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6月

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「せんでええ、せんでええよ…俺が悪かってん、俺は勉強もでけへんし阿呆やしもう…こんなんさせてもう…悪かった、」

そのまま抱き起こした体を震える腕で縛り、肩で息をする千早の声が少しかすれてくる。

「千早さん?」

「悪かった……ほんまに……最悪や…」

「ごめんなさい、土下座はちょっとパフォーマンスっぽかったですかね…」

「なんでもええわ、んなことさせたんが…しょうもない…すまん…」


 二人はふふと笑い合って、揃いのマグのコーヒーを飲み干した。

「すまん…卑屈になってもうて…」

「いえ私も…自分の心根の汚さが分かりましたから…」

「ちゃうねん、表立って馬鹿にされたなんて実感したわけとちゃうのよ」

「でも思い当たる節は数々あったんでしょう?やっぱり良くなかったです」

 膝を文字通り突き合わせて唇をついばんで、知佳は自身がしてきた不誠実に思われる対応を心から反省する。

「遠慮が…無くなってきたっていうのは分かります。私、どこかで…千早さんは何をしても励まして褒めてくれるって…思い込んでた節があって」

「まぁそうしてきたしな」

「でもそこに慢心まんしんがあったんです、きっと…誘い受けみたいなことでしょうか」

「そら分からへんけど…いや、俺の情緒でな?イラッとしただけで……まぁ…どっちにしても卑屈過ぎんのは良うないよ」

「はい…過度にへりくだるのは止めるよう気をつけます…うん…」

 とはいえ性格だし性分はなかなか変えられるものではない。

 自信なさげに眉尻を下げる知佳も照れてはにかむ知佳も千早はどちらも好きなので、

「そらもう反省して、したらもう謝るんはやめて、」

と両手を合わせた。

「千早さんも…悪くないんだから謝るのやめて」

「分かった、これからこの件で謝るんはナシな、うん…」

「どんなこと…勉強してるんですか?」

「うん?んー……工事の…その……あ、過去問とか見る?」


 千早はスマートフォンのインターネット検索で資格試験の過去問画像をピックアップして知佳へ画面を向けてやる。

「こんなんよ」

「……………何語?」

「問題文は日本語や」

「うわ……私理数系はサッパリだから……わ……これを解くんですか…すごい」

 言語はもちろん日本語だが、各所に散りばめられた英数字と数式と見たことのない記号…知佳は微分びぶん積分せきぶんは履修したはずだが、それを何に使うかなんて考えたことが無かった。

 なるほどこういう仕事に使うのか…つくづく自分は教科書通りの学習しかしていないのだと恥ずかしく思う。


「俺らみたいのはここまでせぇへん、ゼネコンとか元請けの…俺らを束ねる側の人らが取ったりすんねんな、大卒とかの」

「高石さんが言ってましたけど、実技はできてるんでしょう?」

「まぁね、ただ細かい計算とかを式の形でこう…形にってなると頭がパァン!ってなんねんな」

「私がレジ操作でパニクっちゃうのと一緒かな……違うか」

「分かれへんけどぉ、うん…勉強してんねん」

 自分はもうこれ以上資格手当てなんて貰う気は無いけれど、監督者やら主任やらを取得しておけば受注できる仕事の幅も広がるし会社のためになるのだ。

「すごい、すごい千早さん…わぁ…私ね、店舗改装の時に天井裏の配線を繋いでる工事士の方を見てたんです、高い脚立に乗って…頭と腕だけ天井のパネルの中にすっぽり入っちゃって…何色がどうとかそういう…声掛けされてて…ああいうことでしょう?」

「設備のはそうやね…」

「すごい、前も言いましたけど私資格とか持ってないから…すごい、あの…本当に尊敬してます」

「ん…おおきに…」

 この顔は知らない事に好奇心を示す時の顔だ、千早は知佳の知的欲求を刺激できたことに言い得ぬ喜びを感じた。

「つくづく、うわべだけで侮っていた自分の愚かさを恥じてます…悔います」

「ええって、もう」

「試験はいつですか?」

「…来年の5月…今年のは間に合えへんかったけど、別のやつが秋にあるからそっちにシフトしようか思うてる」

「なるほど…何か…私にできること、ありますか?」

 柔らかい感触の家着、しっとり濡れた髪、千早はつい色っぽい方の施しを想像してしまいふるふると考え直す。

 しかし施されるならば受けてみたい、そして自分のポリシーは全うせねば…

「チカちゃん、今日は…エッチできんの?」

と一応確認を取った。

「あ、ごめんなさい…あんまり安全性が…高くなくて…ら、来週なら」

「ええ、謝んな…うん、ほな来週な…チカちゃん、なんもせんでええからや、膝枕してくれへん?勉強するから」

「…いいですけど…集中できます?」

「できひんやろね、ひひっ」

「ダメじゃん…」


 とりあえず千早は帰る足が無いので自宅まで知佳に送ってもらい、本来するはずだったまったりデートを再開する。

 テキストを読む千早の隣で知佳は編み物をして時折チラッと確認して、お茶を淹れたり肩を揉んだりと気を回した。

 そして持ち込んだたこ焼き機で2度目の明石焼きパーティーを催して、知佳お手製ポン酢ももちろんだがカラシ入りロシアン明石焼きなどで楽しんだ。
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