自己評価低めの彼女は俺の自信を爆上げしてくれる。

茜琉ぴーたん

文字の大きさ
上 下
78 / 85
9月(最終章)

77

しおりを挟む

 知佳はぶちぶち文句を垂れながらも新幹線の車内で隠しながら化粧を施した。

 新大阪駅から地下鉄と在来線を乗り継いで千早の生まれ故郷へ…そしてため息をついては「大丈夫かなぁ」と弱音を吐いた。

「何がよ」

「だって、こんな突然…しかも平日ですよ、普通土日でしょう」

「チカちゃんのお母さんかて平日に時間作ってくれたやん」

「うちは自営業だし融通利くんですもん……しかももう夕方ですよ、お夕飯の支度とかあるでしょう、非常識な女だって変に思われたりしたらどうしよう」

「うちのオカンはいびったりせぇへんから安心し」


 何度も繰り返す質疑応答に千早はいい加減飽きてきて、地元駅に降り立てば連絡しておいた実家の車をロータリーに探す。

「……おー、おったおった!おう、」

「おう、おかえり!いらっしゃい、はじめまして、チカちゃん」

 ワゴン車から降りてそう迎えてくれたのは千早の父、ふっくらとして歳の割に真っ白髪の人の良さそうな男性だった。


「あ、あの、初めまして、宗近、チカ、です」

「うんうん、まぁ乗って、寿司の予約したからやぁ、持って帰ろなぁ」

「あの、すみません、こんな突然、あの、ご迷惑を、」

「何言うてんの、諒介に浮いた話があるなんて思うてへんかったさかい家族みんな驚いててん、姉弟も集まる言うとるわ」

「え」

 叫び出したい知佳と寿司に喜ぶ千早を乗せて、ワゴンは近くの回転寿司チェーンを経由して千早家へと向かって走る。


「…どうしよ…」

「何を恐れることがあんのよ、みんな気さくやで」

「あれでしょ、うちの母で嫌な思いしたからって私に仕返ししてるんでしょう、こんな緊張することをいきなりさせるなんて酷い、馬鹿、馬鹿、」

「やめぇ、さすがに親の前やといじめられへん」

「うー…」



 駅からは車で15分ほど掛かっただろうか、ワゴンは郊外の10階建ほどのマンションの駐車場へと入った。

「マンションだ」

「そうよ、生まれた家は姉ちゃん夫婦が引き継いでてね」

「都会っぽい…」

田舎生まれの知佳においては『親の住む実家』とは戸建のイメージしか無く、マンション住みというだけでお洒落感がグッと増す。

 かく言う知佳の母も現在はマンション住まいなのだが、知佳はそちらに住んだことが無いために実家とは認識していないらしい。


「着いたよ、10階ね」

「最上階だ…すごーい…」

「チカちゃん、マンションは皇路オウジにもあるで…」

「そうなんですけど…」

 オートロックの玄関を抜けてエレベーターで10階まで、二人は「なんだかデジャブだなぁ」なんて同時に浮かぶ。

 それは遠い昔のことのように感じるがついこの昼間のことだった。


「ここよ、ただいまー」

 部屋の玄関の前に立てば中から鍵が開いてなんだか騒がしく…

「はーい」

「来たぁ?」

「りょーすけおじちゃんや!髪切ってるー‼︎」

「俺も見たい、うわ、背広着てるやん」

扉の向こうには千早の面影を宿す3人が顔を並べて知佳を一斉に注視し、甥っ子姪っ子もわらわらと笑顔を覗かせる。

「…‼︎」

「いらっしゃい、こんばんは」

「あ、の、こんばんは、初めまして、すみません、あのいきなり、」

「ええから入りぃ、諒介もおかえり」

「うぃ」

 話には聞いていたが母親と姉・弟だろう、千早ブラザーズは揃うと悪い意味で迫力がある。

 知佳はだくだくと冷や汗をかいてしまい、不穏な空気を顔に出すまいと口を一文字に結びポーカーフェイスを装った。

「おい、チカちゃんが萎縮しとる、やめたれ」

「失礼やな」

「やめぇ、この子気にしぃなんや…チカちゃんごめんな、不良とかちゃうから。不審者面しとるだけやから」

「失礼な」

弟はちょいちょい口を挟んでは悪態をつく。

 父は持ち帰った寿司のパックをテーブルへ運び、母・姉は知佳の手を引いて中へ入らせ「諒介のどこが良かってん?」「アイツ顔恐ない?」「脅されてんとちゃう?」などとそれこそ失礼な言葉を浴びせかける。

「あの、諒介さんにはお世話になってまして、」

「お世話してくれてんねやろ?ごめんなぁ、料理なんかなんもできひんやろ?こき使ったってよ」

「いえ、その…楽しく過ごしております」

「そう……なら良かった」

千早は母親似なのだろう、まるで彼が化粧をして女装したようなその面立ちを知佳はまじまじと見つめて口をむずむずさせた。

「どないした?チカちゃん」

「いえ…お母さんもご兄弟の皆さんも…諒介さんそっくりで…とても良いですね」

「あらそう?うち男顔やねん、お父さんに似りゃこの子らも可愛げあったんやろうけど」

母はざっくり褒められ若干照れて、父の方を見遣り切れ長の目を細める。

「せやね、人相の悪さは定評ある家やねん、けど諒介が一番不審者顔よ」

姉は小皿を用意しつつ千早を扱き下ろす。

「よし、ほな頂こか」

父の号令で家族は食卓へ着き、子供たちは座卓へ、知佳は予備椅子のスツールへ腰掛けて皆で寿司を囲んだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ドリンクバーさえあれば、私たちは無限に語れるのです。

藍沢咲良
恋愛
同じ中学校だった澄麗、英、碧、梨愛はあることがきっかけで再会し、定期的に集まって近況報告をしている。 集まるときには常にドリンクバーがある。飲み物とつまむ物さえあれば、私達は無限に語り合える。 器用に見えて器用じゃない、仕事や恋愛に人付き合いに苦労する私達。 転んでも擦りむいても前を向いて歩けるのは、この時間があるから。 〜main cast〜 ・如月 澄麗(Kisaragi Sumire) 表紙右から二番目 age.26 ・山吹 英(Yamabuki Hana) 表紙左から二番目 age.26 ・葉月 碧(Haduki Midori) 表紙一番右 age.26 ・早乙女 梨愛(Saotome Ria) 表紙一番左 age.26 ※作中の地名、団体名は架空のものです。 ※この作品はエブリスタ、小説家になろうでも連載しています。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

赤髪騎士と同僚侍女のほのぼの婚約話(番外編あり)

しろねこ。
恋愛
赤髪の騎士ルドは久々の休日に母孝行として実家を訪れていた。 良い年頃なのに浮いた話だし一つ持ってこない息子に母は心配が止まらない。 人当たりも良く、ルックスも良く、給料も悪くないはずなのに、えっ?何で彼女出来ないわけ? 時として母心は息子を追い詰めるものなのは、どの世でも変わらない。 ルドの想い人は主君の屋敷で一緒に働いているお喋り侍女。 気が強く、お話大好き、時には乱暴な一面すら好ましく思う程惚れている。 一緒にいる時間が長いと好意も生まれやすいよね、というところからの職場内恋愛のお話です。 他作品で出ているサブキャラのお話。 こんな関係性があったのね、くらいのゆるい気持ちでお読み下さい。 このお話だけでも読めますが、他の作品も読むともっと楽しいかも(*´ω`*)? 完全自己満、ハピエン、ご都合主義の作者による作品です。 ※小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿してます!

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

パート先の店長に

Rollman
恋愛
パート先の店長に。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

危険な残業

詩織
恋愛
いつも残業の多い奈津美。そこにある人が現れいつもの残業でなくなる

処理中です...