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10月
5・目的は何
しおりを挟むある日の夕方。
「おつかれー!」
配送から戻った千早が、商品管理室の窓を開けて知佳へ挨拶を投げる。
「ゎぁ…おつかれさまです。雨、大変だったでしょう」
今日は朝から酷い雨だった。
ただでさえ祭日で交通量が多いのにノロノロ運転で国道は大渋滞、配送員も皆いつもより遅い帰還だった。
濡れるし汚れるし雨の湿気で髪はうねるし、しかしこうして労いの言葉をかけてくれる意中の女性が居るだけで千早の心は晴れる。
2回目の出没から5日ぶり、千早は言伝も持たずにシンプルに知佳を訪問してきていた。
「まぁまぁよ。…それよりチカちゃん、気になっとってんけどな、なんでハロウィンはギャルやったん?」
千早は距離感を弁えず、高石から買い取ったギャル写真の話をついに知佳に切り出した。
「は」
思わぬ相手から思わぬ内容の話題を振られ、知佳はキーボードを叩く手元だけでなく全身の動きが止まる。
この10月の初め、若手だけで棚卸しお疲れ会を催した際に何故か幹事がハロウィンも兼ねると言い出した。
ただでさえ体力が消耗している棚卸し後だ。
手間とお金を掛けて潰しの効かないグッズを買うのは億劫で、「自前の服装とメイクで乗り切ろう」と女性陣は結託した。
普段より5割増で化粧を濃く・太く・鮮やかにし、つけまつげも盛り、やり始めると皆乗り気になってきて、制服・ロリータなど各自の趣味?が覗く仕上がりとなった。
ちなみに知佳は、リクルートスーツに黒タイツとヒールでお手軽ギャルOLに扮していた。
「(あれを見られた…)」
恥部を見られたでもないのに、知佳は恥ずかしさでブワッと脂汗が浮いてくるのを感じる。
「え、…あの場にいましたっけ?」
「いんや、高石…あの坊主。うちの会社の奴に写真見せて貰うてん。翌日に」
もはや黒歴史と化したギャル仮装、スマートフォンの写真を見せられた知佳は固まってしまう。
確かに若手だけ、と言っても管理職数名と社外の人間もちらほらいた。
配送スタッフの高石も確かに居て、囲んで写真を撮らされたのを思い出す。
「これ、チカちゃんやろ?八重歯が一緒や」
「ぉふ…消してください…恥ずかしい」
「かぃらしいのに」
「…何か仮装しろって言われて。でも衣装を買うの面倒だし、手持ちの化粧と服でなんとかなるギャルやろうってなって、非日常感が出るし、団体芸みたいなもので、」
知佳は受けた賛辞をスルーして、言い訳を垂れ流す。
「いや、ええよコレ。他に写真ないの?」
「えぇー」
「見して、待つから」
「…………他………これとか」
たぶんこの人は退かないと踏んで、知佳は早めに白旗を揚げる。
ストレートな褒め言葉がじわじわ効いてきたのもあっただろう、スマートフォンをいじり、写りの良い集合写真を見せてやった。
あれだけ嫌だったのになんだかんだで非日常の姿が楽しく、自撮りもしたしプリントシールまで撮って帰ったのだ。
「ええやん。…これ送ってぇな」
「やですよ、これ以上広めたくないです」
「せぇへん、せぇへん、俺が見るだけ。高石も俺にしか送ってへんし」
「いや、…じゃあ、コレ、プリあげます」
これならば拡散されないしひとりあたりの顔も小さい、知佳はカバーに挿していたプリントシールを1枚差し出した。
「ええー、ほな、今回はこれで。また仮装する時は俺も呼んでよ…ほなね、」
おそらく二度とそんな機会は無いと思うが知佳は愛想笑いで返し、シールを受け取った千早は窓際から去っていく。
「(やっと帰ってくれた……うーん、ん?)」
ここで知佳の頭にある仮定が浮かぶ。
彼はハロウィン呑みの翌日にはあの写真を見て、高石に手掛かりを貰い、大した用も無いのに商品管理室を訪れた。
そして名前を聞き出すために食い下がり、既婚かどうか聞き、独身だと分かると安心したように笑った。
つまり写真のギャル知佳を目当てに訪ねてきたのではないのか。
あの馴れ馴れしさ、名呼び、もしや千早は自分に気があるのでは…とそこまで考えて、自己評価の低い知佳は自論を鼻で笑って掻き消した。
「無い無い…あれだけ可愛い子がいるんだから、よりによって私を選ぶことは無い…」
心の声が口から出てしまったが、周りは無人なので気にしない。
百歩譲ってそうだったとしても、千早が気にしているのはギャルメイクの知佳であって、今こうしている事務のチカではないのだ。
さらに彼女は思案する。
恐らくだが、千早は知佳の写真が欲しいのではなく、他の子のギャル写真を御所望だったのではないか。
『近場に1人居るって言うから来てみたら、なんや、素はこんなんかい。他のも大した事ないんやろな』
脳内千早が毒づく。
「(彼の目的に気付かず、名呼びされて少々浮ついた自分が恥ずかしい、あれもきっと間を持たせるための社交辞令だったんだ…初対面時、軽量メイクの私を見てさぞガッカリした事だろう。ムラタ女子の底下げをしてしまった…双方に申し訳ない…)」
次はしっかりと心の中だけで叫び、差し出がましい事だと思いながらも、立ち上がって窓からホールの千早に声を掛けた。
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