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6月

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 ある日の午後、久々のデートの場所に自宅を選んだ千早ちはやは、居間にてまったりと彼女の太ももの感触を楽しんでいた。

「…気持ちええ」

「恥ずいなぁ」

「ええやん…もっちもち、これは才能よ」

「褒めすぎ…」

 二人の顔は共にテレビに向いていて、ちょうど0分を回り画面はニュースからクイズ番組へと切り替わる。

「…替えるね」

「はい」


 握ったリモコンをポチポチ押してバラエティ番組に替えて、千早はふぅとため息をついた。

 彼はここのところ自身の勉強がうまく進まず足踏み状態で、休日は缶詰めになって集中してみるも今ひとつやり切れず…こうしてせっかくのデートでもあまりはしゃげなかった。

 知佳もなんとなく千早のイラつきは感じ取っていて、今日も誘われはしたものの行くのが億劫というか、恐々といった気持ちで訪れている。


「外国かぁ…バカンスええなぁ」

「えぇ」

 それは世界の各国の様々な事象を比較する趣旨の番組だった。

 日本で100円で買える物が◯国では⬜︎円~とか、今回はひとつの製品の物価について特集しているようである。

「メシ安いなぁ」

「へぇ…月給が1000円ですかぁ」

「日本円に換算すると、な…物価がちゃうねんから換算する意味あんのかいな」

「そっか、」

 生活費も円換算すれば随分と少額だろうしこれは「安~い」と日本人に思わせるための演出に過ぎない。

 デリケートなお金の問題になると知佳はこの間の泥棒疑惑が頭に浮かんで居た堪れなくなる。

 彼女は千早が月にどれくらい稼いでいるかも知らないし貯蓄がどれだけあるのかも知らない、反対に自分も伝えてはいない。

 彼は簡単に「嫁に来てよ」などと言ってくれるが現実問題どうなのだろう、果たして暮らしていけるだけの稼ぎがあるのか。

 泥棒疑惑は晴れたものの、完全に信頼できる確信が欲しくて知佳は思い切ってジャブを打ってみることにした。

「うちは…初任給は**円くらいでしたけど…千早さんの頃はいかがでしたか?」

 まず時代が違う、そして職種が違う。

 しかし何らかの手がかりにはなるかと、知佳にしては下品な物の尋ね方をしてしまう。

「ん……初任給…か、**円くらいやったかな、高卒やし」

「なるほど」

 あくまで初任給、最終学歴が違うのだから知佳の方が基本給は高く設定されているはず。

 それは彼女の推測が正しかった。

 しかし

「今の会社に変わってからは…その3倍は貰てるよ」

と聞けば素直に

「え、すご」

と目を丸くしてしまう。

 ムラタだとその額は店長でも貰っているかどうかというラインだったからだ。

「前も言うたけど俺、役職は常務やから…なん、そない意外やった?」

「いえ、…すみません、お給料良いんですね…」

「んなもんよ、体使うて働くんはそれくらい貰わんと…ムラタに変わってから仕事増えたしな、春に新人も入って業務拡大…うなぎ上りよ」

「そっか…」

正直意外だった、確かに千早は豪遊もしていないし古アパート住まいだし、ここまで稼いでいると知佳は思っていなかった。

 千早は高卒で自分は大卒、業態は違えど会社の規模が桁違い、てっきり大企業ムラタの自分の方が貰っていると無意識に思い込んでいたのだ。


「……」

 そしてこの問答をきっかけに、知佳の考えを日頃の行動と雰囲気から感じ取っていた千早はふつふつと燻っていた苛立ちと共にメンツを賭けて言葉をり出す。

「……チカちゃんさ、俺のこと見くびってへん?」

「え、そんなことないですよ」

「前からなーんか…感じててんけどなぁ…」


 穏やかな午後の空気が様変わりする、起き上がり呑みかけの缶ビールをあおり笑みの消えた目で睨まれれば、知佳は一瞬で彫像のごとく動けなくなった。

「…なに、」

「………クイズ番組とか観ててもさぁ、真剣に答えへんやん。俺が答えるまで黙ってるやんか」

「それは…先に正解しちゃうとつまらないじゃないですか…」

 知佳は割とクイズ・ナゾトキが得意な方で、専門分野の難問はともかくクイズバラエティ程度の問題ならばサクサクと答えられてしまう。

 彼女に言わせれば「学校で習ったから憶えてる」ということなのだが、千早の頭にはその履修内容が知識として刻まれてないのだ。

「その正解する前提なんも腹立つねん、さっきの話も…ブルーカラーやからって俺のこと下に見てへんか?自分の方が年収高い思っててんやろ?大卒やし一部上場企業やし」

 二人でテレビなどを見ていても思い知らされる基礎的な学力の差、そして「分からないでしょう?」と無意識に気を遣われる惨めさ。

 日頃から少しずつ積み重なっていた千早の僅かな違和感と不平は、堆積たいせきした大きな不満となって知佳へ突きつけられた。
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