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5月
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しおりを挟む「あ、テラ町のお客さんやな。おばーちゃん、俺は家の物には触ってへんよ」
千早はケロっとそう答えるも、
「でも無うなってんねん‼︎盗ったやろ!」
と婦人も退かない。
彼はとぼけている訳でもなさそうで、ふに落ちないというような顔をして、
「なんぼほど消えてんの?」
と婦人の前に跪いて穏やかに聞き返した。
「3100円や、間違いないで、生活費は常に同じ額だけ入れて管理しとんねん、しやから」
「おばーちゃん、それは追加工事費やな。領収書の原本あるから見てな、………これ、な。おじーちゃんが財布から出して俺にくれてん、正当な額よ」
書類鞄から該当宅の伝票と回収金一式を取り出した千早は順番に何用の何なのかを丁寧に説明し、婦人のご主人がどのようにお金を渡してくれたかも、どこにその財布を片付けたかもゆっくりと解説する。
勘違いが分かってくると婦人の顔もみるみる毒気が抜けて赤みが引いて、
「……せやったか」
と申し訳なさそうに背中を丸めて小さくなってしまった。
「ほうよ、支払うてるとこ、おばーちゃんは見てへんかったんやな、俺にお茶淹れてくれてたもんな」
「…せや…な、」
「おばーちゃん、何で来た?車?」
「嫁に…乗してもろて…」
シャッターの向こうにはエンジンをかけたままの軽自動車が停まっていて、運転席では人の良さそうな若い女性がオロオロしながらこちらを見つめている。
「うん、ほな乗して帰ってもらい、大丈夫よ、」
「…にーちゃん、疑うてすまんかった」
「ええよ、ワシ人相悪いしな、泥棒に見えてんな、ひひっ」
千早は立ち上がる婦人に手を貸して駐車場まで付き添い、センター長と共に去っていく車が敷地から出て行くまで見守ってから館内へ戻って来た。
「千早くん、泥棒だって」
「顔立ちはどうにもなれへん、ひひっ」
「年取ると思考が凝り固まっちゃって困るね」
「自分も往く道やから…納得してくれただけマシちゃいます?」
「そうだねぇ…よし、翌日準備頼むよ」
「うぃ」
隠れた知佳の前をセンター長と千早は通り過ぎて、事務室へ精算などしに入って行く。
知佳はこっそりと物陰から出てホールを突っ切り、さもずっとそこにいたように商品管理室の窓際へと着席する。
そうすれば翌日分の伝票を持った千早が「おや」とでも言いたげな顔でリアクションして、いつも通り窓を開けて
「チカちゃん、おつかれ」
と挨拶をくれた。
「あ、お疲れ様です」
「聞いてよチカちゃん、俺さっきドロボー扱いされてん。冤罪やったけどね、やっぱ見た目やろなぁ、敵わんわ」
「そんな…こと…」
柔らかな物腰、落ち着いた話し方。
彼の人柄はそれなりに理解していたはずなのに窃盗の可能性を否定しきれなかった自分が許せなくて、知佳は彼の顔をまともに見ることができず俯く。
「…ほんならね、また」
千早は間が悪かったかとさっさと窓を閉め、ホールの長机へと戻って作業を始めた。
「(……変な感じに…なっちゃった…)」
まるで出会った頃のような、互いをよく知らず探り探りの状態のような、不穏な空気が知佳のネガティブを煽ってはモヤモヤを増幅させる。
信じていない、信用していない、深層心理を暴かれた彼女はしばらく悶々と自己嫌悪に苛まれるのだった。
つづく
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