上 下
53 / 85
5月

52

しおりを挟む

「あ、テラ町のお客さんやな。おばーちゃん、俺は家の物には触ってへんよ」

 千早はケロっとそう答えるも、

「でも無うなってんねん‼︎盗ったやろ!」

と婦人も退かない。

 彼はとぼけている訳でもなさそうで、ふに落ちないというような顔をして、

「なんぼほど消えてんの?」

と婦人の前にひざまずいて穏やかに聞き返した。


「3100円や、間違いないで、生活費は常に同じ額だけ入れて管理しとんねん、しやから」

「おばーちゃん、それは追加工事費やな。領収書の原本あるから見てな、………これ、な。おじーちゃんが財布から出して俺にくれてん、正当な額よ」

 書類鞄から該当宅の伝票と回収金一式を取り出した千早は順番に何用の何なのかを丁寧に説明し、婦人のご主人がどのようにお金を渡してくれたかも、どこにその財布を片付けたかもゆっくりと解説する。


 勘違いが分かってくると婦人の顔もみるみる毒気が抜けて赤みが引いて、

「……せやったか」

と申し訳なさそうに背中を丸めて小さくなってしまった。

「ほうよ、支払うてるとこ、おばーちゃんは見てへんかったんやな、俺にお茶淹れてくれてたもんな」

「…せや…な、」

「おばーちゃん、何で来た?車?」

「嫁に…乗してもろて…」

 シャッターの向こうにはエンジンをかけたままの軽自動車が停まっていて、運転席では人の良さそうな若い女性がオロオロしながらこちらを見つめている。

「うん、ほな乗して帰ってもらい、大丈夫よ、」

「…にーちゃん、疑うてすまんかった」

「ええよ、ワシ人相悪いしな、泥棒に見えてんな、ひひっ」


 千早は立ち上がる婦人に手を貸して駐車場まで付き添い、センター長と共に去っていく車が敷地から出て行くまで見守ってから館内へ戻って来た。


「千早くん、泥棒だって」

「顔立ちはどうにもなれへん、ひひっ」

「年取ると思考が凝り固まっちゃって困るね」

「自分も往く道やから…納得してくれただけマシちゃいます?」

「そうだねぇ…よし、翌日準備頼むよ」

「うぃ」

 隠れた知佳の前をセンター長と千早は通り過ぎて、事務室へ精算などしに入って行く。


 知佳はこっそりと物陰から出てホールを突っ切り、さもずっとそこにいたように商品管理室の窓際へと着席する。

 そうすれば翌日分の伝票を持った千早が「おや」とでも言いたげな顔でリアクションして、いつも通り窓を開けて

「チカちゃん、おつかれ」

と挨拶をくれた。

「あ、お疲れ様です」

「聞いてよチカちゃん、俺さっきドロボー扱いされてん。冤罪やったけどね、やっぱ見た目やろなぁ、敵わんわ」

「そんな…こと…」

 柔らかな物腰、落ち着いた話し方。

 彼の人柄はそれなりに理解していたはずなのに窃盗の可能性を否定しきれなかった自分が許せなくて、知佳は彼の顔をまともに見ることができずうつむく。

「…ほんならね、また」

 千早は間が悪かったかとさっさと窓を閉め、ホールの長机へと戻って作業を始めた。


「(……変な感じに…なっちゃった…)」

 まるで出会った頃のような、互いをよく知らず探り探りの状態のような、不穏な空気が知佳のネガティブを煽ってはモヤモヤを増幅させる。

 信じていない、信用していない、深層心理を暴かれた彼女はしばらく悶々と自己嫌悪にさいなまれるのだった。



つづく
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

憧れの先輩とイケナイ状況に!?

暗黒神ゼブラ
恋愛
今日私は憧れの先輩とご飯を食べに行くことになっちゃった!?

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...