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9月(最終章)
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しおりを挟む「…オカアサン、結婚したらこっち…広島にはあんまり帰って来ぇへんけどええですか?」
「ええって、帰って来たって何もできんよ…大人になるまで育てたんじゃ、社会に出たんじゃけもう好きにして欲しいわ」
「するとかしてもらうとかそういう話とちゃうんですけど…ほーですか……うん、分かりました…おし、許可もろたで。チカちゃん、うち帰ろや、もう用はあれへん」
千早は今出ている皿の上の魚料理を掻き込み、ソースの付いた口を手で拭いて知佳のバッグを掴んだ。
「え、千早さ…」
「帰ろ、っと…すんません、ここ、勘定しますわ。なんぼでっか?」
「…ひとり9000円よ」
「あ、細いの無いわ………ほなこれ、置いときます」
そして自分の財布から万札を2枚引き抜いてテーブルへそっと置き、
「釣りはええんでね。ほらチカちゃん、オカアサンに挨拶や、帰るで!」
とまだ腰を上げない知佳の手を握り強引に立たせる。
「ほなオカアサン、またハガキか何かで報せしますわ、お元気で!」
「あ、じゃあ、ね、」
母から返事があったかどうかは分からない、それくらいに千早は速足で部屋を出て絨毯の上をつかつかとエレベーターまで急いだ。
「千早さんッ…速い、待って…」
「着替えて帰ろ、観光したいとこある?無ければ切符買うて皇路戻ろ」
「あの…観光地らしい所もないし…あの、母が…失礼な人で…ごめんなさい、ふ、不愉快でしょ、あの」
「チカちゃんが謝ることやあれへんよ。んー…あれが失礼ってのは分かるんやな…ふーん…なんや、価値観がえらい違うから面食らったな」
エレベーターの行き先は更衣室のある地下1階、千早がひゅうっと肝が浮くような感覚を気味悪がっていると知佳はやっと小さくふふと笑う。
少しは解れたのか、ならばと千早は「10分後にフロント前な」と早着替えを命じて男性更衣室へと入った。
・
「間に…合う、かな…」
ワンピースをそれなりに注意深く畳んでヒールの靴を収めて手提げに入れる、ラフなTシャツと足首までの夏素材フレアスカートに着替えれば知佳はふっと体が軽くなった。
母親との久々の再会はとにかく息苦しかった。
何を言われても「そういうものだ」と受け止めてきたこれまでとは違い、今の知佳は千早というパートナーからデロデロに甘やかされており自分に少しは自信が付いていたのだ。
先輩の松井も母親と同じように下げ発言をしれっとしてくるが、彼の場合は自分を高く見せるためのマウントであり、元より低い位置に居る自覚がある知佳においては落ち込むまでの痛手にはそうそうならない。
堆積して鬱々となることはあったけれど、「そういうものだ」と慣れていたので心が麻痺していたのかもしれない。
とりあえず義理は果たしたし挨拶もできた、知佳は今になって膝がガクガクと震えて壁際の長椅子へへたり込んだ。
「ふー…ふー…」
親だから会わなければいけない、でも望まれてないことが分かっていたから先延ばしにしようと思っていた。
結婚を反対するような人ではないことも分かっていた、母は自分にそれほど関心が無いということも分かっていた。
つくづく自分はどうでも良い存在なのだなと再認識しただけ、損はしていないが得も無かった。
知佳は呼吸を落ち着けながらロッカーを閉めて更衣室を後にする。
「チカちゃん、遅いで」
1階のフロント前のソファーにだらんと座った千早は、普段着のTシャツにジーンズでなんとも場違い感が強かった。
「ごめんなさい、でも10分は無理でした」
「ん、せやろ思うた」
「?」
「そう言わな急がへんかと思うてね…おし、荷物貰うて帰ろ」
早く立ち去りたいのもあったが、力の抜けた知佳が更衣室で動けなくなっても困るなと思い千早は敢えて急がせたらしい。
その後クロークで荷物を受け取るとフロントから呼び止められ、「宗近様からです」とホテルの封筒に入れた2000円を渡された。
「…さっきのお釣りか…なんや…手回しがすごいと言うか…ビジネスライクやな」
「恩の貸し借りをしたくないんですよ。そういう人なんです……さ、帰りましょ」
「ん」
徒歩で2分ほどの距離を二人は前後に並んで進み、自由席の大阪行きを買ってすぐの新幹線へ乗り込む。
行きと同じく40分弱の電車旅、二人掛けの窓際へ知佳を座らせてやり千早はその肩をぎゅうと抱いた。
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