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エピローグ
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しおりを挟む翌朝はそれぞれの足で仕事に向かい、夕方になれば千早はムラタの1階ホールへと戻って来る。
秋の空はだんだんと暗くなって疲れた心身にずんと重くって、しかしホールの先の明るい商品管理室を目指す足取りは羽のように軽い。
「チカちゃん、ただいま」
「お帰りなさい」
作業机の端には土産のスナックとお茶、
「ふやかして食うた?」
と揶揄えば知佳は首を横に振って
「ここではしません」
と笑った。
「あーそう、ほんなら…寒天ゼリー貰うたからあげる」
「わ、お婆ちゃんの家とかで見るやつ」
「そうそう、『あげるよー』て言わはるから断れんかってん」
「わーい…帰って食べよ」
「…チカちゃん、今日の晩メシはどうする?」
「タコを帰りに買って、たこ焼きします」
「ん、分かった…楽しみやな」
同棲を始めてふた月と少し、二人が醸すラブな空気は当然周囲にもバレバレで、しかし逆に知佳へ話しかける配送員は以前より増えている。
親しみやすさが出て表情がより柔らかくなった、よく笑うし八重歯を指摘して褒める者も出てきた。
知佳はたまにそのことを千早に漏らしてはヤキモチを妬かせて愛の燃料として…求められることで自分に自信を付けている。
「…チカぁ、ほんまに…俺以外に歯ぁ見せて笑うなて…」
「無理、れすッ…あ、あ⁉︎」
「許さへんぞ、チカちゃんは俺の、なぁ?」
「ひギっ♡あ、イっちゃ、ゔ♡まだ、まだ、やだァ♡♡♡」
「ひひっ♡1回目な、んッ…どんだけ持続するか、んあ♡チカ、チカぁ♡」
・
婚約した二人は両家の顔合わせや挙式準備を急ピッチで進め、そしてチカが『宗近』姓を外し『千早知佳』になるのはこの冬の11月18日…奇しくもというか計画的なのだが、前年不発に終わった淡路島ドライブの日付だった。
あの日実現しなかった淡路島ドライブを再現した二人は悠々と島観光をして本土へ戻った。
そして明石海峡大橋のライトアップを望む公園の芝生に千早が片膝をついて…
「チカちゃん、俺の名字あげる。皇路帰ったら市役所行こう」
と、出来上がって午前中に受け取ったばかりの結婚指輪を差し出す。
「はい、あの、私でよろしければ」
「そこは自信持たへんの?」
「はい、謙遜は日本人の美徳です」
「やかましな」
左手に揃いの指輪を輝かせる二人は西へ西へ、前もって記入していた婚姻届を携えてそれを役所の夜間受付へと提出した。
「…あんま実感湧けへんね」
「後日、受理した通知が届くそうですよ。…まぁこの日のためにお膳立てというか準備してたので…心に耐性は付いてましたよ」
指輪だってお店で試着したし婚姻届だって既に書いていたし、大橋のライトアップの時間までわざわざファミレスで待機してあのプロポーズに臨んでいたのだ。
「感動せぇへんかった?」
「いえ、してますよ。…諒介さんが私のためにして下さるのが嬉しかったです」
「ふーん…ほな泣いたりしたら?」
「…泣くほどでは…」
「変なとこ正直やねんから…ほな帰ろか」
「はい」
車に乗り込んだ二人はこれといって色っぽい話もせず淡々と最近あった出来事や仕事の話をしては笑い合い、しかし信号待ちの度に手を握っては
「愛してんで」
「愛してます」
と心を確認し合った。
そして入籍からふた月が経ち…なんでもない日々、労り合いたまにすれ違っては険悪になったり仲直りをしたり、大きなゴタゴタも無く二人は過ごせている。
年明けの挙式は両家親族のみで行いお祝い会という名の女子会が披露宴代わり、照れ臭そうに笑う知佳は沢山の祝福を貰い恐縮しては礼を述べたりと忙しかった。
ちなみにだが知佳の母は呼べば顔合わせも式もきちんと親らしく参加してくれて、涙こそ流さないものの一人娘の門出に神妙な面持ちで臨んでいた。
「…チカちゃん、妊活とかする?避妊やめたらすぐデキてまいそうやけど」
「んー…自信無いな…ちゃんとした親になれるか」
「やってみな分からへんな」
「うん……でも私の卑屈さと諒介さんの人相の悪さが出ちゃったら目も当てられない」
「ケンカ売ってんのか…言うようになったやんか……まぁ、よう調べて…親になれりゃええなぁ…俺、結構子供ウケええのよ」
「へぇ…意外」
「こんにゃろ」
「嘘です、頼もしい」
母性の遺伝はさておき千早がパートナーならうまく育てられそうな気がする、知佳は家族計画にも少し自信を持てるようになる。
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