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9月(最終章)
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しおりを挟む知佳はぶちぶち文句を垂れながらも新幹線の車内で隠しながら化粧を施した。
新大阪駅から地下鉄と在来線を乗り継いで千早の生まれ故郷へ…そしてため息をついては「大丈夫かなぁ」と弱音を吐いた。
「何がよ」
「だって、こんな突然…しかも平日ですよ、普通土日でしょう」
「チカちゃんのお母さんかて平日に時間作ってくれたやん」
「うちは自営業だし融通利くんですもん……しかももう夕方ですよ、お夕飯の支度とかあるでしょう、非常識な女だって変に思われたりしたらどうしよう」
「うちのオカンはいびったりせぇへんから安心し」
何度も繰り返す質疑応答に千早はいい加減飽きてきて、地元駅に降り立てば連絡しておいた実家の車をロータリーに探す。
「……おー、おったおった!おう、」
「おう、おかえり!いらっしゃい、はじめまして、チカちゃん」
ワゴン車から降りてそう迎えてくれたのは千早の父、ふっくらとして歳の割に真っ白髪の人の良さそうな男性だった。
「あ、あの、初めまして、宗近、チカ、です」
「うんうん、まぁ乗って、寿司の予約したからやぁ、持って帰ろなぁ」
「あの、すみません、こんな突然、あの、ご迷惑を、」
「何言うてんの、諒介に浮いた話があるなんて思うてへんかったさかい家族みんな驚いててん、姉弟も集まる言うとるわ」
「え」
叫び出したい知佳と寿司に喜ぶ千早を乗せて、ワゴンは近くの回転寿司チェーンを経由して千早家へと向かって走る。
「…どうしよ…」
「何を恐れることがあんのよ、みんな気さくやで」
「あれでしょ、うちの母で嫌な思いしたからって私に仕返ししてるんでしょう、こんな緊張することをいきなりさせるなんて酷い、馬鹿、馬鹿、」
「やめぇ、さすがに親の前やといじめられへん」
「うー…」
駅からは車で15分ほど掛かっただろうか、ワゴンは郊外の10階建ほどのマンションの駐車場へと入った。
「マンションだ」
「そうよ、生まれた家は姉ちゃん夫婦が引き継いでてね」
「都会っぽい…」
田舎生まれの知佳においては『親の住む実家』とは戸建のイメージしか無く、マンション住みというだけでお洒落感がグッと増す。
かく言う知佳の母も現在はマンション住まいなのだが、知佳はそちらに住んだことが無いために実家とは認識していないらしい。
「着いたよ、10階ね」
「最上階だ…すごーい…」
「チカちゃん、マンションは皇路にもあるで…」
「そうなんですけど…」
オートロックの玄関を抜けてエレベーターで10階まで、二人は「なんだかデジャブだなぁ」なんて同時に浮かぶ。
それは遠い昔のことのように感じるがついこの昼間のことだった。
「ここよ、ただいまー」
部屋の玄関の前に立てば中から鍵が開いてなんだか騒がしく…
「はーい」
「来たぁ?」
「りょーすけおじちゃんや!髪切ってるー‼︎」
「俺も見たい、うわ、背広着てるやん」
扉の向こうには千早の面影を宿す3人が顔を並べて知佳を一斉に注視し、甥っ子姪っ子もわらわらと笑顔を覗かせる。
「…‼︎」
「いらっしゃい、こんばんは」
「あ、の、こんばんは、初めまして、すみません、あのいきなり、」
「ええから入りぃ、諒介もおかえり」
「うぃ」
話には聞いていたが母親と姉・弟だろう、千早ブラザーズは揃うと悪い意味で迫力がある。
知佳はだくだくと冷や汗をかいてしまい、不穏な空気を顔に出すまいと口を一文字に結びポーカーフェイスを装った。
「おい、チカちゃんが萎縮しとる、やめたれ」
「失礼やな」
「やめぇ、この子気にしぃなんや…チカちゃんごめんな、不良とかちゃうから。不審者面しとるだけやから」
「失礼な」
弟はちょいちょい口を挟んでは悪態をつく。
父は持ち帰った寿司のパックをテーブルへ運び、母・姉は知佳の手を引いて中へ入らせ「諒介のどこが良かってん?」「アイツ顔恐ない?」「脅されてんとちゃう?」などとそれこそ失礼な言葉を浴びせかける。
「あの、諒介さんにはお世話になってまして、」
「お世話してくれてんねやろ?ごめんなぁ、料理なんかなんもできひんやろ?こき使ったってよ」
「いえ、その…楽しく過ごしております」
「そう……なら良かった」
千早は母親似なのだろう、まるで彼が化粧をして女装したようなその面立ちを知佳はまじまじと見つめて口をむずむずさせた。
「どないした?チカちゃん」
「いえ…お母さんもご兄弟の皆さんも…諒介さんそっくりで…とても良いですね」
「あらそう?うち男顔やねん、お父さんに似りゃこの子らも可愛げあったんやろうけど」
母はざっくり褒められ若干照れて、父の方を見遣り切れ長の目を細める。
「せやね、人相の悪さは定評ある家やねん、けど諒介が一番不審者顔よ」
姉は小皿を用意しつつ弟を扱き下ろす。
「よし、ほな頂こか」
父の号令で家族は食卓へ着き、子供たちは座卓へ、知佳は予備椅子のスツールへ腰掛けて皆で寿司を囲んだ。
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