにした。

「迷子になんなよ」

「うぃー」


 以前は中央にブランドや日用品コーナーが展開されていたはずだが、今はそれがぎゅっと縮小されて、代わりに家具が並んでいた。

「書籍も無くなってるな…変わるもんやな…」


 接客を受けても面倒なのでひと所に立ち止まらずにウロウロしていると、通りの向こうにマッサージチェアコーナーを見つけ、疲れた体がしめしめと吸い込まれていく。

 千早は通路から一番近くて一番高価な椅子に靴を脱いで腰掛けた。

 手元のスイッチを入れると背骨に沿ってセンサーが動き、個人に合った揉みほぐしのプログラムを組んでくれる。

 ピッピッと電子音が鳴り、開始ボタンを押すと全身マッサージが始まった。

「ぉー…」

 足先から手先に至るまで器用にエアで包まれ、千早は恍惚の表情で小さく声を漏らす。


「(猫背、改善せぇへんやろか…)」

 目を閉じてゴリゴリと回る揉み玉の次の動きを想像していたその時、

「チカ!」

と知った名前が耳に入り、千早はパッと目を開けて振り返った。

 男の声、それは5メートルほど後方の商品棚の間から発せられたようで、その声の主の頭だけ棚の上から覗いている。

「はーい」

 そこに馴染みのある女性の声が聞こえた…知佳ちかの声である。


 気付かれないようもう少し身を乗り出すと、男性スタッフと知佳が談笑しているのが見えた。

 伝票の入ったカゴと宅配便の小箱を手にして、楽しそうに目尻を下げ八重歯が覗く笑みで、それは男に向けられている。

 時折聞こえる「チカ」という馴れ馴れしい呼び方、自分が知らない人間関係がそこにはあって、千早はぽかんと口を薄く開いたままマッサージチェアにかけ直した。

「………」

 腹の中でちりちりとくすぶるものを感じ、千早は靴を履き直して静かにマッサージチェア売り場を後にする。


 来た道を引き返し、高石が待つ法人カウンターへ合流すると、身重の潤が手押し台車を準備してくれているところだった。

 高石がその台車へ印刷用紙を4箱積む。

「おぅ、戻ったか。積み込みは手伝えよ」

「…うぃ」

「高石さん、千早さんも。これ。2杯貰えますから、どうぞ」

潤がマタニティワンピースのポケットからコーヒーチケットを取り出して千早に渡してくれる。

 これを使えば、入り口近くのカフェスペースでコーヒーを頂ける、これが千早の当初の目的物であった。

「したら、これ飲んでからまた来ますわ、所長」

「ううん、これ、レシート付けてホールに降ろしときますね、」

「あー、ええっすよ、自分らでやります」

「いえ、少しは動かなきゃ」


 いたわってくれる高石の提案を断り、潤が台車を押してバックヤード側へゆっくりと移動していく。

 今何ヶ月だろうか細い体に大きなお腹が重たそうで、男2人は直視するのも失礼かとすぐに動いた。

「…すんません、じゃあお願いしますわ。無茶せんとって下さいよ」

「はい、ゆっくり飲んでいって下さい」





 所長の厚意に甘え、高石と千早は店舗入口側のカフェへ向けて歩き出す。

 至る所で顔見知りに会う高石に対し、千早は

「お前は社交的やなぁ…」

と感嘆ともとれる言葉を投げた。

「まぁな、」

「ふーん…」

「なに、何やあったか?」

「……さっき、そこでチカちゃん見てん」

「おぉ、良かったやん、あ、吹竹ふきたけさん、お疲れ様ですー。ホットを2つでー」

カフェカウンターで高石がチケットを出しコーヒーを注文する。

 メガネのお姉さんと少し会話を交わし、店内は飲料を持って歩けないのでテーブルに着いて頂くことにした。

「お前…あのお姉ちゃんも知り合いかいな」

「吹竹さんな、ここよう使うてるからな…んで?チカちゃんに会えたんなら良かったやん」

「会うてへん、遠巻きにな、見てたら、他の男…スタッフと笑いながら話してな、歯ぁ見せててん」

「歯?」

「歯ぁや、八重歯。俺と話しとっても、あんな笑わへん」

「…お前そら、その人とは付き合いがそれなりに長いんちゃうの?」

「せやろか」

「おぅ、多分やけど、あの子人見知りやろ。人と話してる時に目ぇ合わさへん」

「…お前、よう見てんな」

「俺は社交性の塊やから。元々は売り場やったらしいから、理由があって事務になってるんかも知らんよ」

「……なんで知ってんねん」

「うちのミーちゃんが言うてたよ。広島出身同士、バイトも一緒やって…昔から仲良いねんて」

「ほうか…」

 はて、いつから呼び名が「うちのミーちゃん」になっていたのか、高石は普段の呼び方を隠すこともしなくなっていた。


 気になるようで聞きたくもない千早の喫煙欲は高まり、残りのコーヒーを腹へ一気に流し込んだ。
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