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10月

6・情報管理*

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千早ちはやさん!」

「ん?」

初のお呼ばれにニヤッとしたがすぐに顔をつくろい、千早は商品管理室の窓へ戻る。

「なにぃ?チカちゃん」

「あの、ハロウィン写真あげるんで、好きなの選んで下さい」

「…ええの?なんで?」

「いえ、あのー…千早さん、私のじゃなくて他の子のが欲しかったんですよね、すみません、気が利かなくて。それぞれアップのとか、ツーショットとかいろいろあるんで。残りの子、みんな売り場なんですけど、普段もほんと可愛い人なんで。あ、皆彼氏持ちか既婚者なんで目の保養にしか使えませんが…」

知佳ちかはハロウィンフォルダの写真一覧を表示し、スマートフォンごと差し出して謎の売り込みをかける。


「他の子やのうて…いや、まぁそう…伝わってへんな…」

「何がですか?」

「いや、ええわ」

 良いような悪いような、割と真っ向からアプローチを掛けたつもりだったが匂わせにもなってないらしい。

 千早は少し引き気味に知佳からスマートフォンを受け取った。



「うわ…かぃらしいなぁ…、絶景やん」

「良かった」

もちろんこの賛辞は知佳に対して贈られているのだが、当の本人は意に介さない。

「……(響かへんな)…ほな、コレ…コレ…かな……目の保養ねぇ……ちょうだいね、ええよ、通信で送るから」


 千早は知佳のスマートフォンを慣れた手つきで操作し、数枚送って、無事自機で受信したようだった。

「…おおきに。はかどるわ」

知佳にスマートフォンを返して、千早はまたにっこり笑って長机へ戻っていく。

 その後ろ姿に

「SNSとか載せちゃダメですからねー」

と知佳が一応注意をすると、千早は振り返らずにヒラヒラと手を振って応えた。

 どの子が好みなのかはわからなかったが、気に入ってもらえたようで、知佳は胸を撫で下ろす。





 数分後、千早たちが長机での作業をしていると高石の彼女の美月みつきが売り場から降りて来た。

 高石が言うようにキツそうな長身美人、ギャル写真よりむしろ仕事中のメイクの方が土台が際立って迫力がある。


 美月はこちらへしなやかに近づき、千早の向かいに座る高石の頭を背後からいい音でしばいて、知佳のいる部屋へ入って行った。

 千早でもそこまではしないのに、豪胆ごうたんな女である。

「おい高石。ニヤニヤすんな。このドMが」

「うーん、脳みそが揺れたわ。きっと俺、愛されてんちゃうかな」

「あれ愛情表現なん?あんなんがエエの?」

「千早、相手が喜ぶ事をする、それが愛や。すなわち、これは愛や」

「ふーん。仕事しよか」





 商品管理室に入った美月は、知佳に不満げな顔で話しかけていた。

「チカちゃん、あたしのお客さん、商品入ってないんだって?」

「うん。先月の台風で部品工場が止まってるみたい」

「まじかー、待ってもらえるかなー。パソコン借りるね」

 席を交代して作業しながら、知佳は納期確認を見守る。


「あー、年末だわ。電話借りるー」

「どぞどぞ」

 窓の向こうでは、高石が頭をさすりながらこちらを確認していた。


「……はい、では入荷次第ご連絡致しますので…はいぃ、失礼しますー」

美月は室内の電話機でお客様に連絡を取り、納期を伝えてなんとか待ってもらえる方向で話が付いた。

「あー、えかった。ええ人。待ってくれるってさぁ」

美月は伝票に納期を書き込んでレターケースへ収め、同郷の知佳へ少しなまった言葉で気の抜けた姿を見せた。

 キレイ系の見た目とのギャップ、知佳は日ごろからこれにすごく萌えている。

「相変わらず高石さんと仲ええなぁ、」

片方が訛りだすと感染するのが体に染み付いた習慣だ。

「…んー、実はな、この前から付き合いだしたんよ…♡この前もハロウィン行くって聞かんくて、あいつ来ちゃって、ゴメンね。ギャルの発案者、タカちゃんなんよ」

「そうなん?良かったなぁ、そっかぁ、ついに合コンも卒業じゃね…(相方に写真を送ってることがバレたら、高石さんがもっとしばかれそうだ…)」





「お、女同士なら笑うて話してるな…」

知佳と美月の談笑、千早はそこで久々に知佳の八重歯を遠目にだが見ることができた。

「あの2人は仲ええからな」

高石が作業の手を止めずに補足説明を入れる。

 そうこうしていると用事を済ませたゴキゲンな美月が商品管理室から出て来て、

「えい」

と、もう一度高石のデコをしばいて売り場へ戻って行く。

 真っ赤な痕がつき、しかし高石は「ほほほ」と恍惚の表情を浮かべた。

「お前きしょいのー」

「…愛やな」

「しばいた後の手ェ、ズボンでゴシゴシしてはるよ」

「愛やな」

「ほうか」





 美月が去った商品管理室で、知佳はひとり会話の余韻に浸りながらふぅと息をついた。

 ギャル仮装した中でもとびきりの完成度だった美月、高石と仲が良いということは、彼らがカップルであることも千早は当然知っているだろうか。

 ならば千早の目当ては美月ではないだろう…また機会があれば、だれ推しなのか話してみたい、と知佳は思った。


 しかしふぅっと再度息を吐き、作業に戻ろうとして1つ疑問が残る。

「………………はかどるって、何に…」

 自分が渡した誰かの写真が良からぬことに使われているかもしれない、知佳は自分の情報管理の甘さに今更青ざめる。

「(出会い系のアイコンに使ったり…いや、男性だからんなことしないか…)」

 しかしSNSには上げないと同意してくれた千早を信じるしかない。

「(みんな、すまん…)」

 非常ドア越しに雨の音が聞こえてくる…これは当分止みそうにない。





 千早たちがホールでの作業が終えた時、振り返った商品管理室は空だった。
 
 長机の横を通って出て行ったのだろうが、千早は珍しく作業に集中していて気づかなかったようだ。

「次はいつ会えるんやろか」


 千早は貰ったシールを財布に移し、雨の中を高石の運転する社用車で店を後にした。



つづく
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