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6月
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しおりを挟むゆるい家着に着替えた知佳はタオルを首にかけリビングへと向かい、顔色を窺う千早へ揃いのマグカップでコーヒーを出す。
「…正直な、慣れというか、倦怠期というか…過保護にええ子ええ子する時期は過ぎてな、こう…落ち着いてきたんよな、」
「ええ」
「そん中で…お互い、その…礼を欠くっちゅうか…なぁなぁになった部分が出てきて…んー……俺な、チカちゃんの卑屈さとかにイライラしてん、前はそんなん思わへんかったのに」
「そりゃそりゃ」
まぁ自分でも面倒だと思いますもん、知佳は唇を噛み込んでふんふんと頷いた。
ショックと言えばショックだが自虐も聞いていれば嫌気が差すのは当然、現に美月などは「卑屈もいいかげんにしぃ」と叱ってくれたりする。
「言えば…良かってんな、悩みとか不満とか、俺が今…資格の勉強で行き詰まってカリカリしてんのとか」
「そう、ですね…それは言われなきゃ気付けないです」
「高石から聞いたかも知れへんけど、俺は勉強はできひん。しやから大卒なんか偉い奴や思うてるしなんなら鼻につく嫌な奴や思うてるとこがある」
「はぁ」
大卒と言っても博士号を持っている訳でもなく特別な技能がある訳でもない。
母校を誇りにはしているが過剰に自慢できるほど偏差値が高い訳でもない。
知佳はコーヒーを少し飲んでため息をつき、
「お互い、知ってることは違うじゃないですか。私は正直、学校とバイトと、今の会社のことしか…温い生活しか知りません」
と俯く千早の頭頂部を見つめた。
「うん、」
「教科書通りの知識と、一般教養と…それくらいです。そこにはまってない千早さんに面食らったことはあります、でも馬鹿になんて…してません」
「うん」
「千早さんが知らないことを教えてあげられたらいいけど…でも率先して言うとイヤらしいし年上の千早さんを舐めてるみたいになるでしょう」
「せやね」
顔を上げた千早は、赤い目の知佳をじぃと見つめて合わない視線をもどかしく追う。
彼女はこれまで方言、文化、趣味、千早の知らない世界を時に生き生きと蕩々と語ってくれた。
そしてそれを過剰にひけらかしたり押し付けたり、自慢したりすることは無くて…そんな知佳の姿に男は興味を持ち惹かれたのだ。
「私だって、千早さんが機械とかバイクとか…よく分かんない話するの楽しくて…中身はよく分かんないですけど!でも…す、好きなことを話してるのって…見てても楽しいし…萌えるし…」
「うん、せやね…生き方が違うんやから…知らんで当然やな、」
「私が知らないからって、馬鹿にしたりしないでしょう?」
「知らん前提で話してるからな……うん…頭にハテナマークが浮かんでトンチンカンな顔してんのも可愛いしな」
「それイジワル」
「いや、そうか……俺もマウント取ってんな…チカちゃんが知らへんことを得意げに話して……人のこと言われへん……ほんまに、すまんかった」
千早はフローリングの床に膝をつき、流れるように平伏して…五体投地で細長くうつ伏せになった。
「この通りや」
「土下寝……笑わせる気ですか?もうやめて下さい」
「チカちゃんが許してくれるまでこうしてるわ…踏んでくれても構へんよ」
「踏まないです、行きすぎた謝罪って見てられないんですよ…もう、起きて、」
「許してくれる?」
掃除してない床を見られるのも嫌で千早を鯱鉾のようにぐいぐい仰け反らせて起こして、
「許します。その代わり、私も…許してくれますか?」
と知佳は痛切な面持ちで尋ね返す。
「へ、何を?」
「千早さんを下に見てた…みたいなこと。さっき馬鹿にしてないとは言いましたけど、無意識ですけど…学力的に侮っていたのは確かです……私ね、自分と同じかそれ以上の学歴の人じゃないと尊敬できない、付き合えないって思ってたんです。自分が知らないことをできたり理解したりできる人がいいなって。でも社会に出てそうでもないなって思い出して…千早さんとお話するようになってその価値観は崩れた感じします」
「ふーん?」
「学歴とか何卒とか関係ないなって…リードしてくれて、定職に就いてて、その辺りは譲れないんですけど…波長が合って堅苦しくなくて、私を…大切にしてくれる人…千早さんは私にとって最高のパートナーです。私の足りない所を補ってくれる、んー…勝手にそういう役割にして申し訳ないんですけど」
自信の無さも自虐も慣れたものだ、もはや親心で聞く千早は
「ええよ」
とふにゃっと表情を崩した。
「非科学的ですけど…運命?的な」
「ひひっ…そりゃええね」
「はい…なので、初対面の時の印象は前にも言いましたけど…馬鹿にするというか、侮ってました。…あと性格、ガサツで不真面目とか思ってました…今後改めます……すみませんでした」
知佳は膝の先の床へ三つ指をつき、頭をちょこんと下げる。
耳に掛けた濡れた髪束が湿った音を立てて、その毛先がカーペットに着く前に千早が肩を抱き止めて制止した。
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