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8月
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しおりを挟む8月、夏も終盤に差し掛かり…知佳の実家訪問を控える9月度のシフト表が出来上がる。
千早は会社に掛け合って同日に連休をとり、知佳は母親へ帰省する旨をメールで伝えることにした。
「千早さん、水曜日は空けてくれるそうです」
「ん、ほな中日やな、火曜に前乗りして水曜のうちに戻ろか。んで木曜はゆっくりしよ」
母親からの返信を閉じる知佳は小さくため息を吐いてそれでも安心したような表情をして、
「はい」
と並んで座る千早の肩へ頭を乗せる。
「…実際に会うてみんと何とも言われへんけどさ、明らかに嫌や思うたら俺はチカちゃん引っ張って帰るから」
「うん」
「気分悪なったら俺に言うて、いや…言わんでも見つめるとかでええ、助けを求めてくれ」
「うん」
親元に帰るのにこんなに覚悟をせねばならないなんてどう考えたっておかしい。
千早はあらゆるパターンを想定しつつ知佳母を看破するための策を練った。
言い返す、論破する、体を張って盾になる、逃げる。
最悪金銭の要求があったりするか、貯金だっていくら出したって構わないが知佳が止めるだろう。
不毛とも思える脳内シミュレーションは千早の眠りの質を落としていく。
・
そして月末。
高石と美月と共に訪れた鍋屋にて…高石と知佳が鍋をお世話している間に、千早は美月の隣へしゃがみ込み小声で話し掛ける。
「なぁ姉さん、チカちゃんって学生の頃どんなやった?」
「んー?そう…ね……あたし達が出会ったのってアルバイト先だったんだけど、その時にはもうあんな感じだったわよ?」
「自信無い感じ?」
「そうそう。接客自体は伸び伸びするんだけど、謙遜具合は今と変わらないかな、今より…酷かったかも」
元々が人見知りだけど接客業の楽しさはバイトで知ったと言っていたな、千早は給仕する知佳を想像してはムフと笑った。
突然ひそひそ話を始めた2人を知佳は怪しがるも、個別の交友関係に口出しすべきではないなと高石と鍋の具材を出汁へ投入し始める。
「姉さん、俺さ、今度チカちゃんの親元に挨拶行こう思てんねん、同棲してる事後報告やけど」
「あら、いいじゃない…頑張って♡」
「んでさ、チカちゃんがさ、母親に会いたがらへんのよ、すごい疲れんねんて」
「あー、そうなの……そう…強気な人だものね」
美月はそう言ってハイボールをぐびと口へ含む。
それが予想外の言葉だった千早は
「え、姉さん知ってんの⁉︎」
と大声で驚き美月をくらりとさせた。
「ちょっとぉ…」
「ごめん」
「…地元では有名な実業家よ。エステ経営とか化粧品の開発、女性専用ジムもしてるかしら…あくまでローカルだけど…それでも中四国は全県制覇してるんじゃないかしら」
「へぇ……せ、性格は?」
「インタビューとかだとシャキシャキしたおば様、って感じ…ハッキリきっぱりしてる人って印象かしら」
テレビに出てくる肩書き『美容家』みたいな上流階級っぽい人種だろうか。
千早は上品な奥様と盛り上がる話のネタは生憎持っておらず…それどころか見た目不審者な自分は近寄れもしないのではとそこから怪しくなってくる。
「…意識高い系?」
「そうかもしれないわ、千早さんも身綺麗にして行った方がいいわよ」
「んー…頑張るわ…」
出発までに散髪だな、そしてきちんと寝よう。
千早は思いを新たにしつつ知佳の隣へ戻り鍋が炊けるのをニコニコと待った。
つづく
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