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11月

8・夕暮れと飴ちゃん

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「……おい、」

 この日彼らが朝から家電の配送に出て、最後の配送が済んだのは17時を回った頃だった。

 店への帰路に着きながら、運転席の高石たかいしが助手席の千早ちはやに話しかける。

「千早、もう着くで…おい、先にゴミほかすからな。起きてろよ」

 家電製品は梱包ゴミが大量に出るため、配送から戻るとまず車内の段ボールなどをゴミ倉庫へぶち込むのだ。

「んー?ん」

「お前さ、俺の力のお陰で2階上げも降ろしも事故なくできてんのにさぁ、感謝とかそういう気持ちはあれへんの?」
 
「あるよ、ほんま楽して稼がせてもろてありがとう思てます」

「その感謝がありながら、運転までさせてんのをどう思てんの?」

「ぃやー、助かってます、おおきに」

「ボードから足下ろせ、専務のトラックやねんぞ」

「ばれへんやん」

「まじで、ペア外してもらうからな……店着いたぞ。起きろな」

「…すぅ…」

「!おい、あれ、倉庫の前に居んの、チカちゃんとちゃうの?」

「っなに⁉︎」

 配送は通常ツーマン出動で、千早は助手席を大きく倒してダッシュボードに足を乗せ、プールサイドチェアの雰囲気で座って(寝て)いたが、がばと身を起こす。

「………せやな。後光差してるわ。女神やね」

「それ仏さんちゃう?あと夕陽やな」

「てか、お前がチカちゃん言うなや」


 高石・千早の配送車輌が駐車場に入り倉庫前へバックで停車し、同時にドアを開けて千早は飛び降りる。

 高石が何か喋ったと思うが千早の耳には聞こえなかった。


「お疲れさん、チカちゃん、なんか食いもん持ってへん?腹減ってん」

 彼は例によって気怠げに、ゆるゆる知佳の方へ歩いてくる。

 挨拶+親しげな要求、コミニュケーションの積み重ねで二人の距離感は確実に縮まっていた。


「おつかれさまです。んー、飴ちゃんなら」

 ちょうど知佳も夕方のゴミ片付けに出ており、敷地の端にあるゴミ倉庫から台車を押して戻ろうという時だった。

 知佳はポケットに入っていた飴を無作為に掴んで渡す。

 飴ちゃんはコミニュケーションツールとして常に携行している、今日の飴ちゃんは果物味のソフトキャンディである。

「ええやん!ちょうだいな。おおきに」

千早は受け取るとすぐに開封して口に含み、チュイチュイ音を立てて口の中で転がした。

「ふふ」

男子中学生に向けるような種類のものであるが、知佳は大の大人に対して「無邪気で可愛い」と正直思っている。

 そして彼女には兄弟は居ないけれど、居たらこんな感じなのかなと想像するくらいには近しい存在になれている。

「包み、貰いますよ……!千早さん、背高いですね…初めて立ってお会いするかも」

そういえば窓を介さずに会話するのは初めてで、近くに立つと彼は案外背が高かった。

「確かにな、ワシも、椅子とセットのチカちゃんがほとんどやったから…新鮮でええな。背ぇは…175センチはあるかな、そこまでやないよ」

「おい、千早何してん!手伝えや!」

運転席から降りた高石が、荷台でゴミ捨ての準備を進めながら千早を呼ぶ。

 高石は185センチを超える大男で、千早よりかなり力が強い。

 千早よりムラタ歴は長く、2人は同郷だし仲が良いようだ。

 「そうか、高石さんと並ぶから小さく見えがちなのか」、これは知佳の心だけに留めておいた。


 今日の車輌は2トンのバンタイプ、開いた後方扉からはペタンコの段ボールが十数枚見える。

 知佳は手押し台車を端に寄せ、トラックにもう少し近づいて

「高石さんも、甘いの平気ですか?」

と適当に掴んだ飴を差し出した。

「あら、俺にもくれんの?何味?」

「あじ、」

そう聞かれてハテと思い、知佳はポケットから持てるだけ掴んで出し、掌に広げて高石に向けて掲げる。

「限定のリンゴ、青リンゴ、イチゴ、メロン…ですね」

 高石が荷台から身を屈めて知佳の手の上の飴ちゃんを確認し

「ほなねー、限定のリンゴ貰おかな。ありがとうね」

と1つ摘み取れば、

「…!おい、おい、おい待て高石」

千早が憮然たる面持ちで声を上げた。

 怒りなのか落胆なのか分からないが、目を剥き唇を歪めて開き、いつになくパンクな表情である。

「おいおいチカちゃん、味選べんのかい」

「忘れてました」

選べるならその距離感で自分にも選ばせろ、高石とのキャッキャウフフな一幕を見せられた千早は苛立っていた。

「もいっこ、ちょうだいよ」

「何味にします?」

「そら、限定のリンゴやろ」

「さっきのが最後でした」

「おぅ、タカちゃん、リンゴ味よこしてちょうだい」

「食うてもうた」

「…チカちゃん、どうしてくれんの?リンゴ味」

「……2つ取っていいですよ」

「ちゃうねん、俺はリンゴ」

「分かったから早よ手伝えや!困ってはるやないか」

 荷台から高石が再度声を掛ければ、千早は

「チカちゃん、リンゴ味の恨み、忘れへんからな。高石、お前もじゃ!」

と溶かした飴の残る口で恨み言を吐く。

「食いかけでよけりゃやるて」

「要らんわボケェ!チカちゃん、覚えとけよ!」

知佳に向き直して捨て台詞を吐き、彼はノソノソと荷台に飛び乗った。


「……」

 別にリンゴ味にこだわりがあるわけではない、知佳から貰えるものは何だって美味しいし嬉しい。

 しかし一度噴火してしまった勢いを自身で鎮めることができず、高石とまとめて知佳にまで汚い言葉を吐いてしまった。

 こんなやりとりをするにはまだ早かっただろうか、言葉遣い故に本気で怒っていると思われてなかろうか。

 千早はずーんと沈んだ状態で段ボールを倉庫へ投げ始め、知佳は台車を押して館内へ戻っていく。



「……」

 背中の向こうから聞こえていた、彼女が押す台車の音が遠くなった。

「ショック受けるくらいなら怒らんかったらええのに…千早くんよ」

「はぁ?ほっとけ、ええとこやねん…あの子めっちゃ可愛いねんぞ、饅頭チンして食べよんねん。可愛いやろ」

「あー、それは俺もたまにやるけど…食の趣味合いそうやな、今度メシでも誘ったら?」

「………来てくれんやろ。てか、そういう間合いの詰め方せんでも、この何でもないのが楽しいねん」

「んな中学生ちゃうねんから。他の奴も誘おか、俺の彼女とか…んで、ドカンと当たって砕けてまえばスッキリするやん」

「え、俺砕けんの?」

「OK貰える思てんの?」

「…ちょい、高石降りろ、やったろやないかい。お前素手で来いよ」

「ほー、俺に勝てる思てんのか、……千早、工具箱は離せ。死んでまう」


 2人がゴミを捨て終わった時、夕日はもうすっかり沈んでしまっていた。





 ようやくゴミ捨てから戻ってきた千早と高石は長机に伝票を並べ、地区ごとに分けてルートを決めていく。

 知佳は作業がひと段落したので、また伝票を回収しに売り場へ向かおうと部屋を後にした。


 そして10分ほどで所用を済ませながら売り場を一周してまた1階へ戻ると、配送工事センターの前の資材置き場で千早がゴソゴソと何か作業をしているところだった。

 後ろ姿は背の中程まである長い髪が女性っぽい、しかし猫背でガニ股で長い手足もやはり男性的で…やはりグッとくるものがある。

「…なにかいいものでもありますか?」

「チカちゃん、俺ドロボウしてんとちゃうよ」

 千早はエアコンのドレンホースをクルクルと数巻きしてオーバー気味に苦笑して見せた。

「ふふ」

「明日、久々にエアコン工事に変更になってん」

「…エアコン!千早さん、工事も行くんですか?」

「おぅよ、元々が工事要員よ。今は工事減っとるから配送も出とるけどね」

「ほー…」

 正直、この細さで配送は無理があると知佳は思っていた。

 男の人は細くても一定のパワーが備わっているのか、それとも見えないだけで上腕筋が発達しているのか、とも。

 工事担当なら納得である、それでもエアコンの室内機も室外機も充分重たいのだが。

「なによ」

千早は知佳を半身で振り返り、ニヤリと口角を上げる。

「いえ、すごいなーと…技術職。私、特別な技能とか持ってないので」

「すごないよ、みんな持ってるよ。なんかそれ、ワシのこと見くびってた?」

 ちなみにエアコンの設置は無資格でも出来なくはないが、回路の増設や電圧切替、溶接などの作業も含むため、工事スタッフとして働くには資格が必須である。

「いえいえ…その、明日急に、ってなっても対応できるのとかが、プロっぽくていいですね」

「はは、そらプロよ。俺らは伝票の指示通りに施工するだけよ…ワシらが作業しやすいように伝票打ち込んでくれてんやろ、チカちゃんたちが。俺、チカちゃんの伝票分かんで、入力に癖というか漢字とカタカナ遣い分けて読み易くしてくれてるやろ、そういうのもプロちゃう?助かってるよ」

「……あ、ありがとうございます……頑張って下さい」

「あいよ」


 千早を見る知佳の眼差しに尊敬の念がプラスされ、それは彼の活力となった。

 仕事にハリが出る活力源、それでも充分なのに、さらにここから発展させるにはやはりアクションを起こすしかないのか。

「振られたら、また配置換えやな…」


 保険を確保しつつも、まだまだこの心地よいモラトリアムを楽しんでいたい千早であった。





 さて一方、商品管理室に戻った知佳は急ぎの伝票だけ仕上げて、あとは翌日に回し帰り支度をする。

 ホールを見ると千早ももう居なくなっていた。

 知佳が作業に没頭していると、千早は大体無言で帰ってしまうのだ。


 飴ちゃんひとつにムキになったり、専門的なことをサラッとこなせたり、千早の自分に無い部分に惹かれ始めている。

 そして知佳の仕事、誰にも褒められることが無い自分の仕事を識別して理解して、讃えてくれた、そこが嬉しかった。

 千早と別れてから今も続いているどきどきわくわくするこの胸の高鳴り、高揚感。

「なんだろ…楽しいな」


 まだそれが恋愛には直結しないものの、千早のアプローチがやっと芽を出そうとしている。
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